2017年09月24日

ドイツ風グーラッシュ

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 Dちゃんと一緒にグーラッシュを作りました。
 元々はハンガリー料理で、私たちが見たのはドイツ料理の本に載っていたレシピ。
 豚肉と玉ねぎを炒めて、ニンニクやパプリカパウダーなどを加え、ビールで煮込む。
 すりおろしたじゃがいもでとろみを付けるのが面白かった。

 ネットや本で調べてみると色んなグーラッシュが見つかるため「グーラッシュをグーラッシュにする要素」がいまいち分からないのですが「パプリカパウダーで仕上げる」という部分だけは共通しているようです。

 完成したものを味見したDちゃん、
「へええ、この味はこうやって作るんだ」
 どこかでグーラッシュを食べたことがあって「正解」を知っているらしい。

 私は、
「脳内の味のライブラリーを検索しても出て来ない……」
 どうやら初めての料理みたいです。

 野菜が色々入っているのに甘くなく、ビールの苦みで締まっていて、大人っぽい味だな〜と思いました。
 Dちゃんは、
「もっとまろやかな方が良かった」
 と言うけれど、私は初めてだから比べようがない。

 ヴァイツェンとか別の種類のビールを使えば良いのかな?(今回はラガー)
 舌で異国を感じられて楽しかったです。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:26| 料理・食べ物 | 更新情報をチェックする

2017年09月21日

映画「ソング・オブ・ラホール」感想

 パキスタンの伝統音楽の演奏家を中心とするオーケストラ「サッチャル・ジャズ・アンサンブル」についてのドキュメンタリー。
 彼らを一躍有名にした曲はこちら(最初にピーという音が入りますがすぐ演奏が始まります)
 ラジオ番組のテーマ曲にもなっており、よく耳にしていた。



 ラホールというのはパキスタンの都市の名前。
 豊かな歴史を持ち、ムガル帝国の首都だったこともあるという。
 地理・歴史が苦手なので知りませんでした。ごめんなさい。

 70年代のイスラーム化の波、90年代からのタリバン台頭などにより、パキスタンの伝統音楽は衰退。
 演奏家たちは転職を余儀なくされたが、音楽を愛する気持ちと、父や叔父から受け継いだ文化を守りたいという思いから、密かに演奏技術を磨き続けていた。
 演奏家であることが周囲に知られると蔑まれる。精神的にも経済的にも報われることのない日々。
 国内に発表の場はない。

 それではとYouTubeで世界に向けて発信したところ大ヒット。
 ニューヨークに呼ばれてジャズミュージシャンのウィントン・マルサリスらと一緒に演奏することになる。

 しかし不慣れなこともあり、セッションはなかなか上手くいかない。
 ここの場面はけっこう不安だった。
 対立する文化の架け橋になりたい、父たちが残したものを伝えなければと気負えば気負うほど、演奏家たちはいつもの調子を失っていく。

 本番ではなかなか格好良い演奏になっていてホッとした。
 マルサリスが率いるビッグバンド以上に、その音楽は「ジャズ」である気がした。

 もしかしたら、
「ジャズ的なリズムやメロディーを持った音楽」
 ではなくて、
「虐げられた者の悲しみや、ささやかな喜びがこもった音楽」
 を「ジャズ」と感じるのかもしれない。

 世界に認められたことでようやく「サッチャル・ジャズ・アンサンブル」はパキスタン国内でも演奏会を開けるようになった。
 苦境にあっても練習をやめなかった彼らに拍手を。


 
posted by 柳屋文芸堂 at 16:29| 映画・映像 | 更新情報をチェックする

サンダル王

 ちょっとした夏の思い出。
 駅のエスカレーターに乗ったら、動かない。ん? 動いてない。
 人が乗ったら動くというタイプのものもあるがそれでもない。

 仕方ないので普通の階段のように上っていったら、原因が分かった。
 段の間にサンダルが挟まり、まっすぐ立っていた。

私「ということがあって」
D「サンダルを抜いて直そうとする人はいなかったの?」
私「いや、力に覚えのある者はみな抜こうとするんだけどさ、抜けなくて」
D「このサンダルを抜いた者はサンダル王になるであろう!」

 すぐそばに片足だけサンダルを履いているお兄さんが佇んでおり、呼ばれた駅員さんが機械をいじって、サンダルもエスカレーターも元通りになりました。
 ケガがなかったようで何より。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:40| 与太話 | 更新情報をチェックする

2017年09月17日

文学フリマ大阪のお知らせ

 らしさんの本の感想を間に合わせなきゃ、ということばかり考えていて、自分の本が文学フリマ大阪に参加することをすっかり忘れていました。援護射撃頑張りますとか言ってたのに、ごめん、まりもさん……

 参加する本は人形小説アンソロジー「ヒトガタリ」

ヒトガタリ表紙.jpg

 「ヒトガタリ」についてのツイートまとめはこちら
 尼崎文学だらけでいただいた推薦文はこちら

 B-51(ブース名:a piacere 執筆者の一人であるまりもさんのサークル)で頒布されますのでよろしくお願いします〜!

 a piacereさんでは、
「空想のまちアンソロジー ぼくたちのみたそらはきっとつながっている」
 も買えるそうです。私、この本大好きなんですよ!!
 去年の尼崎文学だらけに出した推薦文を引用しますね。

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 この本の中には沢山の町が出てきて、とても全ては語れないので、一番大好きな「音町」を紹介します。でもこれ、絶対ネタバレしちゃいけない話なんですよ。見事な結末を持ったストーリーを、結末を隠して説明する。出来るかな(ドキドキ)
 まりもさんの「楢の薫り、楓の音」という作品。本の最初に収録されています。

 楽器の製作を生業とする「音町」 楽器職人であるエレンは「酒町」の人々のためにバイオリンを作っている。音町の人々と違って、酒町の人たちは楽器を大事にしない。外で演奏したり、上にお酒をひっくり返したり。そして酒町の人が求める音色は、音町のそれとはずいぶん違っているらしい。
 他の町に行くことは難しいので、彼らの音楽を聴くことは出来ない。楽器を修理する時の注文や、音町と酒町を行き来する運び人の話から、ぼんやりと酒町の音楽が浮かび上がってくる。
 賑やかに酒を飲みながら、楽しく早いテンポで踊るのにぴったりな。

 美しく上品な音楽こそ素晴らしいと信じている音町の人々は、酒町の人々をあまり良く思っていない。それでもエレンは酒町の人々と音楽に惹かれている。酒町の仕事なんてやめるべきだという忠告も、プロポーズも断って、酒町のためのバイオリンを作り続ける。そして。
 思い出すだけで涙がじんわりにじんでくる、あの結末。
 決して悲しみの涙ではない、ということくらいは伝えても良いだろう。

 直接会うことの出来ない人々を思い、触れることの出来ない何かに憧れる。
「まるで私たちみたい」
 そんな風に思いませんか?
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 発売からずいぶん時間が経っているのでもう少し書いてしまうと(ネタバレはしないのでご安心を)
 「音町」で鳴っているのはクラシック音楽(例えばこんな感じ)



 「酒町」で鳴っているのは民族音楽(例えばこんな感じ)



 ではないかと思うのです。
 それぞれが強い、決定的に異なる美意識を持っている音楽であること、分かりますよね。
 私はクラシックも民族音楽も大好きで、両方の魅力を知っているから、そして遠い文化に憧れる気持ちがいつもあるから、「楢の薫り、楓の音」を読み返すたびに泣いてしまうのです。

 9月18日(月祝)に堺市産業振興センターで開催される文学フリマ大阪に行く方は、ぜひB-51(ブース名:a piacere)へ!
 台風が近付いていて心配ですが、楽しんできてくださいね♪
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:36| 同人活動 | 更新情報をチェックする

らし「嘘の町を出ていく」感想

 この本、届いてすぐに読み終えたのですが「好き過ぎて感想書けない状態」になってしまって大変でした。多くの人にこの物語の素晴らしさを伝えたい。それなのに、感激が強過ぎて、上手く言葉を紡げない。
 明日の文学フリマ大阪でも頒布されるようなので、頑張って紹介してみますね。

 嘘の町「ペテンブルク」で、時計技師の青年ぺトレは、時計塔で踊るからくり人形シアーシャに恋をする。
 嘘の町とは何か?
 そんな、私が説明出来る訳ないじゃないですか!
 読んでみればありありと分かります。
「本を開いたら、あなたも嘘の町に行くことになる」
 と言った方が良いかもしれない。

 まずこのシアーシャが超絶キュートなのですよ。
 からくり人形が生きていることに驚くペトレに、シアーシャはこう返す。

「しかたがないじゃない。いるわけないっていわれても、わたしはここにいるんだもの」

 圧倒的な存在感。いるんです!

 ぺトレは何故ペテンブルクにいるのか? 彼が背負っている深い悲しみ。
 シアーシャはいつも明るいが、時計塔から出て自由に歩き回ることを夢見ている。
 彼らが惹かれ合う様子の描写が素敵。

「時計塔で出会ったふたりの気持ちも、文字盤を走る二本の針と同じように、刻一刻と、交差し重なる瞬間へと向かいはじめていた」

 そして二人はどうなるか?
 うわ、無理だ。ここから先はネタバレになってしまう。
 そこは嘘の町で、でもその恋は紛れもなく本物だった、ということしか私の口からは言えない。
 恋する二人の会話、特にシアーシャのセリフはどれもこれも本当に可愛らしい。

 この話はフィクションであり、フィクションについての話だ。
 つまり「物語とは何か」の話。
 嘘の話に過ぎない物語というものが、読者に何を与えてくれるか。
 それがどれほど大切なものであるか。

 読み進めるにつれて、
「この話、どうやって終わらせるのだろう」
 というドキドキが大きくなっていった。
 ハッピーエンドもバッドエンドも簡単に想像出来る。

 らしさんが選んだ結末に、私はうわー! と叫んだ。
 私の浅はかな予想などはるかに上回り、美しく、深い真理をたたえ、
「形のない、けれども確実に存在する何か」
 は読者に手渡される。

 9月18日(月祝)に堺市産業振興センターで開催される文学フリマ大阪のB-39(ブース名:おとといあさって)で買えるようですので、行く方はぜひ!!
 WEBカタログ(こちら)で表紙など詳細が見られます。
 こんな私の暑苦しい感想などさらっと忘れて、古いお洒落な外国映画を見るような気分で楽しんで欲しいです。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 17:51| 読書 | 更新情報をチェックする