2010年10月30日

Wii Fit Plusのセットメニュー

 「Wii Fit Plus」になって加わった、「セットメニュー」という機能が便利。
 自分の好きな「ヨガ」と「筋トレ」をあらかじめ選んでおいて、連続してやることが出来る。
 私がいつもやっているメニューを書いてみます。

 三日月のポーズ
 英雄のポーズ
 立ち木のポーズ
 太陽礼拝
 水平ひねり&横ひねり
 やしの木のポーズ

 こればかり繰り返しているものだから、ウィーボ(Wii Fit Plusの案内役キャラクター)に、
「のりサンは犬にたとえると…
 ガマン強い柴犬タイプ
 デスね!」

 とか言われてます。

 毎日やると、肩こりと、肩こりから来る頭痛を防げる。
 実はここ数日サボっちゃって、調子が悪いー
 ちゃんとやらなくっちゃ〜
posted by 柳屋文芸堂 at 22:30| 健康・美容 | 更新情報をチェックする

佐藤雅彦「毎月新聞」

 「佐藤雅彦」という名前は、人々にどれくらい知られているのだろうか?
 彼が作った作品を並べてみよう。

CM
 ドンタコス
 ポリンキー
 スコーン
 バザールでござーる

TV
 だんご3兄弟
 ピタゴラスイッチ

 あ〜! ってなるよね?

 この「毎月新聞」は、佐藤雅彦が毎日新聞に毎月載せていた、ミニ新聞です。
 文庫版は読みやすく編集し直されています。
 文字が小さくて読めない! なんてことはありませんので、Amazonで買う時もご安心を。

 内容は、エッセイがメイン。
 イラストと漫画も入っていて、これがものすご〜く可愛い!!

 佐藤雅彦は、巨大で気まぐれな「大衆」という怪物の、まさに「目の前」で戦ってきた人だ。
 その剣の鋭さが、この本からも十分感じられる。
 と同時に、読んでいる間じゅう、私には小学生の男の子が見えていた。

「まあちゃん、何書いてるのー?」
 と覗きこんだノートのすみに。
 恥ずかしそうに隠した指の下に。
 純粋無垢なエンピツの黒い線。

 大人になりきれてないのではない。
 きちんと成熟した上で、自分の中にある「子どもの自分」をすり減らさずに保ち続けている。
 なかなか出来ないことだ。

 この時代に、何を見て、何を考えるのか。
 佐藤雅彦の全ての仕事が見てみたいと思った。

 文章だけでなく映像も、少しずつ手に入れてゆきたいです。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:48| 読書 | 更新情報をチェックする

2010年10月28日

老人はライオンの夢を見ていた

D「『老人とAmazon』(この記事)ってもしかして、『老人と海』のもじり?」
私「よく分かったねぇ〜 誰も気付いてくれないかと思ったよ」
 かなり苦しいな、と自分でも思ってた!

 「老人と海」は中学3年の夏休みに読んだのだけど、全っ然、理解出来なかった。
 小説の中で何が起こっているのかは、分かる。
 でも、それのどこが面白いのかが分からない。

 最初から最後まで、
「???」
 と首を傾げながら読んだ。

 その後しばらく、
「名作は難しい」
 という意識を持ってしまって、古い小説から離れてしまった。
 たまたま「老人と海」との相性が悪かっただけなのに、もったいなかったな。
 タイミングが違っていれば、また印象も変わったかもしれないし。

 出会うべき小説と、出会うべき時にバチッと出会うにはどうすればいいのだろう?
 
 読書は恋愛とそっくりですね。
posted by 柳屋文芸堂 at 22:32| 読書 | 更新情報をチェックする

おっぱいを使わずに

 昨日は高校時代の友人たちと会ってきました。
 一人は出産を終えたばかり。
 小さな手足や笑顔は理屈抜きに可愛いのでした。

 欲しくなると切ないので、あんまり赤ちゃんを抱っこしたりしたくないのだけど。
 野性がうずくよね。
 あの独特の重たさ。やわらかく、あたたかい感触。
「これが『命』というものだよ」
 と、言葉とは違う力で教えられるような気がする。

 もしここが楽園だったら、10人でも20人でも産んだんだけどなぁ。

 実際には生物が楽園にいたためしはなく、現代日本はさらに楽園からほど遠い訳ですが、お母さんになった友人たちはその中で腹くくって全力で子育てしている。
 33歳になっても世の中に慣れることが出来ず、子どもっぽい自由への闘争を続けている私は、彼女たちを仰ぎ見てばかりいる。

 ところで、出産後というのは、お乳が出たり乳首が痛かったりするので、なかなか出産前のようにはエッチが出来ないそうです。
 旦那との関係のためもあるけれど、すぐに二人目が欲しい場合はけっこう切実な問題ですね。

「おっぱいを使わずにエッチが出来るか」
 という話になったので、私は、
「上はきちんと服を着て、下だけ脱ぐとそれはそれでエロい」
 と力説したのですが、あんまり納得してもらえませんでした。
 ダメかね?!

 もう一人の友人も、
「用があるのは下だけだ」
 とクールな意見を述べていました。

 女のエロ話って、10代の頃からずっと具体的なまま進行してゆきますね。
 生活や人生に結び付き過ぎてるんだもん。
 せっかくタダで味わえるエクスタシーなのだから、子作りと関係なく楽しもうぜ!

 バカなことばかり言ってないで、あの赤ちゃんが大きくなった時、この世が少しでも住みやすい場所になっているように、私も私なりに頑張ります。
posted by 柳屋文芸堂 at 11:08| 友達 | 更新情報をチェックする

2010年10月26日

子育ての面白さ

 今日は中学時代の友人と会ってきました。

 彼女は三人の子どもがいるお母さん。
 バリバリの体育会系で、旦那さんは職人さんなので、三人とも運動とお絵描きが得意とのこと。
 ここまでは普通の足し算ですね。

 面白いのは性格で、一番目・三番目の子は彼女似で、二番目の子は旦那さん似。
 そのため二番目の子の行動がいまいち理解出来ないらしい。
「欲が無くてさ、負けても全然悔しがらないんだよ!」
 他人のことなんて気にせずに、自分のペースでコツコツやるのが好きなんですね。
 まさに職人気質。
 スポーツという勝ち負けの世界で生きてきた彼女には、それが信じられない。

 母親はどうしても、産みの苦しみを味わったり、おっぱいをあげたりするから、
「子どもは自分の分身」
 という気持ちが強くなってしまうのだろう。
 しかし当然のことながら、遺伝子の半分は父親のものなのだ。
 
 彼女の家の玄関には、素晴らしい絵が飾ってある。
 色彩が鮮やかで、ポップな曼荼羅のようなイメージ。
 色や形の選び方に、絶妙なセンスがある。

「うちの子、こういう絵を描くの」
「へぇ〜 すごいね」
「雑でさぁ」
 いや、ラインの雑さはこの絵のポイントじゃないって!

 彼女が絵にあまり興味がなかったからこそ、子どもたちは逆にのびのびと感性を伸ばせたのかもしれない。
 子育ては、子どもという「他者」との出会いでもあるのだ、と思うと、彼女のことがちょっぴり羨ましくなりました。

 また会った時に、色々話を聞かせてね♪>Tちゃん
posted by 柳屋文芸堂 at 23:08| 友達 | 更新情報をチェックする

2010年10月25日

母の育児日記

○月×日
 今日、金魚を買った。
 ウルトラマンと怪獣と名付けた。

○月△日
 今日、怪獣が死んだ。
 ウルトラマンはまだ生きている。
 やっぱりウルトラマンは強いと思った。

 ウルトラマンにふをあげた。
 のり子にもあげると、おいしいおいしいと言って一袋食べてしまった。

**********

 小学六年生の時、「生い立ちの記」という作文を書くために母の育児日記を見せてもらったのだけど、妙にシュールで驚いた。
 特にこのウルトラマンと怪獣の話は印象的で、忘れられない。

 ちなみに「ふ」は、お味噌汁に入れたりする、甘くない焼き麩です。
 我が家ではおやつとして普通に食べていました。
 でも、当時私は二歳くらいだったはずなので、一袋は多いと思う。
 
「生きているものを見せてやりたい」
 と一日中蟻塚を観察させたり、母の教育法はちょっと変わっていた気がする。
 そうでもないのかな。

 育児日記はページを追うごとに文章が減ってゆき、最後は家計簿になっていた。
 超現実から現実へ。
posted by 柳屋文芸堂 at 22:49| 家族 | 更新情報をチェックする

2010年10月24日

池上彰「そうだったのか!現代史パート2」

 この本を読んで一番驚いたのは、沖縄近海に水爆が沈んだままになっているという話。
 全然知らなかったよ。
 大丈夫なの?!
(この事件に関する参議院の質問主意書答弁書を見つけました。
 さらに不安になる内容……)

 アウンサンスーチーさんの話は、胸が苦しくなったなぁ。
 軍事政権下で民主化運動をしている人、というくらいの知識しか無かったのですが、イギリス人の旦那さんがいたんですね。
 アウンサンスーチーさんと再会出来ないまま、亡くなったそう。

 私だったら、Dちゃんと離ればなれになるなんて耐えられない。
 祖国なんて、
「勝手に滅びてしまえ!」
 と捨ててゆく。

 でもアウンサンスーチーさんは、自分の幸せより、国民のために活動することを選んだ。
 
 結婚前に書かれた手紙は、
「英雄の娘」
 としての覚悟と、
「恋する女」
 の甘やかさが混ざり合っていて、とても切ない。
  
 これからは、彼女のことがより身近に感じられそうです。
 
 他にも興味深い話がいっぱい入っています。
 国際ニュースが苦手な人は、ぜひどうぞ!
posted by 柳屋文芸堂 at 21:46| 読書 | 更新情報をチェックする

更新のお知らせ

各ページに文学フリマの情報を追加しました。
posted by 柳屋文芸堂 at 20:13| 更新のお知らせ | 更新情報をチェックする

音と時間のバロックコンサート

 Concerto Sotto l'Alberoの演奏会に行って来ました。
 Dちゃんと一緒に♪
 いつも一人で聴くことが多かったので、感動を分かち合えて楽しかったわ〜

 彼らの演奏会で毎回感心するのは、
「モンテヴェルディのマドリガーレがどんなものか、その魅力を伝えよう!」
 という意欲に満ちた構成になっているところ。
 綺麗な音楽を披露して終わり、ではなく、聴き所をきちんと解説してくれるので、メロディや和音の斬新さをしっかり感じることが出来る。
 行くたびに、音楽の世界の新しい扉を開けるような面白さがあります。

 ほんと、モンテヴェルディってすごいと思うよ!
 ポップスのように万人受けするのは無理だとしても、せめてヴィヴァルディやヘンデルくらいの知名度があってもいいのではないか。
 苦しみや辛さを表現するために、ぶつかる和音をわざと使ったりとか。
 当時の人々が感じたであろう驚きが、今の私の心の中でもパッと弾けるのです。
 その過激さ。全然古臭くない。

 Dちゃんに言われて気付いたのだけど、伴奏(チェンバロ)の入り方がちょっと長唄に似ている。
 かけ合いになる所とか、間の取り方を大切にする所とか。
 どちらも対話的で。

 吉田空寛さんの、時間をテーマにした美術作品の発表もあったため、音楽の中の「間…無音の時間」をより強く意識しました。
 その感覚は邦楽にも通じるものです。
 どちらも昔の音楽だからかな?

 今でも都会より、自然がいっぱいある田舎の方が時間がゆっくり進むような気がするものね。
 人間に与えられた「1日」はどこでも同じなのに。
 この「セカセカ」はどこからやって来るのかしら。

 期待大だったカウンターテノール、村松稔之さんの歌も素晴らしかった!
 Dちゃんも絶賛!!
 一人で歌うだけで、その空間を劇場に変えちゃうんだよね。
 学生さんとは思えない実力。

 あれは何? 努力? 才能? 両方??
 下手の横好きミュージシャンの私には、何故あんな風にやれるのか全く分かりません。
 いや、とんでもない人がいるもんだ。

 明日、もう一度公演があるので、興味のある方はぜひどうぞ!
 再び情報を転載しておきま〜す。

芸工展2010
音と時間のバロックコンサート


日時
2010年10月24日(日曜日) 15時開演 14時半開場

会場
スタジオBrick-one
(千代田線「千駄木」下車、1番出口より団子坂上がる、徒歩7分
南北線「本駒込」下車1番出口より徒歩11分
JR山手線「西日暮里」「日暮里」各駅とも下車15分)

演奏
Concerto Sotto l'Albero

プログラム
モンテヴェルディのマドリガーレ
Zefiro torna 西風が帰り
Gira il nemico insidioso Amore 油断ならない敵、アモーレが
Lamento della Ninfa ニンファの嘆き
ほか

出演
Soprano
沖澤のどか 粥川恵理子 瀬戸口絢音 森美由紀
Tenore
鈴木秀和 中村康紀
Alto
村松稔之
Basso
目黒知史 山本悠尋
Cembalo
金一恵

お話 作品提供
吉田空寛

芸工展は、「まちじゅうが展覧会場」をキーワードに、谷中・根津・千駄木界隈を舞台に開かれるアート企画。筆や彫金、せんべい、鼈甲といった谷中に根付く職人の他、まちに点在するギャラリーやアーティストのアトリエ、路地での落書き大会や街角でのワークショップ、また自宅の一室を公開して行う展示などの自主企画からなります。他の展示に足を運ぶのも楽しいですよ。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:47| 音楽 | 更新情報をチェックする

2010年10月23日

池上彰「そうだったのか!日本現代史」

 「そうだったのか!現代史」が面白かったので、日本版も読んでみました。
 しみじみと、自分の無知を思い知りますね。
 「安保反対運動」や「あさま山荘事件」など、言葉は聞いていても、具体的にどういう経緯があったのか理解していませんでした。
 どの出来事も詳しく解説してあるので、勉強になります。

 不謹慎にも笑ってしまったのは、丸山眞男の論文の引用。
 敗戦の翌年に発表されたそうです。

「我が国の場合はこれだけの大戦争を起しながら、我こそ戦争を起したという意識がこれまでの所、どこにも見当らないのである。何となく何物かに押されつつ、ずるずると国を挙げて戦争の渦中に突入したというこの驚くべき事態は何を意味するか」
※太字は本文中傍点

 日本人って、変わらないんだな〜
 この「何となく」の力って、ものすごいよね。
 恐ろしくてとても抗えない。
 従うか、孤独を選ぶかのどちらかだ。

 一人ひとりが自分の頭で考え、自分の意志で物事を決めてゆくなんて、この国では不可能なのではないか。
 もういっそ伝統である(守り伝えないで欲しい……)

 逆に「変わったな」と感じた部分もある。
 労働運動、安保反対運動、学生運動など、1950年〜1970年頃の日本人は、みんな「団結」して戦う。

 今の日本人だって、突然理由もなく解雇されたり、過労の末、病気にさせられたり、かなり酷い目に遭っていると思う。
 でも全然団結しない。
 一方的に壊されて、たまに個人プレーの暴力が的外れな場所で爆発する。
 こんなにやられっぱなしでいいのか。
 
 私も世間に対して色々不満はあるけれど、やっぱり「団結」するのは面倒臭いです。
 自由になるために戦いたいのに、団結して「何となく」の巨大な流れに飲み込まれ、不自由になるのはイヤだもの。
 個人の無力さを十分知ってはいても。それでも。

 他の人も同じような理由で団結しないのかな。
 それとも団結出来ないように最初から仕組まれている……?

 自由なまま、さらに自由になるにはどうすればいいのだろう。
 ああ、なんて青臭い願望!(33歳です)

 とりあえず今のところ、自分の無知と無能を矯正するくらいしかやれることは無いのでした。

 本の内容からズレた記事になってしまいましたね。すみません。
 強引にまとめると、現代を見つめ、あれこれ考えたい人にぴったりな本だと思います。
 ぜひどうぞ。
posted by 柳屋文芸堂 at 01:06| 読書 | 更新情報をチェックする