2014年05月20日

どすーん

 最近、マンションのどこかから、
「どすーん どすーん」
 と壁を打つような音が聞こえる。

 何の音だろう、とDちゃんと議論し、
「夜店で買った手乗り相撲取りが普通の大きさに育ってしまった」
「あー 相撲取りは鉄砲させないといけないからね」
「大きくならないって言ったのに、おっちゃんの嘘つき!!」
 という結論になる。

 いや本当に、何の音なんだ。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:50| 与太話 | 更新情報をチェックする

習っちゃいなよ!

 「三味線習いたい」という言葉を検索してこのブログに来た人が!
 このページの「松永鉄九郎」「松永鉄駒」「松永鉄六」「松永鉄七」の文字をクリックすると、それぞれのお稽古場が出て来ます。
 通いやすい場所があったら、一度見学に行ってみましょう。

 私が教わっているのは鉄六先生ですが、他の方もみなさん気さくでおすすめです。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:01| 音楽 | 更新情報をチェックする

2014年05月18日

クレアクラスコンサート

 高校時代からの友人が出演した、ピアノの会に行ってきました〜
 彼女が選んだ曲は「キエフの大門」
 組曲「展覧会の絵」の最後の曲で、これだけ抜き出すことはあまりないと思う。
 一体どうなるんだろう、と予想がつかなかった。

 実際に今日聴いてみて、
「『キエフの大門』ってこんなに良い曲だったんだ〜」
 と驚いた。
 組曲の終わりとして演奏すると「フィナーレの盛り上がり」でいっぱいになっちゃうけど、この曲一つで音楽にすると、いつもと違った味わい。
 おおらかで、たっぷりとしていて、少しだけ切なさも感じる。

 友人のピアノの弾き方は、若い頃に比べてずいぶんやわらかくなった。
 年齢のせいなのか、お母さんになったからなのか、技術が上がったのか、理由はよく分からない。
 昔の感情的でとがった音も忘れがたいが、演奏会に出るたびに表現の幅が広がっているのは明らか。

 歳を取るのは悪いことばかりでもないな、と思う。
 研鑽を怠らなければ、という条件付きですが!

 他の人が演奏した、ドビュッシーの「沈める寺」も良かったな〜
 ドキュメンタリー映画のBGMみたいな曲。
 CD欲しい。

 会主の先生が、優秀な演奏者のことを、
「耳の良い子」
 と表現しているのに感心した(「子」と言うのは出演者のメインが子どもだから)
「指がよく動く子」
 じゃないんです。

 自分の弾いた音が「ただの音の連なり」ではなく「音楽」になっているか、判断する耳。
 指はその後に付いてくる、のでしょう(練習すれば、ね……)

 クレアクラスコンサートは毎回学ぶところがあるので大好きです。
 次回も楽しみ。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:03| 音楽 | 更新情報をチェックする

2014年05月17日

日本ソールムニエル協会

 Dちゃんは舌平目のムニエルが大好き。
 でもなかなか良い舌平目が手に入らなくて(あっても高くて)食卓に上るのは年に数回、という感じだった。

 ところが!
 今年はやたらに売り場で見かける。
 肉厚で、お値段もほどほど。

 いったい何が起きたのだろう。
 大漁?

 小さなバターとセットになっており、
「ぜひムニエルにしてみてね♪」
 と言わんばかりの売り方。

 もしかして「日本ソールムニエル協会」みたいな団体が設立されて、舌平目の消費拡大をうながしているのだろうか……(ソール=舌平目)
 まあとにかく舌平目が買いやすいのはありがたく、毎週のように食べてます。

 塩とコショウと小麦粉をかけてフライパンで焼くだけですが、最初はサラダ油、その後バターを追加するとフランス料理っぽくなる。
 食べる時、先に両側の小骨の多い部分を取り除くと、後が楽です。
 レモンをたっぷりしぼって。美味しい〜

 この記事を書くために「舌平目」を検索したら、
 ウシノシタ科 イヌノシタ属
 であることが判明。
 牛タンの中の犬タンの魚、って何だそりゃ。
posted by 柳屋文芸堂 at 22:26| 料理・食べ物 | 更新情報をチェックする

イメージの力―国立民族学博物館コレクションにさぐる

 国立新美術館の、
「イメージの力―国立民族学博物館コレクションにさぐる」
 という展示を見てきました!(公式サイトはこちら

 タイトルだけだとちょっと何があるか分かりにくいですね。
 展示品が作られた場所は、世界中のあちこち。
(パプアニューギニア、ガーナ、カメルーン、カナダ、ブラジル等々)
 展示品の種類は、いろいろ。
(仮面、像、装飾品、布、農機具等々)

 それじゃあ何でもありじゃん! と思われるかもしれない。
「国立民族学博物館と国立新美術館の共同企画」
 というところがポイントなのです。

 博物館が「文化を理解するために重要」と考えて集めた品々の中から、
 美術館が「美しいもの」を選んだ。
(公式見解ではなく、展示を見た上での私の印象です。ご注意を)

 結果的に、非常に親しみやすく楽しい空間になっている。
 とりあえず、ハニワや土偶が好きな人は絶対行った方が良い。
 展示物はそこまで古くないけど、あんな感じの雰囲気なのだ。

 リアルではなく、ちょっと記号的で素朴な表現。
 怖カワイイって言うのかな……?

 色鮮やかなものが多いのも特徴(そこはハニワと違う)
 いつまでもいつまでも見つめていたいものがいっぱい。
 最後まで行った後、入り口まで戻って2回見ちゃった。
 幸せだった。
 
 「重要」「美しい」という感覚は人それぞれで曖昧で、正解はない。
 博物館や美術館の人たちもきっと悩みながら研究して、今現在の最善を見つけ出しているのだろう。

 帰宅後Dちゃんに展示品の説明をしたら、
「漆原教授が持ってそう」
 確かにタイトルを「漆原コレクション」にした方が分かりやすいね。
 「動物のお医者さん」を読んでないと意味不明ですが。

 平日だったこともあって、会場は全く混雑していませんでした。
 一つ一つの作品を満喫出来るのは良いけど、もっと沢山の人に見て欲しいな〜
 ほんと、充実しているので。
 
 最寄り駅は東京メトロ千代田線の「乃木坂」
 会期は6月9日までです。
posted by 柳屋文芸堂 at 03:56| 美術 | 更新情報をチェックする

2014年05月16日

紫舟さんへのインタビュー

 Soup Stock Tokyoのサイトに載っている、書家の紫舟さんへのインタビュー(これ)が面白かったのでご紹介。

 彼女の作品作りは、まず500種類くらいやり方を変えながら書いてみて、
 その中から、表現したいこと(=コンセプト)と表現物(=書)が矛盾なく、できる限り一致しているものを探すそうです。
 (黄色い字の部分は引用)

 「書く技術」だけでなく「表現したいことをつかむ力」と「選ぶ力」が必要なんですね。
 表現者なんだから、表現したいことなんて最初からはっきりしてるだろう、と思われるかもしれない。
 最初からはっきりしてることなんて、わざわざ表現しないのです。

 表現したいことは、たいていほわーんとしている。
 言葉を選んで文章にしてようやく、
「ああ、私はこれを言いたかったのかな?」
 とか。小説の場合、
「この登場人物はこういう人なのね」
 とかとか。

 紫舟さんも500種類書くということは、書いているうちにつかんでゆくのではないか。

 小説はさすがに500通り書いたりしないけど、
「道の横にある 石を 見た」
「道端の 石に 目をやった」
「そばの 石を じっと見た」
 さて、どれが状況に合ってるか……
 なんてことを繰り返していくので、もし全てのバージョンを消さずに残しておいたら大変な数になると思う。

 紫舟さんは、
 好き、や、かっこいい、という基準で書を選ばず、想いが表現できているかどうかを判断基準に選びます。
 とのこと。

 書だけの話ではなく、写真や絵画、もしかしたらメールの文章や会話にだって通じることかもしれない。
posted by 柳屋文芸堂 at 01:04| ネット | 更新情報をチェックする

2014年05月14日

感想の受け取り方

 自分の作品の感想を聞いた時、

 傷付き過ぎてはいけない
 有頂天になってもいけない
 無感覚になってもいけない
 冷静に受け止めて参考にすること

 ……と私は思っているけど、
「作ったものを人に見せる」
 という経験を長期に渡って繰り返さないと、なかなか難しいのかもしれない。

 自費出版詐欺に遭う人は、褒められ慣れてなかったのだと思う。
 自分の作品を褒められるというのは本当に嬉しいことで、愛の告白をされた時のように、脳みそが天に向かって飛んでゆく(告白された経験なんてほとんど無いけどな、私の場合……)
 詐欺師は脳みそが留守になっている隙にお金を奪うのである。

「本当に良いと思って言ってるのかな、この人」
 などと疑う必要はない。
 称賛は素直に受け取って創作のエネルギーにするのが一番だ。
 単純に、脳みそを手放さなければ良いだけの話。

 創作する人は、自分の身を守るためにも作品を発表する機会を増やすべきなのかもしれない。
 そうすれば、

 貶されるのに慣れる
 褒められるのに慣れる
 でも何も感じない訳じゃない
 それは「私」ではなく「成長途中の私の作品」なのだから。

 自分と自分の作品を客観視する訓練、と言えるかもしれない。
 作品は作るだけでも一苦労なのに、その後もなかなか大変なのだ。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:09| 執筆 | 更新情報をチェックする

三味線のお稽古の話

 今年の初めには「俄獅子(にわかじし)」という曲をやっていた。
 吉原で行われた「俄」という行事の様子を描いたもので、粋で洒落た雰囲気。
 早口のセリフみたいな歌詞がユーモラスで格好良いんだ!
 曲の緩急も激しく、メリハリがあって飽きない。
 いかにも三味線音楽、という感じで楽しかった。

 その次にやったのは「娘七種(むすめななくさ)」
 俄獅子に比べると変化に乏しく、正直そんなに面白いと思わなかった。
 ただ、春のほわ〜っとした気候には合っていた。
 ちょうど桜の咲く頃だったので。

 替手(副旋律)を教わってから、俄然この曲が魅力的に感じられるようになった。
 和音がうまく合わなくておかしいなー と思っていたら、不協和音を使っていると判明。
 花の香に誘われて異界に足を踏み入れてしまうような、春の危うい空気を音で表現したのだろう。
 長唄の中では珍しい、実験的な作品だと思う。

 さて今日から「吉原雀」を始めることになった。
「代表曲だから一応やっておこうと思って」
 と先生に言ったら、
「これ、一応やっておくような曲じゃないよ? やらない人もいっぱいいるよ」
「え…… もしかして、聴く方の代表曲?」

 長大な難曲なのです。
 よく聴く(プロはよくやる)けど、素人が気軽に練習するような曲じゃないのかも。
 まあ、2年くらいこれにかかり切りでも良いや。
 技術が盛り沢山で勉強になりそうだから、じっくり頑張ろう。
posted by 柳屋文芸堂 at 01:14| 音楽 | 更新情報をチェックする

2014年05月13日

不文律

我が国では、表現の自由が認められている。
(ただし、当たり障りのないものに限る)
posted by 柳屋文芸堂 at 23:45| 社会 | 更新情報をチェックする

グレードアップを勧めてよ

 ピンポーン♪
「はい」
「お忙しいところすみません、私、〇〇地所の」
「あー マンションね!」
「はい……」

 この会社の営業さんは何度も何度もうちに来ている(同じ人かは不明)
 そんなに営業しないと売れないようなマンション、最初から建てるなよ!
 と思うが、計画したのはもっと上の人だ。
 このお兄ちゃんに罪はない。

 しかし彼は、営業する場所を間違えている。
 売りたいマンションがあるのは、駅から徒歩15分くらいのところ。

 バスを使わないと駅に出られない地区の住人に、
「駅まで歩いて行けるんです。便利になりますよ!」
 と勧めるなら分かる。

 我が家は駅のすぐそばなのだ。
 わざわざ大金出して不便な部屋に引っ越す訳がないだろう。

「営業する場所を変えてみたら?
 駅から離れている地域とか、この駅じゃなく、もっと東京から遠い駅のそばとか」
 なんてアドバイスしたら、お節介だよなー
 うーむ。

 結局、適当にあしらうことになる。

「引っ越すの面倒なんで、ごめんなさい〜」
「面倒と言っても、近くですし」
「ほら、荷造りが」
「あー ダンボールとかに」
「そう。しばらくやりたくないの。ごめんなさーい」
 がちゃん。

 毎度毎度、時間の無駄なんだよね、お互いに。
 次来たらお節介おばちゃんになっちゃおうかしら。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:18| 社会 | 更新情報をチェックする