2014年06月05日

消費者という権力者

 某有名高層ビルの中の、和食の店に入った時のこと。
 料理を注文してぼんやりしていると、テーブルの上に小さな虫がわらわら大量に出て来た。
 姿からして、ゴキブリの子どもらしい。

 私が虫をよけている様子を見て、店の人は席を変えてくれた。
 その後が大変。
 やってくる店員はひたすら謝りまくり、おまけのデザートを付けたり、飲み物をタダにしたり。

 言葉にしなくても、
「このこと、他の人に言わないでねっ
 ネットになんか絶対絶対書き込まないでねっ」
 と祈っているのがよーく伝わってきた。

 もしかして今、すごい権力にぎっちゃってる?

 Dちゃんにその話をしたら、
「よくそんな店で食事したね」
 とあきれられたけれども。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:04| ネット | 更新情報をチェックする

2014年06月04日

まず世知辛い世の中をどうにかしろ

「経済に悪影響を与えるから少子化対策を」
 という論調が嫌だなー と思っている。

 たとえばの話。
 少子化を防ぐには、若い夫婦が子育てしやすい環境を整えなければいけない。
 結婚して最初に住む賃貸住宅の家賃が高いなんてもっての外である。
 若夫婦が家を借りたいと言ってきたら、無料で貸し出すのを義務化しましょう!

 なんてことになったら、大家さんたちは絶対反対するだろう。
 彼らはむしろ、
「子どもが増えて、人口が増えて、部屋を借りたい人が増えて、家賃が上がりますように」
 と願っている。

 少子化は解決して欲しいが、負担は負いたくない。
 それが多くの人の本音なのだと思う。

 若い夫婦に経済的な余裕がなければ子どもなんて育てられる訳がない。
 にもかかわらず、世の中は若い人たちから金や時間を搾り取ることばかり考えている。
 それは世の中の人々が悪人だからではなく、経済至上主義ってそういうことだから。

 そりゃ少子化するよ。

 まず第一に、赤ん坊やお母さんやお父さんの、幸せな笑顔を思い浮かべられないだろうか。
 それを増やすための少子化対策、と考えられないだろうか。

 友人たちから出産の知らせがいくつか届いた。
 街には手をつないで歩く若いカップルがいる。
 彼らが少しでも子育てしやすい世の中になりますように。
posted by 柳屋文芸堂 at 02:18| 社会 | 更新情報をチェックする

2014年06月03日

新刊「邯鄲(かんたん)」の紹介

 今度の恋は、職人とお嬢さま。

 製紙会社の社長令嬢、春子は、昔ながらの手すきで和紙を作る職人、治とお見合いすることになる。
 ひたむきに仕事に打ち込む治に春子は惹かれてゆくが、治の挙動はどこかおかしい。

 私を嫌いになった?
 頭の中でつぶやくだけで涙がこぼれる。短大の同級生はみな私より美しく、相談したらみじめな気持ちになりそうで、誰にも打ち明けられなかった。


 春子は治に会うために、暗い夜道に飛び出した。

 和紙の町を舞台にした、レトロ風味ラブストーリー
 「お給金」「愚連隊」「破廉恥」なんて言葉を使っちゃったよ!!

 ※能「邯鄲」の翻案小説ではありません。ご了承を。

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 「邯鄲」を見てからタイトルを決めたのではなく、能のチケットを取って、
「邯鄲の舞台、楽しみだな〜♪」
 と思っていたら邯鄲的な小説を書いてしまったのである。
 A5、36ページで無料です。

 福岡市周辺にお住まいの方は、6月7日(土)に中洲川端駅の冷泉荘へ!
posted by 柳屋文芸堂 at 00:07| 同人活動 | 更新情報をチェックする

2014年06月01日

汗だくレイアウト

 今夜、異常に暑くない?!
 6月1日なのに夏バテでもうへばってる。

 さてさて、6月7日(土)の福岡ポエイチで新刊を出しますよ♪
 現在、本のレイアウト作業中。
 フォントを選んだり、ふりがな振ったり、行間を整えたり。
 こういうのが本当に苦手で。
 Dちゃんに手伝ってもらいながら頑張ってます。

 本作りの作業を楽しめたら、同人活動ももっと好きになれるんだろうな……
 「文章を書く」以外のことが(イベント申し込みや宣伝なども)面倒でね〜
 何だかんだ言いつつ13年も続けている訳ですが。

 自分の中にある物語を外に出すためにはやらなきゃしょうがない。
 なるたけ多くの人に読んでもらえますように。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:56| 同人活動 | 更新情報をチェックする

Concerto Sotto l'Albero 第5回演奏会

 今日は古楽アンサンブル「Concerto Sotto l'Albero」の演奏会へDちゃんと一緒に行ってきました〜
 大好きな人と綺麗な音楽を聴く夕べ。

 いつもはモンテヴェルディを中心としたイタリアの古い歌曲を演奏するのだけど、今回はイギリス・フランス・ドイツ・日本と様々な国の曲が取り上げられて、楽しかったです。

 トマス・ウィールクスという作曲家の、
「Tan ta ra ran tan tant」
 という曲が面白かったな。
 ↑をそのまま読んだ時の感触通り、とってもリズミカルな歌詞が並ぶ。
 このトマスさん、今ネットで調べてみたら、私よりぴったり400歳年上だった。

 カウンターテナーの村松稔之さんの独唱、
「Vedrò'l mio sol(私はその太陽を見るだろう)」
 も素晴らしかった。

 彼の歌は本当に細かいところまで神経が行き届いていて(音程・音量・発音・感情表現・ゆらぎ等々)
「至高のものを見られた!!」
 という満足感が毎回ある。
 曲紹介でしゃべる時に、歌と全く違うぽわーんとおっとりした声になるのも可愛い。

「Lamento della Ninfa(ニンファの嘆き)」
 という曲は何度も聴いているがメロディも歌詞もゾクゾクするほど良い。

 私の愛を返して
 かつてあったように
 さもなくば私を殺して
 これ以上苦しまなくて済むように


 この部分は「魂のテンポで」歌うよう譜面に指示されているそうです。

 伴奏として使われていた「テオルボ」という楽器の音色も優しかった。
 弦が異常に多いギターみたいなの。
 琵琶にも似てるなー と思ったらどちらも「リュート属」で起源一緒っぽい。

 テオルボ奏者も、歌手の方々も、感情を体の動きや表情で表しながら演奏するのね。
 自然で豊かな感じがして、羨ましかった。
 西洋音楽では当たり前のことなんだけど、長唄ではこれが禁止なんだわ。

 無表情でほとんど体を動かさずに弾いたり歌ったりするの。
 私には難しくて、8年も習っているのに全然出来ない。
「柳田さんって楽しそうに三味線弾くよね〜」
 と仲間に言われてしまうような弾き方になっちゃうんだ、どうしても……

 長唄が無表情なのは、歌舞伎の伴奏音楽なので、役者より目立たないようにするのが最初の目的だったのだと思う。
 クールで格好良くて、これはこれで好き(出来ないけど)

 西洋の美意識。日本の美意識。
 どちらが良い悪いではなく、両方の魅力を食べて生きていきたい。
posted by 柳屋文芸堂 at 01:05| 音楽 | 更新情報をチェックする