2014年07月31日

いんげん豆のスープ

【作り方】
1、鶏肉と玉ねぎ(薄切り)をセロリシードと一緒に炒める。
2、肉に火が通ったら、水と白ワインを入れる。
3、煮立ったら、いんげん豆(水煮)・塩・イタリアンハーブミックス・黒こしょうを入れる。
4、再び煮立ったら完成。好みでオリーブオイルをたらす。

 イタリア産のいんげん豆の水煮が美味しそうだったので、スープにしてみました。
 トロトロして優しい味。
 トマトパスタによく合いました。

 いんげん豆の水煮はアルチェネロという会社のもの。
 ネットにちょうど良い紹介ページが無いなー
 ビン入りです。
 時々カレーの具にもします。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:47| 料理・食べ物 | 更新情報をチェックする

空き家のニュース

 ここのところ、
「空き家の数が過去最多に」
 というニュースがあちこちで流れていますね。

 空き家から火が出て、知り合いが経営している店に燃え移り、全焼したことがあります。
 そういう経験があると、空き家の増加は非常に不安です。
 特に人口密集地。

 前に乗ったタクシーの運転手さんの弟は、地主の所に婿入りしたため、土地や建物を多く所有しているという。
 古い空き家もあるが、
「下手に売って損を出すと親戚がうるさいから、そっとしているそうですよ」
 とのこと。

 空き家は売るか貸すかしてくれないと、人の住める場所の価格や賃料は下がらず、
「空き家だらけなのに家賃は高いまま」
 ということになりかねない。

 空き家対策は治安対策であると同時に少子化対策にもなるはず。
 安くて広い家を手に入れられたら、子育てしやすくなるもの。
 土地持ちの人は、ボランティアの気持ちで空き家を流通させてくれないだろうか。

 売る気も貸す気も壊す気もない「そっとしている」空き家がいっぱいで、人のいない街。
 空き家対策が進み、不安なく暮らせる、人の増える街。
 今後はどんどん二極化していくのかもしれない。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:37| 社会 | 更新情報をチェックする

2014年07月30日

小説はどこに捨てれば良いですか?

 森村泰昌さんがディレクターを務める「ヨコハマトリエンナーレ2014」の開幕が近付いてきました!
(会期:8月1日(金)〜11月3日(月・祝)、主会場:横浜美術館、新港ピア(新港ふ頭展示施設))

 目玉作品の一つに「アート・ビン」というものがあります。

 《アート・ビン》は、イギリスの作家マイケル・ランディの作品で、巨大なゴミ箱の形状をしています。ヨコハマトリエンナーレ2014では、高さ7メートル、幅7.8メートルの大スケールで、横浜美術館のグランドギャラリーに登場します。
 様々な人が自分の失敗作、未発表のまま倉庫にしまわれたままの作品、捨ててもよい作品などを、ここに投げ入れる参加型の作品です。

公式サイトの紹介文をそのまま引用)

 私も参加しようかな〜 と思ったら、「参加できない作品の例」に「楽譜・小説など美術作品以外の芸術作品」が!!
 行き場のない小説はどこに捨てれば良いんでしょう……
 あと「パフォーマンス」も捨てられないそうです。

 「燃えるゴミ」「燃えないゴミ」「カン・ビン」「ペットボトル」みたいに、芸術のゴミ箱も分別出来たら面白いかも。
 「パフォーマンス」だけがいっぱい詰まっているゴミ箱とか、迫力あるよね。

 文学フリマあたりで「小説」「詩」「評論」「ノンフィクション」「もらったものの一生読まなそうな本」なんてゴミ箱が用意されたら、参加者の元気が3割くらい削られるだろうね。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:56| 美術 | 更新情報をチェックする

2014年07月29日

岡檀(おか まゆみ)「生き心地の良い町」(続き)

 この記事の続き。
 海部町の人々のような生き方を、自分も出来るかなー と考えてみた。

☆「病」は市に出せ

 これが難しい。
 私は悩み事を人に言うのがすごく苦手だ。
 言葉にして口に出した途端、悩みは心の中にあるものとは違う形になってしまう。

 変形した悩みに対してアドバイスをもらっても、
「えーっと、そういうことが聞きたかったんじゃなくて……」
 と不満が残る。
 解決するどころか不愉快になるばかりなので、悩みを打ち明けること自体を控えるようになった。

 しかし。
 「人に言う」ことが無理でも、自分なりの方法で「市に出す」ことは出来ないだろうか。
 悩みを織り込んだ小説を書いて発表したり。

「こんなこと書いて、読んだ人は面白いのかなー」
 と躊躇することも多いけど、
「『「病」は市に出せ』なんだっ 面白くなくても、私の心の健康のためなんだーっ」
 と思い切って色々書くべきなのかもしれない。

☆どうせ自分なんて、と考えない

 世の中には優れた作品が数多くあり、
「私の小説なんてたかが知れてるしなー わざわざ苦労して書く必要あるのかなー」
 としょっちゅう思う。

 でも、世の中は広い。
 もしかしたら、私の文章に共感し、楽しんでくれる人だっているかもしれない。
 虚しくなるほど自分を低く見積もることもない。

☆人物本位主義をつらぬく

 どんな冠を得たかではなく、やりたいと思ったことをちゃんとやれているかどうかで、自分を評価しよう。

☆いろんな人がいてもよい、いろんな人がいたほうがよい

 現実では少数派は迫害される。
 同調圧力の強い日本において、海部町のような場所は稀だ。
 せめて非現実の小説の世界では、少数派を輝かせよう。

☆ゆるやかにつながる

 小説を書くことで知り合えた人が多くいる。
 私は熱心に活動している訳ではないので、年に一回くらいしか会えない人がほとんど。
 それでも言葉を大切にしている者どうし、特別な熱を交換する。
 そのあたたかさは、私の生きる力になる。

 自分の自殺を防ぐ方法ばかりだな!
 まあ、まずはそこからだよね。

 今は自殺から遠い場所にいても、病気になったり、何かを失ったり、突然絶望する可能性は誰にでもある。
 そんな時、自分を救うにはどうすれば良いか、考えておいて損はないだろう。
 私の命綱は、文章(小説)なんだね。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:49| 読書 | 更新情報をチェックする

2014年07月27日

Mah「セクト」



 Dちゃんが教えてくれた曲。
 映像がすごい。

 夏休み向けアニメ映画の制作に疲れたアニメーターが、
「うぉぉぉ、他人の絵を描くのはもうイヤだ! 俺の絵を描きたいだけ描いてやるーっ!!」
 と一週間連続完徹で作った……のではないかと(勝手な想像)

 何かそういう鬼気迫るものを感じます。

 うわっつらだって確かに君なんだ
 それでも息が苦しいなら


 あたりの歌詞が好き。
 決して明るい曲ではないけれど、歌も映像も色んな想像が出来て何度も聴いちゃう。

 素晴らしい作品を公開してくれたMahさんに感謝。
 いったい何者なんだろう……
posted by 柳屋文芸堂 at 23:14| 映画・映像 | 更新情報をチェックする

岡檀(おか まゆみ)「生き心地の良い町」

 毎年ほぼ3万人の自殺者を出す日本にも、自殺率の極めて低い特別な町がある。
 徳島県旧海部町。

 そんなの偶然なんじゃないの? 人口も少なそうだし……
 と思いませんか? 私は思いました。
 そう否定されないよう、データ処理の方法がかなり丁寧に説明されています。

 人口が少ない分を補正するために、30年間の自殺者数を比較したそうです。
 その間に市町村合併などもあり、データの収集は難しい。
 県庁の統計調査課の人などに協力してもらって奮闘する様子が、プロジェクトXっぽくてワクワクしました。

 自殺率の低さがデータで裏付けられ、海部町の人々に対する調査を開始。
 方法は観察・インタビュー・アンケートなど。
 その結果分かった彼らの特性は……
 
 いろんな人がいてもよい、いろんな人がいたほうがよい
 人物本位主義をつらぬく
 どうせ自分なんて、と考えない
 「病」は市に出せ
 ゆるやかにつながる


☆いろんな人がいてもよい、いろんな人がいたほうがよい
 こうやって考えていた方が環境の変化に耐えられるし、色んな人がいた方が集団全体が間違った方向に進みにくい。
 そのことを生活の知恵として人々が知っている。

☆人物本位主義をつらぬく
 年長者であるだけで威張ったりすると「野暮だと思われる」
 町の雰囲気を悪くするものを「野暮」という言葉で封じてきた。

☆どうせ自分なんて、と考えない
 世の中に対して影響を与えられる、と考えている人が多い。
 何をしたってムダだ、と諦めることがないので、自殺予防につながっていると考えられる。

☆「病」は市に出せ
 町に伝わる格言。
 病気だけでなく、家庭内のトラブルや事業の不振など、困ったことがあったら早めに周囲に言え、ということ。
 自分一人では解決出来ないことでも、誰か別の人が妙案を出してくれるかもしれない。
 そしてトラブルは初期のうちに対処した方が解決しやすい。
 この教えが多くの人に継承されている。

☆ゆるやかにつながる
 人付き合いは意外と淡白。
 相互扶助組織などもあるが、加入は強制ではない。
 おしゃべりはするが、結託して異分子を排除するほどまでにはならない。
 ほどほどの距離感が孤独を防ぐ。

 海部町は江戸時代に材木の集積地として急激に栄えたそうで、労働者・職人・商人など、もともとよそ者の集まりだった。
 彼らが定住する過程で、皆が心地良く共存する方法を求めた結果、こういう特性が生まれたのではないか、とのこと。

 こういう町が日本にもあるんだー
 とびっくりしました。

 作者のユーモアがあちこちに散りばめられていて、とっても読みやすいです。
 生き心地が悪いなー と感じている全ての人におすすめしたい!
posted by 柳屋文芸堂 at 00:49| 読書 | 更新情報をチェックする

2014年07月26日

アケチノキモチ



 今朝、ラジオで聴いて面白かった曲。
 本能寺の変がテーマのラブソング(BL)
 ポップスは同じような歌詞のものが多いので、こういう変わったのが聴けると嬉しいですね。
posted by 柳屋文芸堂 at 01:49| 音楽 | 更新情報をチェックする

フランス書院文庫

 フランス書院文庫のツイートを読みふけってしまった……(これ
 フランス書院文庫の本って全然読みたいと思わないのだけど(背表紙の「調教」とか「凌辱」なんて漢字を見るだけでげんなりする。もっと普通にやれば良いのに)ツイートは面白いな!

【女性向けポルノ写真集】アメリカの「ポーン・フォー・ウィメン」シリーズ。家の掃除や洗濯など、(女性が男性にしてほしいことを)半裸のイケメン男性がする姿を捉えた写真集

 というのに爆笑(このツイート
 女の夢を色々まとめて叶えているのね。

 官能小説より、ツイートの本を出した方が売れるんじゃないか?
posted by 柳屋文芸堂 at 01:38| ネット | 更新情報をチェックする

2014年07月25日

出来過ぎたキャベツ世代

 友人が、
「新入社員が大事にされ過ぎてるっ」
 とプンプン怒っていた。

 確かに私たちの頃はあんまり大事にされなかったからねぇ。
「君が辞めたって、代わりはたくさんいるんだよ」
 というのを態度で示されることが多かった。

 まあ、日本の人口ピラミッドを見れば、それも当然だろうなと思う(これ
 私たちは上から2番目のでっぱりの、ちょっと下くらい。
 団塊の世代と団塊ジュニアがバリバリ働いているところに入り込もう(=就職しよう)としたんだから、そりゃ冷遇されるよな。

「俺たちは腐ったみかんなんかじゃねぇ!」
 という有名なセリフがありますが(細かい言い回しが間違っていたらごめんなさい)
「私たちは出来過ぎたキャベツだ!」
 最初からつぶされる運命。
 
 今、人手不足が騒がれているのは、団塊の世代が本格的に引退し始めたということなんじゃなかろうか。
 物の値段と同じように、人間の価値も需要と供給で決まる。
 我々の世代は需要が少なく、供給が多かった。
 今は逆。

 友人は怒っていたけど、人間が大事にされるのは良いことだと思う。
 酷い方に合わせることはない。

 人口ピラミッドのでっぱりに当たる人々は、一生大事にされない。
 自分の属する世代から逃れるのは不可能だから。
 その代わり、数の力で世の中を動かすことが出来る。
 団塊の世代は存分に行使している。

 私たちの世代は何だかやられっぱなしみたいだ。
 でっぱりの短所と長所を、もっと意識すべきだろう。
 つぶされないために。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:08| 社会 | 更新情報をチェックする

2014年07月23日

ゴーヤチップスの思い出

 夏はゴーヤが美味しいですね。
 実家にいた頃は、伯母(小)がよくゴーヤチップスを作ってくれました。
 薄切りのゴーヤに片栗粉をまぶして油で揚げて、塩を振るの。

 これをお弁当に入れて職場に持っていったところ、一緒に働いていたNさんに、
「ちょっとちょうだい!」
 と言われた。
 伯母(小)の料理を自慢するような気持ちで分けてあげると……

「苦ぁ〜!!」
 じたじたじたっと足踏みして苦味に耐えるNさん。
「そんなに苦かった?」
「苦いよ、のりピー!」
 そう、その職場で私はのりピーと呼ばれていたんだった。

 肉や豆腐を入れるゴーヤチャンプルーと違い、ゴーヤのみで作るゴーヤチップスは苦味を強く感じるのかも。
 私は全然平気なので想像ですが。

 Nさんはあまりゴーヤを食べたことがなかったのかもしれない。
 もうすっかり日常に馴染んで大昔からあるような気がしていますが、関東でゴーヤが普及したのは15年ほど前からです。
 22歳の夏に初めてゴーヤチャンプルーを食べたのを妙にはっきり覚えている。
 Nさんのじたじたを見たのはたぶん24歳くらいの頃。

 ゴーヤチップス、自分では作ってないなぁ。
 揚げ物って面倒でね…… 油をいっぱい使うのが。
 少ない油で焼くみたいに作ってみようかしら。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:16| 料理・食べ物 | 更新情報をチェックする