2014年10月23日

青パパイヤの種

 青パパイヤを調理するたび、不思議な気持ちになる。
 包丁でパカッと二つに切ると、
「何故ここにポン菓子?!」
 あるいは「つぶつぶの緩衝材」

 種が白くやわらかく軽いのだ。
 熟せば黒い立派な種になるのだろうけど、未熟というより作り物っぽい。
 スプーンでかき出すとふわふわあちこちに飛んでしまう。
(青パパイヤは甘くなる前の果実。野菜として使う)

 実の方の食べ方としては、薄切りにしてしょうゆとごま油とかつお節で和えたのが好き。
 種は味見したことないです。
posted by 柳屋文芸堂 at 01:39| 料理・食べ物 | 更新情報をチェックする

2014年10月22日

狂言の女役、歌舞伎の白拍子

 日本の演劇は女装が発達していて素晴らしいよね!
 きらびやかな歌舞伎の女形や、能面を付けて演じる能の女役は割と思い浮かぶと思うけど、狂言の女装は意外と知られていないんじゃないかな?

 化粧も面も無しで、どこからどう見ても男にしか見えない人が、着物とカツラみたいなかぶり物だけで女を演じるの。
 男の娘指南本で言うところの「着たまま女装」ですよ。
(メイクや髪型を工夫せずに、女物の衣装を着ただけの女装。
 完成度が低くなるため避けるようにと書かれている)

 狂言は笑いが中心の劇なので、
「女になり切れてないだろ!」
 というツッコミも楽しみに含まれているのだと思う。
 うるさいおばさんの役なんか、この演じ方が妙にリアルに感じて、それも可笑しい。

 歌舞伎に出てくる白拍子もすごい。
 白拍子は男装の女芸人で、その芸能自体はすでに滅びている。
 しかし歌舞伎には白拍子が役として登場する。
(義経千本桜の静御前、京鹿子娘道成寺の白拍子花子など)

 歌舞伎役者は当然、男性。
 それが女装して、女形に。
 その女形が男装して、白拍子を演じるのだ。
 どうしてこんなに何度もひっくり返すの。

 今も昔も、男と女が重なったものに魅力を感じる人が多い証拠ですね。
posted by 柳屋文芸堂 at 01:21| 演劇・演芸 | 更新情報をチェックする

2014年10月21日

男の娘

 大島薫の写真を見てはニヤニヤしている。
 写真集欲しいけど、あんなにエッチな内容じゃなくて良いんだよな……
 普通の格好で普通に笑っているだけで大満足だよ。
 普通と言っても、女装だけど。

 大学1年の時、恋人(Dちゃんではない)を女装させたら、周りの人たちがメチャクチャ引いてびっくりした。
 そりゃ大島薫みたいな美女じゃなかったけどさー
 似合うかどうかに関係なく、楽しいじゃん、女装!!

 それは約20年前。
 男の娘なんて言葉のない時代である。

 早過ぎたんだ。
posted by 柳屋文芸堂 at 02:27| 思い出 | 更新情報をチェックする

例えば

 世界の全ての光源がLEDになるディストピア(まぶちぃ)
posted by 柳屋文芸堂 at 02:05| 与太話 | 更新情報をチェックする

2014年10月19日

カタノトモコ(作・絵)杉背よい(文)「まじかる☆ホロスコープ 恋と怪談とミステリー!」

 小学3年生・4年生くらいの読者を対象にした学園ものです。
 舞台は中学校なので、お姉さんたちの世界に憧れつつ読むような感じなのだと思います。

 「恋」と「怪談」と「ミステリー」ということで、そのまんま全部入っている。
 でも一番重要なものとして描かれているのは「友情」
 いつも自分を気にかけてくれる親友や、偶然出会って仲良くなった別の学校の女の子たち。

 若い頃は、いつもすぐそばに女の子がいたよな〜 と懐かしくなる。
 男の子を好きになっても、恋は遠くて非現実的だった。
 世界は100%女の子で出来ていた。

 37歳になり、私の手元には常に自分の男(=夫)がいる。
 夢が叶った、ように見えて、気がつけば女の子は誰もいない。

 いや、友情は続いているのだけど、みんな仕事が忙しかったり、子育てに追われていたり、遠くに引っ越してしまったりして、たまーにしか会えないのだ。
 うんざりするほど毎日毎日学校で顔を合わせていた日々が、恋しい。

 主人公のさきは恋やオシャレよりミステリーが大好きで、謎解きに夢中になると他のことが見えなくなってしまう。
 親友のカヲルはさきの服装を整えてあげたり、探険に付き合ったり、何かと世話を焼く。

 私の友人たちも、
「見てらんないっ」
 という様子でセーラー服のスカーフを結い直したり、髪をセットしたり、色々してくれた。

 もう誰も世話をしてくれないので、私はボロボロのままだ。
(たまにDちゃんが見かねてドライヤーをかけてくれたりする。犬か)

 幼なじみが雑誌でモデルをしているのを見つける場面も良かったな。
「これ……わたしの知り合いかも……っていうか、絶対そうです」
 この本が平積みされているのを見つけた時の私と同じ心境。
 友人が夢を叶えているのを目の当たりにする驚きと喜び。

 この本を読む女の子たちは、恋ほど友情を大切には思わないかもしれない。
 友だちは日常にあふれているから。
 でもそれは、男を手に入れる前に味わえるほとんど唯一の贅沢なのだと、おばさんはお知らせしておきます。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:07| 読書 | 更新情報をチェックする

能力の使い道

 結婚前、バイト先で、
「頭が良いんだから正社員になれば良いのに」
 と言われたことがある。

 好きでバイトしてんじゃねーよ! とか。
(最初の職場はサービス残業に耐えられず退職。
 二つ短期バイトをはさみ、次の正社員での勤め先は三年弱で閉店)

 本当に頭が良かったら↑のような経験を避けることも出来たのでは…… とか。
 まあ色んな思いが交錯したのですが、一番強く感じたのは、
「能力をお金のために使わなくたって良いじゃん!」
 ってこと。

 自分の脳みそがどれほどのものかは分からないけれど、
 私は人生を楽しむためにそれを使い切っている。

「自分の能力でお金を稼ぎ、そのお金を使って楽しむ」
 という方法だけでなく、
「自分の能力を使って楽しむ」
 というお金を介在させないやり方だって十分あり得ると思うのだ。

 確かに能力を一度お金に変換しちゃえば、見えやすいし計りやすいし比較しやすい。
 「正社員」という立場や、企業名・役職名も同じこと。
 でも私はそういう分かりやすいものでは全然満足出来ないんだ。
 もやもやとしたものに対峙して目を凝らし、正体不明のものを拾い集めることにしか興味がない。

 多くの人が、お金を信じ過ぎているように感じる。
 世の中はお金で買えないものだらけなのに。
posted by 柳屋文芸堂 at 01:15| 自分 | 更新情報をチェックする

2014年10月18日

バンカラとハイカラ

 バンカラって、ハイカラの対義語として作られたそうですね。
 全然関係ない言葉だと思っていたのでびっくりしました。
 明治時代に流行したようで、広辞苑には、

 幸田露伴 天うつ浪「銭のある時はハイカラになり銭の無い時は蛮カラ」
 夏目漱石 彼岸過迄「上はハイカラでも下は蛮殻(ばんから)なんだから」

 という例文が出てくる。

 そもそも最近は、バンカラ、ハイカラという言葉そのものに馴染みのない人が増えているのだろうか。
 私は「バンカラ→かまやつひろし(我が良き友よ)」「ハイカラ→はいからさんが通る」が思い浮かびます。
 もはやどっちも大昔の作品だよなぁ……
posted by 柳屋文芸堂 at 02:02| 言葉 | 更新情報をチェックする

2014年10月17日

大島薫

 男の子(男の娘)でAV女優の大島薫って子、可愛いですね〜
 体は完全に男(女性ホルモン・手術無し)、顔は美少女、という人。

 25歳だけど子どもっぽい雰囲気で、
「中学校にこういう男子がいたような、気がする!」
 と懐かしい気持ちになった。
 ほんとにいたのかな。捏造した夢の過去かもしれない。

 ブログも面白かった!
 「お医者さんの話」とか。
 どの記事もオチが付いているのが大阪の人らしくて良い。
 性的な話や写真もあるので苦手な方はご注意を。
posted by 柳屋文芸堂 at 02:47| ネット | 更新情報をチェックする

2014年10月16日

平積み

 友人のよいこぐま(=杉背よい)さんの、
「まじかる☆ホロスコープ 恋と怪談とミステリー!」
 という本が15日に発売されました。

 さっそく本屋さんに行ったら、児童書のコーナーに平積みされてた。
 友だちの本が平積み、って初体験。
 じーんとした。

 読み終えたら感想書きますね〜!
posted by 柳屋文芸堂 at 02:03| 読書 | 更新情報をチェックする

2014年10月15日

黄粱を煮る一瞬、スパゲティーを茹でる永遠

 能の「邯鄲」は、

【邯鄲の夢(かんたんのゆめ)】
 官吏登用試験に落第した盧生という青年が、趙の邯鄲で、道士呂翁から栄華が意のままになるという不思議な枕を借りて寝たところ、次第に立身して富貴を極めたが、目覚めると、枕頭の黄粱(こうりょう)がまだ煮えないほど短い間の夢であったという故事

 を元にしている(広辞苑より)

 「黄粱」はオオアワ、粟飯のこと。
 粟飯を煮る時間ってどれくらいなんでしょうね。
 20分くらいだろうか。

 黄粱を煮る時間は「短い時間」のたとえになっているけれど、スパゲティーを茹でる時間ってものすごく長く感じませんか?
 うちでよく使うのは太さ1.4ミリのもので、たった6分で茹で上がるのに、その間に何度もタイマーを見ちゃう。
「えーっ あと3分?」
「えーっ あと1分30秒?」
 ってな感じに。

 スパゲティーを茹でる6分間を積み重ねたものが一生であるならば、人生は永遠に終わらないような気がする。
posted by 柳屋文芸堂 at 01:15| 料理・食べ物 | 更新情報をチェックする