2014年11月06日

長唄の会

 今日は私の先生の先生である、松永鉄九郎師匠の長唄の会に行って来ました。
 演奏曲の順番が良かったな〜
 牛若丸と弁慶の出会いを描いた「五條橋」という勇ましい曲の直後に、おちゃらけた雰囲気の「まかしょ」
 三味線の音も唄の声質もガラッと変わって、歌舞伎の引き抜きの場面を見るような爽快感!

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 鉄九郎師匠は落語の世界とも関係が深く、トークが完全に落語家……
 先生の先生が落語家化したということは、先生もいつか落語家化し、母が生け花を習いに行って熔接をやる羽目になったように、私も長唄三味線を習っていたはずが落語を一席、ということになるのだろうか。

 人の作った話は覚えられないので、自作の新作落語をやりたい。←やる気かよ
posted by 柳屋文芸堂 at 02:36| 音楽 | 更新情報をチェックする

2014年11月05日

「安西水丸 地球の細道」展

 「安西水丸 地球の細道」展、最終日(11/3)に駆け込んで来ました〜
 原画はさすがに印刷で見るより鮮やかで、行って良かったです。
 眼鏡や筆記具などの愛用品にもじ〜ん。

 スノードームのコレクションは水丸さんが作った訳じゃないのに、やっぱり水丸さんの世界。
 エッフェル塔の下で恋人たちが肩を寄せ合っていたり。
 水丸さんが選び、愛していたもの。

 会場で流れていたキュメンタリー映像も、勉強になったな〜
 アメリカ南部に行って三人のフォークアートの画家と会い、話を聞き、一緒に絵を描く。
 フォークアートというのは市井の人々が作る素朴な作品のこと。

 貧しい日々の中でも決して描くのを諦めなかった人たち。
 描くことで厳しい日々を乗り切った、と言った方が正確かもしれない。
 彼らの力強い線に怖気づき、挑み、共に楽しむ水丸さん。

「達者になってしまい、初心を忘れてしまうこと」
 を何より恐れ、それを避けるためにひたすら心を砕いていた。

 水丸さんに教えてもらった心意気を、私も大切にしようと思う。
 フォークアートの画家のように、日々の暮らしの中で文章を書き続けよう。
 上手いかどうかじゃなく、本当かどうかなんだ。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:40| 美術 | 更新情報をチェックする

2014年11月04日

感謝

 ヨコハマトリエンナーレのラストショー、無事終わったようですね。
(公式サイトのこの記事より)
 見たかったなぁ〜

 森村さん。アーティストのみなさん。関係者のみなさん。
 素晴らしい展示をありがとうございました!!
posted by 柳屋文芸堂 at 01:28| 美術 | 更新情報をチェックする

2014年11月03日

ヨコハマトリエンナーレ2014

 楽しかったヨコハマトリエンナーレももう終わり……
 私は行けないのですが、最後に森村さんのパフォーマンスがあるそうですよ。

11/3開催 消滅のためのラストショー「Moe Nai Ko To Baを燃やす」 

「世界でただ1冊の本として制作された『Moe Nai Ko To Ba』(もえないことば)は、誰もが手に触れることができる作品として、ヨコハマトリエンナーレ2014に出展されました。この本を、小説『華氏451度』にちなみ、炎上される試みを実施いたします。
これは表現の自由を奪う焚書行為に対する抗議であり、また失われていくものすべてに対するレクイエムでもあります。
11月3日夕景に放たれる、ヨコトリ2014のラストをかざる炎のパフォーマンス。皆さまの最後のご来場、心よりお待ちしています。――森村泰昌」

日時:11月3日(月・祝)
第一部「最後の朗読」17:00〜18:00 横浜美術館 第3話展示室
第二部「消滅の海へ」18:30〜19:00 グランモール公園、美術の広場(横浜美術館前)

※第一部には展覧会チケットが必要です。
※当日『Moe Nai Ko To Ba』の閲覧は17:00までとなります。
※展覧会最終日は18:00まで開場します(入場は17:30まで)


(森村さんの公式サイトより引用)

 焚書に対する抗議なのに、何故燃やすのか。
 言葉は燃やしても燃えないからです。
 人々がちゃんと忘れずにいれば、何度だって言葉は組み立てられる。
 逆に忘れてしまったら、どれだけ本を大切に取っておいても、その内容は消えたのと同じこと。

 大好きな森村さんがディレクターを務めていた上に、「忘却」というテーマに強く共感して、今までで一番思い出深いヨコハマトリエンナーレになりました。
 関係者の皆様に深く感謝します。

 何度もしつこく記事を書きましたが、書き足りないことがまだあるので、ちょっとメモを残す。

☆メルヴィン・モティ「No Show」

 1940年代。
 戦争が始まると、エルミタージュ美術館は美術品を疎開させ、空っぽの額縁だらけになった。
 美術館員のグプチェフスキーは、片付けを手伝ってくれた兵士たちを連れて、館内を巡る。
 「そこに無い絵」を情熱的に紹介しながら。

 実話を元にした映像作品。
 と言ってもスクリーンで何かが動く訳ではないので、「音声だけの作品」と言った方が印象に近い。
 戦争によって消えた(疎開しただけなので失われた訳じゃないけれど)美術作品を、言葉の力によって人々に「見せる」という試み。

☆ジョゼフ・コーネル

 箱の中に、ビー玉、小さいグラス、木のビーズ、などが詰まっている。
 大人の心に住んでいる子どもが、ついつい集めてしまうもの。
 とにかく可愛い。
 この人の展覧会があったら絶対に行きたい。

☆奈良原一高

 修道院と刑務所の写真。
 この人の作品ももっとまとめて見てみたい。
 あと私は何故か「奈良高」と覚えていた。
 そんな妙な略し方しちゃダメだ……

☆釜ヶ崎芸術大学

 講義の一つとして紹介されていた「感情」という教科に興味を持った。
 メンズサポートルームの方が講師で、
「男性が家庭内で暴力(ドメスティックバイオレンス(DV))を振るわないで暮らす方法を学びます。
 自分の気持ちの豊かさに気づくこと、自分や相手を大切に思う感情の回復を目的にしています」

 とのこと。
公式サイトより引用)

 感情を、暴力ではない方法で発露すること。
 「表現」の現実的な効能。必要性。

 今回のヨコハマトリエンナーレで最も魅力を感じたのは、釜ヶ崎芸術大学だ。
「釜ヶ崎のおっちゃん的なものを、決して忘れてはいけない」
 と何度も心の中でつぶやいている。
posted by 柳屋文芸堂 at 01:07| 美術 | 更新情報をチェックする

2014年11月01日

合理的な行動とは

 前に「経済学の変な前提」という記事を書いたことがある。
 「人間は合理的に行動する」という前提で経済学は構築されていて、それが国の経済対策の元になっている、という話。

 具体的な例があると分かりやすいんだが…… と思っていたら、今日見つけました。
 これ!!
 日銀が金融緩和によって何を起こそうとしているか、を説明するための図式です。
 この真ん中の部分を引用します。

 大量のお金を市場に流し込む
    ↓
 円の価値が下がり、インフレになると思わせる
    ↓
 値上がり前に物を買う人が増える


(朝日新聞デジタル、2014年11月1日の記事より)

 インフレになりそうだと思った時、買い物しますか?
「物の値段が上がっても、収入が増えなかったら生活が苦しくなっちゃう。
 今のうちから節約するようにしなくちゃ」
 と考える人だってけっこういると思う。

 そして最も多いのは、
「インフレだろうとデフレだろうと、必要な物は買う!
 必要ないものは買わない!」
 という人なんじゃなかろうか。

 でもね。
 
 インフレになる
    ↓
 値上がり前に物を買う


 というのが、経済学では「合理的な行動」とされているのですよ。
 別にこれは朝日新聞がいい加減な訳ではなく(最近、信用ないけど)単なる学問の説明なのだ。

「確かに消費税増税の時、値上がり前に物を買った」
 と思う人もいるかもしれない。
 しかし増税は始まる日がはっきり決まっている。
 事前に買いだめして、その後買い控える、という行動が取りやすい。

 たとえるならインフレは、毎日0.01%ずつ消費税が上がっていくような状態だ。
 もちろんそれに応じて0.01%ずつ収入が増えてゆくという保証はない。

 さて、今日のうちに何を買ったら良いのでしょう?
posted by 柳屋文芸堂 at 21:17| 社会 | 更新情報をチェックする

「ザハ・ハディド」展

 東京オペラシティ アートギャラリーで開催中の「ザハ・ハディド」展に行って来ました。
 工費や景観の問題でたびたびニュースでも取り上げられる、新国立競技場の設計者です。

 どんなにお金がかかっても、例えばタージ・マハル並みの観光資源になるならば、建てたって構わないと思う。
(タージ・マハルはインドの建築物で、世界遺産。
 Wikipediaによると、年間400万人の観光客が訪れるとのこと)

「その建物がどれだけ美しいか」
 がかなり重要なはずなのだ。
 それなのに、そういう話題はほとんど聞こえてこない。
 賛成・反対の態度を決める前に、ザハ・ハディドがどんなものを作る人なのか知っておきたかった。

 展示は、ちょっと不親切。
 説明文を細かく付けて欲しかったな〜
 原案と、実際の建築にどれくらい差が出たか、とか。
 新国立競技場の問題を考えるために重要でしょう。

 ドローイングや模型は数・種類ともに豊富で、彼女の美意識はしっかりと伝わってきました。
 曲線の使い方が絶妙。
 手塚治虫が描いた未来の世界みたい。

 全体が透明(たぶんガラス)のテーブルが、グロテスクで綺麗だったなぁ。
 板の厚みが不均等だから、光を通すと床に複雑な模様が映る。
 森の奥で出会ったら「ラスボス女王きのこ」って感じ。

 ザハ・ハディドの作品は確かに美しい。
 けれどもタージ・マハルになれるかは分からない。
 建てるのが大変そうだし、家具や内装、小さな建物くらいにしておくのが無難なのではないか。
 非常に垢抜けた印象があるので、服飾ブランドのビルなどには向いていると思う。

 借金まみれの国が税金投じて作るべきものかなぁ……
 ケチって中途半端にやるのが一番損する気がする。
 全力で美しくするか、地味で質素な案に変えるか。

 オリンピックまであと6年。
 心の中にあるものを現実世界に出現させようとすると、いかにダサくなるかをまざまざと見せられる予感。
 うーむ。
posted by 柳屋文芸堂 at 03:03| 美術 | 更新情報をチェックする