2015年03月12日

文章力と読解力

 同人活動(アマチュア文芸活動、の方が分かりやすいかな)をしていて気付いたことがある。
「プロを目指している」
 と言う人より、
「小説を書くのは趣味」
 という立場を徹底している人の方が、文章が上手いのだ。
(※もちろん当てはまらない人もいるが、見てきた例を総合すると)

 上手いのにプロを目指さない(諦めたというより、最初から別物と思っているような)人は、
「小説家になるのは大変なこと」
 という意識を持っている。
 下手なのにプロ志望の人は、小説を書くことをそれほど難しいと思っていない。
(※繰り返し 歌詞のようだな……)

 「やりたいこと」と「やっていること」がひっくり返っているようで不思議な気がするけど、実は単純な話。
 世の中には、
「小説家の文章のすごさを読み取れる人」
 と、
「読み取れない人」
 がいるのだ。

 読み取れる人は、その優れた点を自分の文章に活かすことが出来るし、
「プロの小説家に比べると自分の文章はダメだな」
 ということも「読み取れる」

 読み取れない人は、自分の文章のダメさも「読み取れない」
 だから自惚れてしまうし、気軽にプロを目指してしまう。

 私はこの記事で誰かを非難したいのでもないし、反省したいのでもない。
「上手い文章を書きたかったら、まずは読解力をつけなければいけない」
 という当たり前のことを言いたいだけだ。

 読解力をナメている人のことは非難したいのかもしれないな。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:53| 執筆 | 更新情報をチェックする

2015年03月11日

東京大空襲

 母は東京大空襲で家を焼け出されたのだけど、被害に遭ったのは3月10日ではない。
 住んでいた場所から考えて、たぶん4月13日だと思う。

(狭義の「東京大空襲」は1945年3月10日の空襲を指す。
 うちでは東京への空襲全体を「大空襲」と呼んでいた。
 日にちと場所を変えて100回以上あったらしい)

 伯母(大)は当時、母と別々に住んでいた。
 それなのに、空襲で逃げる話には必ず伯母(大)が登場する。

 どうも伯母(大)は、
「住み込みで働いていた場所で3月10日の空襲に遭い、実家に戻り、4月13日に再び焼け出された」
 みたいだ。
 伯母(大)は逃げるのも大変だったろうに、2回もよく生き延びたと思う。

 イギリスの作家ジョージ・オーウェルはスペイン内戦で首を撃たれたが、急所を外れて命を取り留めた。
 会う人会う人に「運が良かった」と言われたのに対し、
「そもそも運が良かったら銃で撃たれたりしない」

 伯母(大)も運が良かったんだか悪かったんだか……
 まあ助かって生き続けていて何より。

 空襲の話、細かい部分があまりはっきりしないんだよね。
 母の心に刻みつけられているのは爆弾と火への恐怖で、日付や家族がどうしていたかの記憶はぼやけている。
 小さい子どもだったのだからしょうがない。
 伯母(大)が認知症になる前に詳しく聞いておけば良かったな。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:22| 家族 | 更新情報をチェックする

2015年03月10日

自給自足一家

 うちの実家には2週間に1度お医者さんが来てくれる(在宅医療)
 看護師さんも一緒で、彼女が伯母(大)のカーディガンを褒めてくれた。

母「それ、○○(←伯母(大)の名前)が自分で編んだんですよ!」
看「ええっ どうやって?!」

 伯母(大)は目が見えないので、編み物が出来ると言うと必ず驚かれる。

私「指先の感覚で全部分かるんです。
  私が子どもの頃は、毎日伯母が作ったセーターを着て学校に行っていたんですよ。
  体を触って大きさを確認して、ぴったりのを編んでくれるんです」
看「すごい!」

 お医者さんは母が着ているチョッキを指さす。

医「これも○○(←伯母(大)の名前)さんが?」
母「いえ、これは私が編みました」
私「(マフラーを持ち上げて)これは私が編みました」
医「すごい! 自分で使う物は自分で作る! 自給自足!!」

 最近、手編みの物を身に付けていると妙に大騒ぎになることが増えた。
 編む人が減っているのかな? 
 昔はそんなに珍しいことでもなかったのに。

 そのうち、
「自分で料理を作れるの?! すごい!」
 と騒がれるようになったりしてな……

 ちなみに私は編み物を、母ではなく伯母(大)から教わりました。
 編むだけではなく教えることだって出来るのです。

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posted by 柳屋文芸堂 at 09:50| 家族 | 更新情報をチェックする

2015年03月08日

Dちゃんのりんごケーキ

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 バレンタインデーのお返し、とDちゃんがりんごケーキを焼いてくれました。
 りんごとクルミがいっぱい入っていて美味しい。
 天パンに生地を詰めて作るので、現在我が家の冷蔵庫には、30センチ×40センチくらいの巨大ケーキが格納されています。

 しばらくケーキには困らない。
 というよりいつ食べ終わるのかな……

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posted by 柳屋文芸堂 at 22:36| 料理・食べ物 | 更新情報をチェックする

2015年03月07日

春のお散歩

 近所でつくしんぼを見つけた。

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↑なかなか上手く撮れなくて、先端だけ……

 これならあちこちで春の兆しを撮れるかも、と普段は行かない線路の反対側を散歩してきた。
 まずはカフェで腹ごしらえ。

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 ココナッツミルク入りのグリーンカレー。
 美味しいな、ちょっと遠いけどまた来ようかな、と思ったのに、3月いっぱいで店を閉めてしまうとのこと。
 まあギリギリ最後に行けて良かった。

 この間、近所の和食レストランに行ったら、いつの間にかお菓子屋さんに変わっていたのです。
 お豆腐が美味しかったのに…… がっかり。
 個人で飲食店を経営していくのは大変なんでしょうね。

 さてさて、店を出てお散歩再開。

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 おっ この時期だから桜じゃなく梅かな?
 私は桜と梅が見分けられません。
 桜にも早く咲く品種があるから油断出来ない。

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↑土に人が埋まっているように見えませんか?

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 これはきっと梅だよね。
 花を撮影していると、女の子の顔を色んな角度から見つめているような気持ちになる。
 一番綺麗に見えるのはどこかな〜? と。
 何度やっても楽しい。

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 ぺんぺん草。
 小さい花なので、ピントが合って良かった。

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 この花、あちこちで見るけど名前を知らない。
 撮影すると花の名前を教えてくれるアプリがあれば良いのに…… と思って調べたら、やっぱりあるのね。評価が低いのが残念。
 小説の中に花を出すことも多いし(知識ないのに)図鑑の一冊くらいあっても良いよな。

 これから沈丁花、白木蓮、桜、と開花を見逃さないようにしないと。
 3月はキョロキョロの月。

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posted by 柳屋文芸堂 at 16:35| 季節 | 更新情報をチェックする

細江英公へのインタビュー

  写真家の細江英公へのインタビューを見つけた(これ
 長年一つの仕事に真剣に向き合ってきた人からにじみ出る格好良さ。

「カメラでもスマホでも何を使おうと自由です。でも、大切なのは、その機材の性格を理解して、完全に自分のものにしない限り、なにも始まらないのです」

「単に操作を覚えて慣れるだけでなく、もっと、例えばレンズの性格とか癖、味わいと言ってもいいけど、そういうところまで知り尽くすことです」


 この部分などは、プロ・アマ関係なく写真を撮る全ての人に役立つと思う。
 実際にやるのはなかなか難しいけど、
「自分のものにしよう、知り尽くそう」
 と心がけるだけでも違うんじゃないかな。

 話題の一つになっている「細江英公・人間ロダン展」は私も見に行きました(感想はこちら
 彫刻の写真なのに、生々しい肉体が写っていたのが忘れられない。
 展覧会を準備中とのことで、見に行くのが楽しみです。

 三島由紀夫を撮影した写真集「薔薇刑」は東京都写真美術館の図書室で読めるよ〜
 これも好き。

追記:記事を書いた後で調べたら、現在「薔薇刑」展開催中でした!(詳細はこちら
 
posted by 柳屋文芸堂 at 10:16| 美術 | 更新情報をチェックする

2015年03月06日

中村壱太郎と邦楽ジョッキー

 中村壱太郎(かずたろう)が3月で邦楽ジョッキー(NHK-FMの番組)を卒業してしまうと知った。
 私はもう卒業を卒業してしまったので、春の別れも出会いも無い訳ですが、ラジオのDJや放送内容の変化によって、毎年クラス替えのような寂しさとドキドキを感じています。

 中村壱太郎は声と話し方が好きだった。
 良家できちんとしつけられ、愛されて育ったんだなー というのが自然に伝わってくる、良い意味で「お坊ちゃん」な雰囲気。
 歌舞伎役者がラジオに出て話すことは滅多にないので、この番組が終わったら地声を聞く機会はほとんどなくなるだろう。
 寂しいけど、歌舞伎を演じる「役者の声」を聞きに行くよ!

 次のDJは誰になるのかな〜?
 必ず若いお兄ちゃん若手歌舞伎俳優が務めるので、誰であっても、よ、よだれが……
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:50| ラジオ | 更新情報をチェックする

2015年03月05日

遊びじゃない者たちの戦い

 スーパーで買い物中に、店員が大声(もしくはマイク)で宣伝を始めるとイライラする。
 ものすごく真剣に夕飯のことを考えているのにさー

 残っているおかずに合い(みそ汁があるから和食で、等)
 出来れば冷蔵庫の野菜が使え(じゃがいもがあるから肉じゃが、等)
 なるべく価格の安いもので(セリ298円って高過ぎだろ! 鍋に入れたかったけど我慢、等)
 バランスの取れた食事を用意しなければいけない。

 ぼんやり商品を眺めているように見えるかもしれないけど、試験問題を解いている最中と同じくらい頭を使っているのだ。

 昨日は店長が異常に熱を込めてマイクで怒鳴り続けていて、参ってしまった。
「本日はお刺身日和です! お刺身日和! 刺身、刺身、ぜひ刺身を!!」

 お刺身日和って何だよ!
 別にお祝いする日でもなんでもないしさー
 ひな祭り用に仕入れたのが余っちゃったのかな。

「遊びでやってんじゃねーんだぞ!(買い物を)」
 と叫んでやりたいところだったが、向こうはなおいっそう遊びじゃないんだよね……
 3月の売り上げが悪かったら店長を辞めさせられたりするのかしら。

 もし売り上げを伸ばしたいなら、まずは買い物している人の脳内を想像して欲しいよ。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:57| 料理以外の家事 | 更新情報をチェックする

ネットのない最後の青春

 インターネットは1995年(私は大学1年)頃に一気に普及したので、
「私たちはネットのない最後の高校生だったんだな」
 と気付いた。

 高校1年の時(1992年)携帯電話を持っていたのはクラスでたった1人だった。
 その子の親は経営者だったから、会社のを勝手に持ち出していただけかもしれない。
 クラスの女子たちに、
「金持ちなのを自慢して」
 と陰口を叩かれていた。スネ夫状態。

 大学4年の時(1998年)母校に教育実習に行ったら、授業中に携帯をいじっている生徒が大勢いて驚いた。
 まあ、この時代の携帯で出来たのはショートメッセージを送るくらいだから、授業中に回す手紙が電子版になった程度のものだったのかな。

 どうでも良いけど教壇から生徒が何してるか丸見えだからね。
 時間のムダになるからいちいち注意しないだけで……

 現在ではもう、教室にいながら全員がネット上に行けるのだろう。
 そういう高校生活がどんなものなのか、うまく想像出来ない。

 ただでさえ思春期の人間関係は面倒臭いのに、それがネットにも波及したらかなりキツいのではないか。
 特にトラブルになった時。
 トラブルなんて高校では日常茶飯事というか、トラブルこそが高校生活、って感じだったんだけど。
 子どもの頃からネットがあった世代は、うまいこと切り抜ける方法を身に付けているのかな?

 別の見方をすると、
「学校で孤立しても、ネット上に居場所がある」
 というのは悪くないかもしれない。
 私たちの頃は「世界=学校」で、そこで失敗したら取り返しがつかない感じだった。

 ネットがない青春。
 ネットがある青春。
 ほんの数年の差で、私たちは互いの青春の様相を想像出来ないのだ。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:12| ネット | 更新情報をチェックする

2015年03月03日

味見力

 「料理の腕前」を最終的に決めるのは「味見力」だと思う。
 作り終えたものを食べてみて、問題点を見つけ(味に締まりがない、素材の味が強く出過ぎている、等)修正する(コショウを振る、塩を足す、等)

 もちろん修正でどうにかなるものを作れることも大事だけど、手順を省いたり大きな失敗(焦がすとか)をしなければ、ここまでは割とどうにかなる。
 最後の仕上げは料理人の感覚と経験によって、酷くもなるし素晴らしくもなる。
 差が激しい。

 塩加減なんてメチャクチャ大事なのに、
「塩 適量」
 なんて書いてあったりするしな!

 問題点を見つけられるようになるためには、まず美味しいものを色々食べておかなければいけない。
「美味しい基準」
 が自分の中になければ、そこからのズレを感知出来ないから。

 あと何を食べる時にも、味を意識して記憶する。
 いくら美味しいものを食べても、ただワーッとかっこんでしまったら基準はなかなか定まらない。
 まあ、不味いものばかり食べるよりは良いと思うけど。

 修正は、ただただ経験あるのみ。
 調味料は入れ過ぎると修正不能になるので、最初は少量ずつ足していくと良いと思う。
 そのうちに、
「この大きさの鍋なら、しょうゆを大さじ1加えると、このくらい塩味が増す」
 というような感覚が身につく。

 私がよく失敗するのが、たまにしか使わない調味料。
 ナンプラーはしょうゆより塩分が濃いのに、つい同じように使っちゃって「ギャーッ」
 容れ物もドボドボいっちゃう注ぎ口なんだよね……

 「小説書きの腕前」も「味見力」で決まるのかな、と思ったりする。
 面白い小説を沢山読んで「面白い小説の基準」を心の中に定め、自分の小説を読み「ズレ」を見つけ、基準に近づけるよう修正する力。
 もし料理と小説書きが似ているなら、読書(食べる)と執筆(作る)を繰り返すのがかなり役立つことになりますね。
 どうなんだろう。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:01| 料理・食べ物 | 更新情報をチェックする