2017年05月30日

こうの史代「この世界の片隅に」原画展感想

 タワーレコード渋谷店で開催中の「この世界の片隅に」原画展に行ってきました〜
 最終日の前日でしたがそれほど混んではいませんでした。
 コミティア実行委員会が贈ったお花が入り口に。

 こうの史代が「この世界の片隅に」を描く時に実際に使用した画材の展示に大興奮。
 Gペン、丸ペン、筆のような漫画家さんなら誰でも使うようなものから、
 鳥の羽根、口紅、紅筆、リップライナーまで。

 私はこの漫画を何度も読み返したのだけど、気付いてないことがけっこうあった。
 第41回りんどうの秘密(20年10月)のリンさんの場面が、口紅とリップライナーで描かれていたとは!
 本では黒インクで印刷されているから黒い線。
 原画では真っ赤で、特にりんどうの妖艶さがリンさんの姿そのもので。

 漫画の中ですずさんが鳥の羽根で描いた絵は、本当に鳥の羽根を使って描いたそう。
 作中で使われた画材のタッチをなるべく忠実に再現しようとしたのだと分かった。
 真っ正直にこの作品ならではのリアルさを追求することが、同時に漫画表現の実験にもなっている。
 単なる思いつきではなく、伝えたいことを伝えるための実験。

 呉沖海空戦の時にすずが追いかける鷺は、現実なのか、すずが頭の中で作り上げた非現実なのか分からないので、鉛筆で描かれている。
 今いる呉の風景がペンで、帰りたい故郷の風景が鉛筆で描かれ、同じページに収まっている。

 この場面、漫画と映画では全く意味が違っていた。
 漫画ではリンさんの存在が大きいから、すずさんが愛と嫉妬で苦しむ修羅場。
 映画では鷺=昔好きだった男(水原さん)の方に行こうとするすずさんを、周作さんが取り戻そうとする、という気持ちの方が強く出ていた。
 私はどちらも大好きだ。

 第35回(20年7月)以降、背景が全て左手で描かれているというのも、そうだろうなとは思っていたけど、公式の場で書かれるとまた深く感じるものがある。

 会場ではコトリンゴの映画の音楽がずっとかかっていて、全部見終わったところで極めつけの「たんぽぽ」
 ひーっ 泣いちゃうだろ!!
 壁に貼られた大きな寄せ書きにはやたら上手いKUSUNOKI公が。

 展示は5月30日(火)つまり今日の18:00まで(最終入場17:30)
 間に合う方はぜひ。
 また別の会場でも開催してもらえたら良いね。

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス) -
この世界の片隅に 上 (アクションコミックス) -
posted by 柳屋文芸堂 at 11:42| 美術 | 更新情報をチェックする

2017年05月28日

映画「写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと」感想



 簡単に言ってしまえば、
「おじいちゃんが荷物でいっぱいの部屋でゴソゴソしてる」
 だけの話なんですけど、もう最初から最後まで泣きっぱなしだった。
 だってそこにあるのはまさしく「人生」だから。

 積み上がった箱の中には、プリントやフィルムが詰まっている。
 片付けるつもりなのか、映画監督に見せるつもりなのか、ソールじいちゃんは箱を引っ張り出して中身を確認する。

 街角のささやかな風景。
 道ゆく人々のやわらかな影。
 愛し合う家族。

 曖昧で美しい記憶はあちこちに散らばりまとまることはなく、どう考えても死ぬまでにこの部屋が綺麗に整頓されることはなさそうだ。

 まるで可視化された魂のような部屋。

 おじいちゃんの部屋にあった写真は現在、渋谷Bunkamuraザ・ミュージアムで展示されている。

「写真は、しばしば重要な出来事を取り上げるものだと思われているが、実際には、終わることのない世界の中にある小さな断片と思い出を創り出すものだ」
(ソール・ライター展の公式サイトより引用)

 評価なんて気にせずに、自分が「良いな」と思ったものを心に溜めてゆこう。
 自然とそんな気持ちになれる映画だった。

パンケーキ.jpg
↑コラボメニューのバナナウォルナッツパンケーキ
posted by 柳屋文芸堂 at 00:52| 映画・映像 | 更新情報をチェックする

2017年05月25日

ガラスの向こう側(「怒り」二次創作)

「落ち込んでいるかと思ったのに、今までで一番幸せそう」
 アイスティーの氷をカラカラとかき混ぜながら、薫は茶化すように言った。

「優馬は堂々としてるんだ。一緒にいると、自分まで強くなった気になれる」
「病気の話はしたの?」
 直人は首を振った。
「話したら、何もかもが終わってしまう気がする」

 いたわりで、抱く手を緩められるのが嫌だった。
 最後の最後までこの心臓を高鳴らせて欲しい。

「優馬さんなら受け入れてくれるんじゃないの?」
「優馬じゃなくて俺の問題だから」
「でも、具合が悪くなった時に」
 直人は再び首を振る。

 異変を感じたら、優馬の家を出るつもりだった。
 死よりは別離の方が優馬を苦しめない。
 直人はそう信じる他なかった。

* * * * * * * * *

 吉田修一「怒り」から二カ所引用する。

「ずっと隠れて生きていくしかないと思ってたけど、今、一緒に暮らしてる優馬さんはそうじゃないって。堂々としてるんだって。一緒にいると自分まで強くなった気になれるって」

「直人は一度も病気の話をしてくれなかった。話せば、何もかもが終わってしまう気がすると言っていたそうだ」

 どちらも伝聞の形で直人の言葉が語られているのだが、矛盾というか、何か引っかかるものを感じませんか?
 優馬がそんなに堂々とした人間であるならば、何故、病気の話をしたくらいで「終わってしまう気がする」のだろう?

 実際のところ優馬は堂々とした人間などではなく、その臆病さから被害妄想に駆られてどつぼにはまっていくのがこの物語の見せ場だったりするのだけれど、果たして直人は優馬の実態をどれくらい理解していたのか。
 簡単に思い付く可能性は二つ。

1、優馬が臆病だということは知っていたが、薫には優馬の欠点を言いたくなかった
2、優馬は堂々とした人間だと本気で信じていた

 2はない気がするよね……
 1であるとしたら、そんな臆病な優馬と「一緒にいると自分まで強くなった気になれる」のは何故か?

 直人は自分の気持ちを正確に理解していなかった、という風にも考えられる。
 優馬が「堂々としているから」と認識しているが、
 本当は「臆病な優馬を支えているから」自分まで強くなれていた。

 吉田修一が〆切に追われて適当に書いた、というのが一番の正解のようにも思うが、現実の会話はまさに〆切直前の小説家のタイピングのような「とっさの一言」の積み重ねだ。
 整合性が取れている方がおかしい。

 朝井リョウは吉田修一のことを、

「論理的には矛盾しているように感じても、感覚的には正しい」物語を書く作家

 と評している(映画「怒り」パンフレットより引用)

 直人という人物が持っている不明瞭さが、私には現実の人間のようにリアルに感じられる。
 その曖昧さを表情の淡い明暗で表現した綾野剛は、一瞬で恋してしまうほど美しかった。

 優馬と直人の関係も単純じゃなくて好きだけれど、直人と薫のこともよく想像する。
 この記事の最初に書いた300字小説は、私なりの仮説。
 説としてはちょっと弱いかなと思いつつ、空白の埋め方は自由なので。

 薫は原作では名前もないのに、映画版では「直人のことを好きだった時期があった」という裏設定まであって、何しろ高畑充希だから目がくりくりしてて可愛いし、ドコモのCMでは先輩後輩だし。

 映画で薫が飲んでいるのは、アイスロイヤルミルクティーではないかと。
 直人はオレンジジュースですね。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 15:05| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2017年05月24日

不滅の3人組

 私は実家でいつも通りの時間を過ごしている。
 ふわふわと太っている伯母(大)にくっついて昼寝をしたり、
 細々と立ち働く伯母(小)が作ってくれたごはんを居間のちゃぶ台で食べたり。

「あれ? 伯母(小)は亡くなったんじゃなかったっけ?」
 気付いた途端、伯母(小)の姿は消えてしまった。

 のどが痛くなるような大声で何度も伯母(小)の名前を呼ぶ。
 母は不思議そうに、
「もういないわよ」

 目が覚めてしばらくしてから、伯母(小)は6年前、伯母(大)は半年前に亡くなったのだと思い出した。
 私が気付きさえしなければ、母・伯母(小)・伯母(大)の3人は、夢の中で当たり前のようにセットで生きている。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:58| 夢(寝ながら見る方) | 更新情報をチェックする

2017年05月18日

「大英自然史博物館展」感想

 上野の国立科学博物館で開催中の大英自然史博物館展に行ってきました〜
 平日だったので、どうにかストレスなく見られる程度の混雑具合でした。

 音声ガイドが、おお、綾野剛の正妻の山田孝之ではないか!
 嬉々として借りる。良い声♪

 自然史というより「博物学」という言葉を強く思い出させる展示だった。
 細かくジャンル分けされる前の科学だから、現在なら地質学・生物学・化学などの研究対象になるようなものが、ごった煮状態になっている。
 呪われた宝石、なんてのもあって、珍しいものならとりあえず全部集めて保存する、という考えだったのかもしれない。

 集団で交尾したまま窒息死した三葉虫の化石は、何だかシュール。
 ハチドリの剥製は、可哀想だけど青く光る首が美しかった。

 絶滅した動物(モア、魚竜、始祖鳥、オオナマケモノ、ドードー等)の復元CG映像がどれも可愛い!
 みんな標本から立ち上がって生きていた頃の体を取り戻し、人のいない博物館の中で遊ぶの。

 特に始祖鳥は今回一番の呼び物だけあってなかなか凝っていた。
 化石から黒い羽根が舞い上がり、骨の周りを覆い、完成した姿で重たげに飛び立つ。
 くちばし(に似た形の口)に並んだ鋭い歯で、昆虫をつかまえて食べる。

 始祖鳥は飛べたのか、飛べなかったのか?
 始祖鳥は鳥類なのか、恐竜なのか?
 まだ答えは出ていない。

(展示パネルの文章より引用)

 大陸移動の証拠となったグロッソプテリスという植物の話が興味深かった。
 世界のあちこち(南アメリカ・アフリカ・オーストラリア等)にあるのは神がこの植物を作った証拠であり、進化論はおかしい。
 →同じ植物があったということは地続きだったのだ。
 →南極にもグロッソプテリスの化石があったので大陸移動説が有力に。

 今聞けば「ふーん」という話だけれど、
「海で遠く隔てられている土地が昔はつながっていた」
 という考え方、思い付くのも受け入れるのもけっこう大変だったのではなかろうか。

 ウォルター・ロスチャイルドの、お父さんがプレゼントしてくれた博物館や、シマウマで仕立てた馬車に度肝を抜かれ(ロスチャイルド家には常軌を逸したエピソードが多くて見聞きするたび驚く)

 輝安鉱の大きさと美しさに興奮!
 無数のシャープなラインと輝き。
 まるで墨汁が結晶化したような深い色合い。
 
 プラチナコガネはまさにプラチナ風の外見で、透明に見えるほど。
 CDと同じ原理で光っているそう。

 女性の学者が多く紹介されていたのも良かった。
 魚竜の発見者メアリー・アニングの肖像画を見て、化石ガールかと思ったらそんな生易しいものではなく、もっとハードボイルドで「化石ハンター」だった。
 化石を見つけて売る仕事。趣味ではなく「食っていくため」だったのだろう。
 
 ピルトダウン人という「贋原人」の話も面白かった!
 ヒトと類人猿をつなぐ存在と信じられていたが、後に現代人とオランウータンの骨の組み合わせだと判明。
 発見当時の人々の、
「人間は大昔から頭脳が発達していたはずだ」
 という先入観によく合致していたからこそだまされてしまったらしい。

 どの展示も熱心に見て、山田孝之の解説もメモを取りながら真剣に聞いていたら、あっという間に閉館時刻。
 3時間半くらいいたのかな……
 夢中になり過ぎて時を忘れてしまった。

 音声ガイド、展示をぼんやり見ているだけでは気付かないことを教えてくれたりしたので、借りて良かった。
 クイズは3問中1問しか当たらなかった……(しくしく)

 ゲーテも博物学的な関心が強かった。
 抽象化を嫌い、自然の持つ形態をそのまま観察することで物を考えたという(なんて書くとゲーテに詳しいみたいだが、池内紀の「ゲーテさんこんばんは」というエッセイ集を読んだことがあるだけ)

 今回の展示を見て、その感覚が少し理解出来た気がした。
 近代以降の科学が切り捨ててきた、いかがわしく豊かな精神に思いを馳せた。

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↑国立科学博物館と言えば大きな大きなシロナガスクジラさん。いつか常設展もしっかり見たいねぇ。

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↑上野の美術館・博物館が集まっているあたりは緑が多くて散歩が気持ち良い♪

追記:大英自然史博物館展公式サイトで見られる記念講演会「ピルトダウン人の真実」の動画(このページにある)がメチャクチャ面白かった!!
 
posted by 柳屋文芸堂 at 12:22| 勉強 | 更新情報をチェックする

2017年05月17日

映画クレヨンしんちゃん「嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」感想

 子供の頃に憧れていた世界を体験させてくれる「20世紀博」に夢中になる大人たち。
 街には人目もはばからず子供のような遊びをする大人たちがあふれる。
 ついには仕事や育児など大人がやらなければいけないことを放棄して、大人たちは消えてしまい……

 映画クレヨンしんちゃん「ヘンダーランドの大冒険」の感想(これ)で、子供向けの作品は安全でなければいけない、というようなことを書いたが、この作品、安全か……?

 見ている間、私はすごく怖かった。
 敵であるケンとチャコが作った、人のあふれる昔風の商店街を見て、
「この世界の方が良いかも」
 と思ってしまったのだ。

 暴力ではなく、郷愁によって服従させられることがあるなんて、知らなかった。
 いや、意識していなかっただけで、「懐かしさ」に負けてしまったことが、これまでにも沢山、あったのかもしれない。

 子供というのは存外自立心が強く、大人をあてにしていないものだから、子供だけ残される場面は不安より楽しさが勝り、ワクワク見られる気もする。
 子供にとっては安全で、大人にとっては容赦ない物語だ。

 私は何故か、三島由紀夫が死ぬ前にした演説を思い出していた。
 自殺する人は、未来へ行くことをやめてしまうんだ…… と考えていたら、あのラスト!
 お前こそズルいぞ、しんのすけ!
 ボロ泣きしちゃったじゃないか〜

 子供の頃に想像していたほど輝かしくない未来(=現在)で、クサい臭いのするおじさん・おばさんとして生きていくこと。
 逃れがたい失望感と、それでも「自分で手に入れた」と誇れるちっぽけな幸福。

 年を取ると懐かしく感じるものが増えていって、懐かしさに絡め取られて前に進めなくなる可能性がどんどん高くなってゆくのだ……気を付けなければ。

 東京の現状を考慮していないオリンピックの計画も、現在から目をそらし、美しい過去の再来を夢見ているようで、オトナ帝国の逆襲は何度でも繰り返されるのかもしれない。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:31| 映画・映像 | 更新情報をチェックする

2017年05月13日

こんなとこにいるはずもないのに

 映画「怒り」の登場人物である優馬が、テレビドラマ「フランケンシュタインの恋」の舞台の一つである稲庭工務店に、リフォームを頼みに行く、という二次創作です。

konnatokoni.pdf
↑PDF版

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 ネットで時々見かける「稲庭工務店」の広告が気になっていた。未来を変えるリフォーム、という文字の横に職人たちの写真があり、その真ん中で笑っている男が、直人に似ている気がしたのだ。
 稲庭工務店のホームページを見に行くと、サイズの大きい同じ写真があった。直人とそっくりにも見えるし、全くの別人にも見える。殺人犯の手配写真を見て直人を疑ったことを思い出し、苦笑する。結局は、自分があらゆるものから「直人を読み取ってしまう」というだけの話だ。

 ちょうど母親と直人の写真を置くために、作り付けの飾り棚が欲しいと思っていたところだった。直人の写真は持っていなかったが、直人と兄妹のように育った薫さんに頼むと、数年前に撮ったという写真を送ってくれた。逆光の中で無防備に微笑む直人の顔は見たことのない表情で、胸がじりりと焼けるのを感じる。自分が知っている直人は、直人のほんの一部分に過ぎない。それなのに……だからこそ、俺は永遠に直人を探し続ける。

 ご自宅に伺いますという申し出を丁重に断って、稲庭工務店に向かった。棚にする木材を自分の目で確かめてから工事をお願いしたいと言うと「そこまで腹くくってんだったら」と返された。あれが社長なのだろうか、妙に物言いの大袈裟な人だった。
 出入り口の前で二人の男が角材を運んでいた。一人は作業着だが、もう一人は木こりのような茶色い服を着ている。木こりの方が先に気付き、立ち止まってこちらを見た。あの男だ。やはり直人に似ていると感じ、息を呑む。

「急に止まるなよ! 何見てんだ!」
 作業着の男は視線が合うと、急に不自然な笑みを浮かべてペコペコと頭を下げた。
「お客さんだろ! ちゃんとあいさつしろ!」
 木こり男はどれだけ怒鳴られても、ただまっすぐこちらを見つめていた。そして俺という人間を確かめ終えたかのように、角材を運ぶ仕事に戻っていった。

 工場の奥の座敷に通され、座布団に座らされた。服にしわが寄るんじゃないかと気にする自分はひどく場違いだ。
 マンションを購入した時に渡された書類を広げていると、先ほどの木こり男がすぐそばに立っていた。
「あなたは、僕を、知っているんですか?」
 声まで似ている気がしてどきりとする。しかし男は少し知能が低いのか、のろのろと愚鈍な話し方をした。

「広告で君の写真を見たよ」
「こーこく……?」
 許可を取らずにネットに写真を上げたのかと訝しんでいると、ヤンキー風の作業着の女が、
「こいつ、ちょっと頭がおかしいんだよ。見れば分かるだろ? 適当に話を合わせてやれよ!」
 と食ってかかってきた。いや、男の態度よりキミのタメ口の方が驚きなんだけど。

 唖然としていると、別の女がお茶とお菓子をちゃぶ台に置きながら、
「動物園みたいでしょう?」
 としなを作って言ってきた。無意味な色っぽさだった。

 男は会話に混ざりもせず、ただ立ち尽くしてこちらを見ている。直人に一番似ているのは目元だ。背の高さも同じくらいかもしれない。しかし何より違っているのは体格だ。直人は今にも消え入りそうな薄い体をしていた。目の前の男はがっしりとして、胸や肩の筋肉の膨らみが服の上からでもはっきり分かる。ブルーカラーらしい力強い肉体。外見だけなら直人よりこの男の方がタイプかもしれない。

「君は丈夫そうだね」
「僕は死んだので、もう死なないのです」
 死んだ? 死なない? ヤンキー女の「適当に話を合わせてやれ」という言葉を思い出す。
「死なないのは良いね。君によく似た知り合いがいたんだけど、そいつは体が弱くて……」
「あなたと、僕は、知り合いですか?」

 男は純真な目で見つめてくる。直人とこんな風に向かい合って話したことがあっただろうか。記憶を辿ると、直人の背中や横顔ばかりが鮮やかに浮かんで消えてゆく。
「こうやっておしゃべりしたんだし、これから社長に工事を頼むつもりだし、知り合いなんじゃないかな」
 男に合わせてゆっくり話してやると、まるで白い花が開くような、邪心や翳りの全くない笑顔が輝いた。

「君の名前は?」
「深志、研です!」
 一番聞いてもらいたかったことを聞いてもらえた幼稚園児の大声に、こちらも微笑まずにはいられない。
「俺は藤田優馬。藤田、優馬」
「ふじたゆーまは、僕の、知り合いです!」

 この男は直人ではない。急に涙がこぼれそうになって唇を噛む。世界の果てまで歩いていっても直人にはもう会えないのだと、直人にありがとうと伝える機会を永遠に失ったのだと、知っている。それでも俺は、探し続ける。いつでも、どこでだって、直人を見つけ出す。

「こら! 仕事に戻れ!」
 木材のサンプルを抱えた社長に怒られて、深志研と名乗った男は鹿か山羊みたいに飛び跳ねて逃げていった。
「すみませんね、ちょっと変わった奴で。性根は良いし仕事も出来るんですけどね」
 深志研に居場所があることが嬉しかった。おかしなことを言っても、やっても、社長やヤンキー女が守ってくれるのだろう。敬語の使用も徹底して欲しかったが、あまりわがままは言えない。

 工事の打ち合わせを終えて稲庭工務店を出ると、深志研が体を半分隠してこちらを見ていた。
「深志研さん」
 さようなら、と言おうとして、やめた。
「今日はありがとう」

 手を振っても、深志研は動かなかった。
 優馬が視界から消えてしまうまで、直人にそっくりな物言いたげな目で、優馬の背中を見つめ続けた。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 10:38| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2017年05月12日

映画クレヨンしんちゃん「ヘンダーランドの大冒険」感想

 遠足で行った群馬のヘンダーランドで、魔女の一味との戦いに巻き込まれる、という冒険ファンタジー。
 想像していた以上に真っ当な子供向け映画で、
「クレヨンしんちゃんってこんな感じなのか〜」
 と感心した。

 子供向け、というのは幼稚・安易という意味ではない。
 子供向けの作品が最も大切にしなければいけないのは、
「安全であること」
 だと思う。

 物語の中では恐ろしいことが起こる。
 しかしその恐怖は、
「観客(子供たち)を傷付けるようなものであってはならない」

 時に物語は、本当に心を傷付けてしまうことがある。
 子供向けの物語は、暴走して脱線する電車ではなく、整備されて安全の保証されたジェットコースターでないと。
 精神的に弱って児童書ばかり読んでいた時期があったので、安全であることがどれほど大事かよく分かる。

 戦って欲しいとお願いされたしんちゃんは葛藤する。
 魔女の魔法にだまされるし、苦しみもある。
 しかし可愛い妖精のようなからくり人形トッペマはしんちゃんを何度も助けてくれるし、父のひろしと母のみさえ、それにアクション仮面たちが味方になって一緒に戦ってくれる。
 危険はあるが、危険よりずっと大きな安心が用意されている。

 オカマ魔女の様式美が素晴らしくて。
 こういうオカマの描き方って、今ではもう許されないんだろうなぁ……
 オカマの文化を守るにはどうすれば良いんだ……!

 しんちゃんが正義のために一直線に頑張ったりせず、すぐ横道にそれるところが、話に緩急をつけていて良い。
 クレヨンしんちゃんを見慣れている人には当たり前なんでしょうけど、私はあまり知らないので新鮮だった。
 ぶりぶりざえもんは寝返ってばかりいるし。

 時々出てくる埼玉・群馬ネタが可笑しかった。
 蓮田サービスエリアとか。
 東武線にも馴染みがあるから嬉しくて。
 桐生線に乗り換えて、って本当にヘンダーランドに行けちゃいそう。

 弱っていた頃の私でも、この映画なら見られたかもしれない、と思った。
 もちろん家事をしながら見た元気な私も、気持ち良く楽しめた。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:49| 映画・映像 | 更新情報をチェックする

2017年05月09日

並木陽さんからいただいたものを自慢させてくれ

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 文学フリマ東京に参加したみなさん、並木陽さんの新刊は買えましたか?

 ……おや?

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↑この画像だと小さくて見えにくいかも。真ん中に「柳田のり子様に」と書かれています

 ふっふっふ。
 この本を読めるのは私だけなのです。
「RT(ふぁぼ)した人であみだして当選した人一名に一冊だけ作るコピー本プレゼント」
 に当たったの〜!!

 おそらく同人誌即売会では未公開の小説二篇ももちろん嬉しいのだけど、何とこの本、私のために書かれたあとがきが入っているのだよ!!
 親密で、胸がぎゅっとなるような文章が……!
 何だろうこれ、プロポーズ?!(違います)

 さらに並木さんは「斜陽の国のルスダン」を読んでいる人にはたまらないものもくださったのです。

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 チュルチヘラー!!

 ルスダンがはしゃいだ声をあげた。指さす先には、赤やオレンジや紫のチュルチヘラが大量にぶら下がっている。チュルチヘラというのは棒状の飴菓子だ。数珠繋ぎに糸で繋いだクルミを、葡萄果汁と小麦粉のペーストに漬けて作る。
(並木陽「斜陽の国のルスダン」から引用)

 はるか遠いグルジアから持ってきてくださったと思うと、もう感激で!!
 見るのも食べるのも生まれて初めて。
 近くから撮るとこんな感じ。

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 これは包装紙。
 一番上がグルジアの文字かな? 全然読めないけど。
 グルジアのお店もYahooやFacebookを使っているんですね。

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 これが切ったところ。真ん中の白い部分がクルミ。
 外側の黒い部分だけを食べると、グミみたいな食感。
 葡萄の味がしっかり感じられる。

 クルミとグミ部分を一緒に食べると、ああなるほど、これが完成形だ、という味がする。
 甘酸っぱいゆべしと言えば良いか(と書くために調べてみたら「ゆべし」は日本各地で味も形も異なるらしい。私がイメージしたのは関東〜東北で「くるみゆべし」と呼ばれている和菓子)

 クセはなく、日本人にも馴染みやすい素朴な味。
 貴重なものをありがとうございました!!
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:38| 同人活動 | 更新情報をチェックする

2017年05月05日

文学フリマ東京 参加のお知らせ 頒布物紹介

 2017年5月7日(日)に東京流通センター第二展示場(東京モノレール「流通センター駅」徒歩1分)で開催される文学フリマ東京に参加します。
 開催時間は11:00〜17:00 入場無料。
 私のブース番号は「C-02」で入り口のすぐそばです(ここ

 頒布物を簡単にご紹介。

☆贋オカマと他人の恋愛
 この本は何しろ「尼崎文学だらけ」でいただいた推薦文がすごい。
 こちらこちら
 A5 102ページ 無料。残部少なめなのでお早めに。

☆人形小説アンソロジー「ヒトガタリ」
 この本も感想を沢山いただきました(こちら
 開催日当日に発行される「文学フリマガイドブック 2017年」でも紹介してもらえるそうで(こちら)楽しみにしています。
 A5 116ページ 400円です。

☆映画感想集「血なまぐさい人間たちの中にたった一人エンジェルがいた」
 「綾野剛本」にしたかったのに、作ってみたら「おじいさんとおばあさんへの愛を叫ぶ」になっていたという不思議な本。
 Webカタログでの紹介文はこちら
 A5 24ページ 200円です。

☆本の感想集「書くことより 読むことのほうが」
 今回の新刊〜!!
 本についての短い文章がいっぱい入っているので、気になったところだけパラパラ読んでもらえたら。
 目次や本文サンプルはこちら
 A5 96ページ 400円です。

☆こんなとこにいるはずもないのに
 突発本と言うんですかね? 本というよりチラシに近いですが。
 映画「怒り」の登場人物である優馬が、テレビドラマ「フランケンシュタインの恋」の舞台の一つである稲庭工務店にリフォームを頼みに行く、という二次創作。
 綾野剛ファンの方とTwitterでお話しているうちに妄想が膨らんで、うっかり書いてしまいました。
 タイトルは山崎まさよしの「One more time,One more chance」から。
 Webカタログでの紹介文はこちら
 A5 4ページ 無料。綾野剛好きな人がもらいに来てくれると嬉しいな!!

 今回、小説家の長野まゆみさんも出展されるようですよ(こちら
 ファンの方はお見逃しのないように。

 ではでは、当日お会い出来るのを楽しみにしています!
posted by 柳屋文芸堂 at 23:28| 同人活動 | 更新情報をチェックする