2018年03月25日

熊本旅行記 あとがき

熊本旅行記(5日目 大阪・京都に寄り道)の続き)

 熊本地震から二年。行く前に考えていたより、沢山の傷跡が残っていました。不通が続く阿蘇の鉄道。立ち入り禁止の夏目漱石の家や熊本城。

 それでも飲食店の美味しいものを食べさせる力は完全に回復していて、熊本のみなさんの努力に胸が熱くなりました。きっと地震の直後には休業していたと思うのです。農家や料理人の生活が元通りになってようやく、食卓に美味しい食事が並ぶ。それは決して、当たり前のことなんかじゃない。

 熊本には鶴屋百貨店を始め、熊本日日新聞やおべんとうのヒライなど、熊本県内を強固に守っている企業が数多く存在します。そのあり方そのものが熊本城的です。欲張らずに、手の届く範囲のものをしっかり大切にする。熊本の人たちの地に足の着いた商売を見ていると、その真っ当さに心がほっとします。

 修復しなければいけないものはまだまだある。でも熊本は大丈夫。熊本城と阿蘇五岳という「中心」を見つめながら、熊本市民も阿蘇の人たちも、ばらけることなく生きてゆくのだと思います。中心があり過ぎる東京の近郊に住む私には、そういう落ち着いた暮らしが羨ましい。

 このささやかな旅行記が、見知らぬ誰かの熊本旅行の参考になれば嬉しいです。阿蘇の「ひめ路」と「olmo coppia」、熊本市の「橙書店」にはぜひ行ってみて欲しいな。

 ここまでのお付き合い、ありがとうございました。熊本で育った男の子が出てくる小説、頑張って完成させますね。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 14:57| 旅行・お出かけ | 更新情報をチェックする

2018年03月24日

熊本旅行記(5日目 大阪・京都に寄り道)

熊本旅行記(5日目 熊本市)の続き)

 新幹線の席が右側だったので、左側の見える出入口にずっと立っていた。私は九州新幹線開業のCMが大好きで、あの風景を実際に見てみたかったのだ。



 しかし熊本駅から博多駅の間に田園や運動場が何個もあって、
「ここはあのシーンの!……かも?」
 と意外に特定出来なかった。考えてみると、私がCMで胸打たれたのは景色ではない。そこで暮らす「人々」だ。みな、私と同じように生きている。喜びや悲しみを感じる愛おしい毎日が、無数に存在している。

 あれから七年経つ。CMの時ほどは人のいない農道を見つめながら、彼らの今を想像した。九州を離れた人もいるだろう。何も変わらず、トマトや米を作り続けている人もいるだろう。

 九州新幹線は博多が終点かと思っていたが、新大阪まで乗り換えなしで行ける。今回の旅で知った。博多を過ぎたので席に戻り、陣太鼓を食べた。



 思ったより甘過ぎないのは良かった。しかし、つぶあんなのがな〜(こしあんの方が好き)熊本土産の定番らしく、行く先々で売っていた。

 山口県を通るのは生まれて初めてだ。小さな山が連なっている。少しウトウトし、気付いたら広島! 大きなビルが立ち並び、都会じゃーん、と思った。
 私は地方に住む人たちの、土地への屈折した思いが理解出来ない。地方都市の外観は、東京と大して変わらないように見えるから。
 彼らが故郷を憎んだり愛したりする理由は、もっと精神的な何か、なのかもしれない。例えば濃密な人間関係や、親や周囲の古い価値観のようなもの。街をちらっと見ただけでは、そのあたたかさや面倒臭さを、自分の事としてとらえるのは難しい。

 新大阪では駅の中にある「神座(かむくら)」という店でラーメンを食べた。



 熊本でラーメンを食べずに何故大阪で、とは思ったけれど、関東では少なくなった醤油ベースの汁が嬉しい。白菜の味が優しい。
 関東はいつの間にか豚骨ラーメンとつけ麺だらけになってしまった。こういう醤油ラーメンも食べたいんだけどな〜

 在来線で京都に移動し、伊勢丹で朽木旭屋の鯖ずしを購入。一昨年の京都旅行で食べて、そのまろやかな味を忘れられなかったのだ(その時の記事はこちら
「私たち、熊本から東京に帰るところなんです。これを買うために京都で途中下車したんですよ!」
 とお店の人に言ったら、二切入りパックをおまけでくれた。わーお!

 阿闍梨餅も買いたかったが行列が長くて断念。いったいどんなお菓子なのだろう。いつか食べてみたいなぁ。

 東京行きの新幹線に乗る。外が雪景色になった。窓は濡れ、空は暗い。熊本市内が暖かかったから、もう真冬は過ぎたかと思ったのに。
 熊本は日が落ちるのも遅かった。関東より三十分ほど後だろうか。一日が長く感じた。新幹線で季節を遡るようだ。

「私、熊本に行って元気になった気がする」
「それは良かった」
「日常と旅行と、何が違うんだろう」
「普段の生活では、風景が足りないのかもしれないね」

 遠くなってゆく熊本も、Dちゃんと眠る自宅のベッドも、同じくらい恋しかった。

(熊本旅行記 終わり)

あとがきもあるよ)
posted by 柳屋文芸堂 at 19:11| 旅行・お出かけ | 更新情報をチェックする

2018年03月23日

熊本旅行記(5日目 熊本市)

熊本旅行記(4日目 江津湖など)の続き)

2018年2月17日
 早朝、Dちゃんがバタバタする音で目が覚めた。
「バスルームの水道が、お湯の栓をひねっても、水の栓をひねっても、熱湯しか出なくなっちゃって」
「えっ」
「フロントに電話する。うるさくするけどごめんね」

 すぐにホテルの人が来てくれた。つなぎを着た技師のおじさんも一緒で、水回りをあちこち調べてみたものの、
「訳が分かりませんな」
 とお手上げ。お湯が出なくなるならともかく、お湯しか出なくなるなんて。

 幸い隣が空室で、そちらを使えることになり、Dちゃんはシャワーを浴びに行った。手を洗うくらい平気だろうと、元の部屋のトイレに入ってみたら、みるみる熱湯になってしまい大変だった。トイレを流す水も熱湯だった気がする(レバーが熱かった)

 朝食後、荷物も全て移動させ、本格的に隣の部屋に引っ越した。元の部屋より豪華! 広々として明るく、休憩用のソファーもある。窓も大きい。
「名古屋城がよく見えるよ」
 とDちゃんが言うから可笑しかった。こんなところで名古屋城を見てどうする。

 青空の下、修復中の熊本城の天守閣が、独り占めするように綺麗に見えた。

 寂しいことに、豪華な部屋とはすぐにお別れ。午前のうちに熊本を離れるのだ。ホテルをチェックアウトし、市電(路面電車)の停留所へ。熊本市に滞在中、ずいぶん市電を利用した。段差がなくて乗りやすく、本数も多くて便利だ。



 路面電車が人々を運び、賑やかで、しかし東京より少しおっとりしている。車両と熊本城を見つめながら、
「ああ、ここが、あの子の育った街なんだ」
 と実感した。まだ書き終わっていない小説に出てくる、私しか知らない架空の男の子。熊本のことはガイドブックやネットで調べて、ただひたすら想像していた。そんな乏しい情報だけを頼りに書いたのに、私は大きく間違いはしなかった。読んだ人がどう感じるかは分からないけれど。
 まずは書き終わらせないとね!


↑奥に鶴屋が見えますね。真ん中のおじさんはゴミ拾いをしていて、街を大切にしているんだな〜と。

 九州新幹線に乗るために熊本駅へ。移動中に食べようと「陣太鼓」というお菓子を買ったら、
「鶴屋に行ったんですか?」
 とお店の人が目をキラキラさせて尋ねてきた。Dちゃんが鶴屋の紙袋を持っていたのだ。熊本の人たちは何故これほど「鶴屋」に反応するのか。原理は分からないが、熊本の人と仲良くなりたいと思ったら、真っ先に鶴屋の紙袋を手に入れるべきかもしれない。

「さようなら」
 親しげに話しかけてくれた、熊本の人たち。熊本弁はほとんど聞けなかったけれど、熊本特有の、人と人の距離の近さを感じられた気がする。
「ありがとう」
 熊本にいる間、あらゆる場所でこの言葉を見た。地震の時の支援に感謝するものだ。
 生活を立て直し、美味しいものをいっぱい食べさせてくれて、こちらこそありがとう。

<旅の備忘録>
☆ホテルに頼んで荷物(スーツケース)を宅配便で送ってもらったら、帰り道が非常にラクだった! 旅行疲れも減るので、使えるものはケチらず使おう。
☆熊本市の中心は熊本駅ではなく熊本城です。交通網も繁華街も熊本城から伸びているので、熊本城前のホテルに泊まって正解でした。

熊本旅行記(5日目 大阪・京都に寄り道)に続く)
posted by 柳屋文芸堂 at 00:01| 旅行・お出かけ | 更新情報をチェックする

2018年03月20日

鶴谷香央理「メタモルフォーゼの縁側」感想

 ここのところ母親が体調を崩していて、それを心配するあまり自分も心身の調子を崩す、という困った状態になっています。
 心配したって母親の体が治るわけでもないのにほんとムダ、と思うのだけど、愛する家族が苦しがっていると、それをそのまま引っかぶってしまう脆弱な私なのでした。
 元気に助けに行かなきゃいけないのに、もう……

 そんな辛い時間、「メタモルフォーゼの縁側」という漫画にずいぶん救われました。
 75歳のおばあちゃんと高校生の女の子がBLを通じて仲良くなる、というお話。
 遠慮したり悶々としたりしながらも、着実に近付いてゆく二人がすごーく可愛い。

 おばあちゃんにも高校生にも「生きてゆくしんどさ」があって、それがじわーっと伝わってくる。
 泣きわめくような激しい描き方ではなく、ささやかな、誰にでもあるような一瞬。
 そういうキツさを、二人はBLの優しい世界に支えられながら乗り切ってゆく。

 二人がBLに救われているように、私も二人に救われて、何だか作中世界と自分の暮らしがつながっているようで、物語は日々を生き抜くためにあるのだと、改めて強く感じた。

 75歳のおばあちゃんに萌えながら、81歳のおばあちゃん(=母)の介護、頑張りますね。
 スマホの壁紙もこれにしましたよ。見るたび心がちょっと軽くなる。

 ネットで無料で読めますのでぜひどうぞ〜(こちら
 本にもなるみたいで、発売が楽しみ〜♪

メタモルフォーゼの縁側(1) -
メタモルフォーゼの縁側(1) -
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:38| 読書 | 更新情報をチェックする

2018年03月10日

熊本旅行記(4日目 江津湖など)

熊本旅行記(4日目 水前寺成趣園など)の続き)

 食後は江津湖の方に向かった。細長い湖で、小川の横を歩いていくと、だんだんそれが太くなり、大きくなる。



 成趣園と同様に水が綺麗だ。サギやカモなど、様々な種類の水鳥が見られる。靴べらのようなくちばしを持つ白い鳥が珍しかった(後で調べてみたところ、絶滅危惧種のクロツラヘラサギかもしれない!)





 風景を眺め、野鳥を観察しながら散歩するのは心安らぐ。



 木のように背の高い草がずらっと並んで枯れており、文明の滅んだ惑星に降り立った気分になった。あれはおそらく芭蕉だったのだろう。春には新しい芽が出て、夏にはホタルが見られるという。

 平日のせいか人は少なく、デートをするなら成趣園よりこちらの方が良さそうだ。誰も見ていないタイミングをねらってチューしたりするのも楽しそう。
 Dちゃんにねだってみようかとも思ったが、どうせ二人でホテルに泊まっているのだし、わざわざ外でしなくても、と考えてしまうところが夫婦だ。部屋の中で落ち着いてしよう。

 市電に乗り、
「また鶴屋に寄ってお土産を買おうか」
 とDちゃんに言ったら、
「どちらからいらしたんですか」
 と年配の女性に声をかけられた。

「埼玉です」
「そうですか。鶴屋の話をしていたから」
 と笑う。どうして鶴屋の話をしていたら声をかけるのか分からないが(もう他人ではないということなのか?)地元の人の意見を知るまたとないチャンスと思い、こちらからも質問してみた。

「街を歩いていても熊本弁を聞かないんですけど、みなさんあまり使わないんですか?」
「いや、子供叱る時なんかには使いますよ。『すーすっす!』とかね。でもテレビの影響で、だんだん使わなくなってきましたね」
「私、ヨシおっちゃんが好きで、ああいう熊本弁が聞きたかったんです」
「カツラかぶってる人ね」
「そうです」
「私もヨシおっちゃん好き」
 もっと話したかったが、鶴屋前の停留場に着いてしまい、大慌てでお礼を言って別れた。

「ヨシおっちゃんの話をし始めて、賭けに出たなとハラハラしたよ」
 とDちゃんが苦笑する。
「知ってて良かったねぇ」
 ヨシおっちゃんは熊本のケーブルテレビで活躍しているタレントさんだ。YouTubeで検索すれば、彼の熊本弁講座を見ることが出来る。熊本でどれくらい知られた存在なのか分からないが、話が通じて助かった。

 鶴屋でお菓子のお土産を買い、熊本城に向かった。地震後は城内のほとんどが立ち入り禁止になっているので、外側の石垣沿いの道を歩いた。この石垣は「長塀」と呼ばれ、国の重要文化財であるらしい。夕闇の中でしんと静かな石垣を眺めながら、ここで積み重ねられてきた月日を思った。

 城の隣にある「城彩苑」という観光施設で、母へのお土産を買った。透明なアクリルの中に、小さなくまモンが入っているキーホルダーだ。
「お母さんはきっとこういうのが好きだと思う」
 とDちゃんが選んでくれた。母は可愛らしいミニチュアに目がないのだ。

 夕飯は「勝烈亭」という店でとんかつ。



 Dちゃんが、
「この後、熊本ラーメンも食べようか」
 と高カロリーなことを言い出すので、ひれかつを一切れ分け与えた。二人とも無事まんぷくになり、そのままホテルへ戻った。

熊本旅行記(5日目 熊本市)に続く)
posted by 柳屋文芸堂 at 17:14| 旅行・お出かけ | 更新情報をチェックする

2018年03月07日

熊本旅行記(4日目 水前寺成趣園など)

熊本旅行記(3日目 鶴屋百貨店など)の続き)

2018年2月16日
 朝食後、市電に乗って水前寺成趣園へ。丁寧に手入れされている、気持ちの良い日本庭園だ。着物姿で写真を撮っている中国人カップルなどもいて、微笑ましい。



 大きな池の周りをぐるりと一周する形なので、駒込の六義園を思い出した。東京の庭園との違いは、何と言ってもその透き通る水! 小さな魚が群れを成して泳いでおり、そのしらすのような姿(と言っても10センチくらいだと思う)が、底の方までくっきり見える。

 ぱらりと小雨が降ってきて、水面に波紋が広がった。



 まるで映画「言の葉の庭」みたいだ。脳内で主題歌の「Rain」がずっと流れていた。



 能楽殿を激写する私を、Dちゃんが遠くから激写していた。Dちゃんが撮る私の写真は、私への優しい視線が写っているようで好きだ。

 小さなカモがエサを獲る様子が可愛かった。普通のカモの四分の一くらいの大きさで、ぴょこんと水中に潜ると、急に動きが速くなる。





 正門前の参道では、大量の晩白柚(ばんぺいゆ)が売られていてびっくりした。晩白柚というのは巨大な柑橘類で、メロンとスイカの間くらいの大きさがある。初めて見た時には、そんなミカンがあることが信じられず、白昼夢だったのかな? としばらく思っていた。ここではその晩白柚が、六個入りで箱に入っていたりする。さすが名産地、と感心した。

 お昼は「CAFÉ LA PAIX」でカレー。チャツネ味の強い甘口だった。熊本にはずいぶん沢山おしゃれなカフェがあって驚く。東京ほど地価が高くないから、個人が起業しやすいのだろうか。何にせよ羨ましい。

熊本旅行記(4日目 江津湖など)に続く)
posted by 柳屋文芸堂 at 00:52| 旅行・お出かけ | 更新情報をチェックする

2018年03月03日

熊本旅行記(3日目 鶴屋百貨店など)

熊本旅行記(3日目 橙書店など)の続き)

 歩きで熊本城の方向に戻り、リズムという喫茶店でエスプレッソプディングを食べた。音楽がテーマのお店らしく、プディングにも音符の形のクッキーが載っていて、可愛かった。

 熊本には「鶴屋」というデパートがある。我々はここで、パジャマやらハンカチやら「別に今ここで買わなくても良いのでは?」なものを購入した。足りなくなった訳ではない。普段Dちゃんが忙しくて出来ない買い物をしただけだ。
 鶴屋の紙袋にはゆるキャラ「つるッピー」の漫画が印刷されている。





 熊本城の形をしている「ひごまる」や、熊本城マラソンのマスコット「きよくま」など、熊本にはくまモン以外にもゆるキャラが大勢いて、みな熱心に働いている。

 夕飯は焼き鳥屋「ひょご鳥」へ。
 隣に座った女性二人は最初、標準語で話していたのだが、飲んで酔っていくにつれ、だんだん熊本弁になっていった! 耳を澄ますと「たいが」旦那への不満が溜まっていると言う。ひたすら愚痴だった。
 熊本弁というのは「本音」のための言葉なのかもしれない。だから「私」を出すべきではない公の場では、使われないのか。昼間、街を歩いているだけでは滅多に聞かない。



 Dちゃんはここの焼き鳥がいたく気に入ったようで、嬉しそうに食べているのを横で見ているのが幸せだった。そのDちゃんの表情を永久保存しようとカメラを向けたが、何回撮影しても「眠そうなDちゃん」しか写らない。なんで……?
 野菜も美味しく、特に分厚く切ったレンコンを焼いたものが良い味だった。

熊本旅行記(4日目 水前寺成趣園など)に続く)
posted by 柳屋文芸堂 at 22:59| 旅行・お出かけ | 更新情報をチェックする

熊本旅行記(3日目 橙書店など)

熊本旅行記(2日目 熊本市)の続き)

2018年2月15日
 このホテルの食事は豪勢で、朝から茶わん蒸し付き! 納豆のたれの色が、だし汁のように淡い。福岡で食べたものと同じだ。九州の納豆はみなこうなのだろうか。

 午前中は部屋でのんびりし、私はこの旅行記のためのメモを書いた。旅行中は旅行そのものを楽しむのに忙しく、やったこと・あったことを記録するのは煩わしい。それでも旅に出るのは貴重な体験なので、毎回薄いメモ帳を用意し、小まめに開いて何かしら書いておくようにしている。詳しくない、雑なものでも、出来事を思い出す手がかりになる。

 昼は「大地のうどん」という店へ。どんぶりに載りきらない立派なごぼうの天ぷらが特長だ。



 ごぼうはささがきではなく太いものを薄切りにしており、噛むと甘みを感じる。

 会計を済ませて外に出ると、同じ店でうどんを食べていたおじさんに声をかけられた。埼玉から来たことを話したら、おすすめのラーメン屋を教えてくれた。旅行者にはうどんではなく熊本ラーメンを食べてもらいたいのかな……?

 その後、市電(路面電車)に乗り、村上春樹が朗読会をしたことで知られる「橙書店」に向かった。村上春樹が国内で読者と直接会うイベントを行うのは極めて珍しい。彼に選ばれた特別な本屋さんをぜひ見てみたかった。

↓さて、どこにあるでしょう?






 橙書店、という小さな表示のあるビルの階段を上がる。まさに隠れ家。一度気付かずに通り過ぎてしまい、道を戻ってどうにか見つけた。そんな場所にあるにもかかわらず、私たちが扉を開くと、先客がいた。後から別のお客も入ってきた。平日の昼間の本屋にしては賑わっている。

 ここの本の並び方は五十音順や出版社別ではない。ゆるいジャンル分けはあるが厳密ではなく「言葉の力を信じている、センスの良いお姉さんの部屋に忍び込んだ」ような気分になる。

 ここならではのものを買いたいと思いつつ、
「あれ、この本、アマゾンでは品切れだったのでは?」
 なんて理由で、前から知っている本を選びそうになる。私の読書に偶然の出会いは少なく、読もうと予定しているものを消化していくだけになりやすい。自分が敷いたレールから外れることが出来なくて、困ったものだ。

 詩集が多く並ぶ棚で見つけた「尾形亀之助」という人の本が気になった。江國香織の小説「ホリー・ガーデン」に出てくる詩が、この人のものではなかったか。
「ねえ、これ、果歩さんがつぶやく詩の作者じゃない?」
 果歩というのはホリー・ガーデンの主人公だ。Dちゃんも江國香織は好きで読んでいるが、今は自分の本選びに夢中で関心を示してくれない。私のスマホは文章書きに集中出来るよう、ブラウザが開けない設定になっている。検索して調べることも出来ない。

 さんざん悩んだが、作風がその日の気持ちとズレていたこともあり、尾形亀之助の本は買わなかった。

 本棚のあちこちにカフカの「城」があったのが面白かった。やはり熊本では「変身」や「審判」より「城」が親しまれやすいのか。

「僕は決まったよ」
 とDちゃんが言う。作者もタイトルも全く知らない外国文学だ。ちゃんと偶然の出会いを楽しんでいる!

 私は寺田寅彦の随筆にした。前から読みたいと思っていた作家なので「予定通り」ではあるのだけれど、これまでぴたっとくる本を見つけられなかった。橙書店にあった選集は「今まさに読みたい」感じが強くした。
 肉を食べたい日や豆腐を食べたい日があるように、今日は寺田寅彦を食べたい気分なのだろう。

 橙書店の後は、夏目漱石が住んでいた家に行くことにした。途中で寄ったコンビニに、60年代風の長髪のおじさんがいて、ムッシュかまやつが天国から戻ってきたのかと思った。

 夏目漱石は四年ちょっとの熊本滞在の間に、五回も引っ越しをした。私たちが訪れた内坪井旧居は、最後から二番目に住んだ家だ。



 以前は記念館として内部が公開されていたが、地震後は立ち入り禁止になっている。柵の外側から眺めていると、あっ! 漱石先生もこちらを見ている!





 からくり人形が窓辺に置かれ、見学者を出迎えてくれているのだ。柵には解説パネルが設置してあり、パンフレットも自由にもらえる。これを読んで、寺田寅彦が五高(現在の熊本大学)で夏目漱石と出会ったのを知った。おお、私は意図せず熊本ゆかりの本を買っていたのか。

 Dちゃんがスマホを見ながら言う。
「さっきの尾形亀之助、やっぱりホリー・ガーデンの人だったよ」
「えーっ!」
 せっかくの機会だったのだから、寺田寅彦と両方買えば良かった。後悔。

「橙書店、ちゃんと読める本が並んでる良い本屋さんだったね。普通の本屋でよくある『これもハズレ、これもハズレ』ってことがなくて」
 興味深い本ばかり集められた中から、今一番読みたいものを決めるのは、本当に楽しかった。ああいうセレクトショップ的な本屋さんが増えると良いんだけどなぁ。

熊本旅行記(3日目 鶴屋百貨店など)に続く)
posted by 柳屋文芸堂 at 21:11| 旅行・お出かけ | 更新情報をチェックする