2010年01月22日

スティーヴン・W・ホーキング「ホーキング、宇宙を語る」

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 大学の物理学科を出れば、宇宙の始まりを完璧に知ることが出来ると信じていた。
 卒業までに数百万円払うのである。
 それくらい当然だろう。

 大学4年の時に、宇宙物理学の授業を取った。
 先生は黒板に数式をずらずらと
 ずらずらと
 ずらずらと
 ずらずらと……

 どうやら宇宙について教えてくれていた、よう、です、よ?
 授業料分の約束は果たした訳だ。
 全っ然、理解出来ませんでしたが。

 学校側は、生徒の頭が悪かった場合のことは考えていなかったらしい。
 当然、当然ですとも。
  
 宇宙物理学は必修科目ではなかったので、私は物理学科を無事卒業した。
 卒業研究は宇宙と関係ない「生物の進化と微分方程式」
 その後、理系の仕事には就かず、現在は専業主婦として、ご飯を炊いたりパンを焼いたりしている。

 そうだ、宇宙のことを思い出したのは、パンを焼いたからかもしれない。
 膨張宇宙論といえば、レーズンの入った蒸しパンだもの。
 レーズンが銀河、パンが宇宙です。

 「宇宙の始まり」は私にとって、十年以上前から放置している宿題みたいなものだ。
 別にやらなくたって誰も叱らない。
 私はもう大人だから。

 でも怒る人間が、自分の心の中にいる。
 高校生の私。
 世界について知りたくて仕方なかった私。

 ホーキングさんは私の期待に、ある程度応えてくれた。
 宇宙の始まりについての研究を、数式ではなく言葉で説明している。

 しかしやはり、物理の理論は数式を使わないと曖昧になってしまう。
 だからと言って数式ばかりの教科書や授業はちんぷんかんぷん。
 本来なら、両方一緒にやるべきなのだろう。

 数学から遠く離れてしまった私に出来るのは、一般向けに書かれた本を丁寧に読むことくらい。
 宇宙の始まりを「完璧に」知るのは、もう無理そうだ。
 それでも宇宙の果てに思いを馳せることだけは、主婦にだって許されている。

 量子力学や相対性理論の基礎をある程度理解していれば、大変分かりやすい本です。
 明晰な文章。豊富なたとえ話。ユーモア。

 SFに言及する部分がけっこうあって、
「出版元の早川に気を遣ったのか?」
 とか変なことを思いましたが(翻訳だから早川関係ないよ)ホーキングさんはもともとSF好きなようです。

 がちがちの科学馬鹿ではなく、ちゃんとシャレの分かる人ですよ。
 ステキ。

 Amazonの書評を読むと、難しく感じた人も多いみたいです。
 数式は一個(E=mc2)しか出て来ないんだけどね。
 物理学の概念は普通に利用するので。

 理系科目は苦手、という人には、佐藤勝彦「眠れなくなる宇宙のはなし」の方をおすすめします。

 私は宇宙物理学の内容以上に、ホーキングの文章自体にキュンキュンでした。
 たとえば21歳で筋萎縮性側索硬化症と診断された時の、こんな記述。

「あと一、二年しか生きられないと私は告げられた。そんな状況では博士論文のために研究してもしかたがないと思った----それまで生きていられるとは期待していなかったからだ。しかし、二年間がすぎても、私の病状はそんなに悪化していなかった。それどころか事態はむしろいい方に向かっており、私はすばらしい女性、ジェーン・ワイルドと婚約したのである。だが結婚するには職がいる。職を得るために、私は博士号を必要とした」

 このクールさ!!
 病を知った若きホーキングは、悲しみで心がグチャグチャになったはずだ。
 その激情をあえて書かないことで、苦しみや希望が浮かび上がる。

 ファインマンの、奥さんを亡くした時の随筆も好きだったなぁ。
 「冷静」は美しく痛々しい。
 理系文章バンザイ!!

 そのホーキングさん、現在、68歳でご健在です。
 Wikipediaによると、今年、宇宙へ渡航予定だそうですよ?!
 語るだけでなく行っちゃうの?? マジかい!

 とにかくお元気そうで何より。

 「宇宙の始まりを完璧に知る」ために、他の宇宙の本も少しずつ読んでいきたいです。
 どれだけ頑張っても、真理に近付くことは出来ないだろう。
 (科学が悪いんじゃない。私の頭が悪いんじゃ)
 それでも目指す。

 物理は−科学は−人間は−私は−そういう無謀な存在なのだ。
posted by 柳屋文芸堂 at 11:11| 読書 | 更新情報をチェックする