2010年08月02日

小さな村の、小さな伝説

 それは、一本の電話から始まった。

「のり子?」
「お母さん?! どうしたの?! 誰か具合でも悪くなった?!」
「いやそんなことないんだけど…… うちの町会、この土日がお祭りなのよ」
「へー そうなんだ」
「これから来ない?」
「はあっ?!」

 時計を見ると午後2時。
 無理ではないが、なぜ急病人が出た訳でもないのに飛んで行かねばならぬのか。

「ちょっと行って、太鼓を叩いて……」
「はあっ?!」

 実家の方の町会のお祭りは、毎年子供たちが太鼓を叩く習わしになっている。
 結婚前までは私が教えに行っていて、

「指導してくれた柳田さんでーす!」

 みたいな感じに紹介されて打たせてもらうことはあったが、基本、子どもの舞台なのだ。
 村(じゃないけど気分としては村)を出て6年も経つ、33歳のおばさんがしゃしゃり出たら、どう考えても恥ずかしい。

「太鼓は子どもが打つんだからダメだよ〜」
「そんなこと言ったって、お母さん寂しいっ 寂しいっ」

 途中で気付いたが、母は酔っ払っている。
 しばらく禁酒していたのに、祭りだからと飲んじゃったのだろう。

「え〜 とりあえず今日は無理〜 明日もやってるんでしょ?」
「うん」
「じゃあ考えとくー」

 酔っぱらいの戯れ言としてそのまま放置しようかと思ったけれど、電話を切った後、何となく母が可哀想になって来た。
 母にとっては「娘が太鼓を打つ祭り」こそが祭りで、他の子どもが太鼓を打っているのを見ると、
「足りない! うちの娘が足りない!」
 という気分になるのだろう。
 でも残念ながら、私はもう子供でもなければ、太鼓の先生でもないのだ。

 そんな辛い祭りなら行かなきゃいいのに、行くんだよねぇ。
 村だから。

「ねえDちゃん、一緒に来ない?」
「のりが太鼓を打つのなら」
「打たせてもらえないよー 母親はその気でいるけどさ…… 一人で行って、しょぼしょぼ帰ってくるの寂しいし……」

 母親はまだ私を「村の一員」だと思っているのだ。
 でも私はもうよそ者だし、他の人たちだってそう考えるに決まっている。
(↑何だかすごく村っぽい考え方だ。東京の隣の川口市ですよ)
 Dちゃんは私の不安を汲み取ってくれて、忙しい中、来てくれることになった。

 そして今日(8/1)の夕方、Dちゃんと実家へ。
 ちょうどサザエさんをやっていた。
「懐かしい!(←うちはテレビが無いので)アナゴ君って27歳なんだよね〜」
「すっかり年上になっちゃった……」
 いや、そんな話はどうでも良い。

 そのままじゃ歩けないと、母は押し車を押して行くという。
 祭りの会場である公園のそばまで来ると、押し車のポケットから祝儀袋を取り出した。
「これを受付に渡しなさい……」
 太鼓を打たせてもらうために寄付ですか?!
 母の執念に苦笑してしまった。

 思惑が外れ、寄付は極めて事務的に処理された(そりゃそうだ)
 お祭りの会場にぼんやり立っていても、太鼓を打ってくれとは誰も言わない(これも当然)

 母だけでなく、私も寂しくなっちゃうかな〜? と思っていたけれど、実際は全くそんなことなかった。
 子供たちの太鼓の打ち方が、私のやり方にそっくりなのだ。
 リズムが。腕や足の動かし方が。
 今住んでいる場所のお祭りに行った時は、本当に「よそ者」気分で、すぐ帰ってきた。
 でもここではそんな風に思わない。
 これは、私の音だ。

 その音に合わせて、私は踊った。
 時折、子供たちのリズムが狂って、
「こらこら、そこはこう打てば良いのよー!」
 と叫びたい気分にかられつつ、存分に踊りを楽しんだ。

 途中、子ども会の面倒を見ているおじさんに会ったので、あいさつした。
「子どもが少なくなっているかと思ったら、けっこういるんですね」
「みんな、柳田さんに教わった打ち方を伝えていってるんですよ」
 もしかして私、家元?!
 まあでも、これでリズムが心地良い理由が分かった。
 何だか民俗学っぽい伝承のされ方で、嬉しい。

 母の希望は叶わなかった。
 でも私は十分満足。
 不服そうな母を促し、帰ることにした。
 公園の出口あたりで、もう何十年も町会の役員をしている、同級生のお父さんに会った。

「お久しぶりです〜」
「あれっ? 今日は太鼓打たないの?」
「打ちたいけど、子どもが打ってるのに出ていったら悪いし」
「よし。俺が話つけてやろう」

 うわー まずい。
 顔役を利用してしまったー!

「で、でも、突然来てそんな、申し訳ないし……」
「俺がいいって言ってんだからいいんだ! それがふるさとだ!!」

 このセリフには感動してしまった。
 そうか。ここはふるさとなのか。

 子どもの出番を奪うのは絶対イヤだったのだが(私が子どもだったら、そんな大人、一生許さない)ちょうど良く祭りの最後に「子ども会OBの太鼓」をやるという。
「TやUも来てるよ〜!」
「本当に?!」
 二人とも、私が教えていた頃に練習に来ていた子たち。
 会ってみたら、大人になっていてびっくりした。

 公園にアナウンスが響く。
「昔、太鼓を教えに来てくれていた、柳田さんです! 高校生の頃に、和太鼓を持ってオーストラリアに行った、伝説の人です!」
 で、伝説ですか。
 うーむ、それにしても。
 そんな派手な紹介に見合うだけの演奏が出来るのか。
 何しろ7年ぶり……

 打ち始めて、まず、右手人差し指の皮がむけた。
 これは予想していたこと(痛いけど)
 そして、曲の半分くらいで息が苦しくなってきた。
 若い頃には考えられなかった疲労っぷり!
 ああでも、命をかけて頑張ります!
 私は全力で打ち、くるくる舞った。

R0022378.JPG

 曲が終わり、子供たちが歓声をあげる。
 俺はやった! やったよ母さん……!!
「アンコール! アンコール!」
 何ですってー?!
 こっちはすでに全身筋肉痛。
 死にそうなんですけどー!!

 気力だけでもう一曲、打ちましたとも〜
 台から降りる時には、真っ直ぐ歩けないほど弱っておりました。
 とほほほ……

 帰ろうとする私のところに、昔から知っているおじさん、おばさんが沢山集まってくる。
 ありがとう、ありがとう。
 と言われ、
 ありがとうございます、ありがとうございます。
 と返し、みんなと握手する。
 ここに住んでいなくても、私はよそ者なんかじゃないんだね。

 あ〜 体張って親孝行したぜ!
 Dちゃんに荷物を持ってもらい、蛇行しながら実家に戻る。
 酔ってるんじゃないんだ。筋肉が変になってるんだ〜
 
 帰った後聞いた、母のセリフにひっくり返る。
「全然見えなかった」
「ええっ そうだったの?!」
「だって、自分の娘が打っているからって、わざわざ近くまで見に行くなんて、みっともないじゃない」
 その感覚、私を呼び寄せる前に感じてー!!

 何だか酔っぱらいに振り回されただけのような気もしますが、久々の和太鼓は本当に楽しかったです。
 そして自分の育った場所に、人と人のつながりや、音楽の伝承があるのを知って、
「この間の映画のツバルみたいだわ」
 なんて思いました。
 
 いやはやしかし。
 明日、起きられるのかな〜
 全身が痛ぇ〜
posted by 柳屋文芸堂 at 01:55| 同人以外のイベント | 更新情報をチェックする