2010年10月09日

ダニイル・ハルムス「ハルムスの世界」

「私が小説に求めているものは何か」
 というと、まあ色々あるのだけど、
「破壊して欲しい」
 というのが、たぶん一番大きい欲求だと思う。

 自分を縛り付け、不自由にしているもの。
 常識とか、秩序とか、固定観念とか。
 そういうものを、言葉の力で木っ端微塵にして欲しい。
 その先にある新しい地平を見せて欲しい。

 「ハルムスの世界」は、伊藤聡さんのブログ「空中キャンプ」のこの記事で知りました。
 その後すぐに本屋で見つけ、手に取ったら……
 棚に戻せなかった。
 どう考えても好み。ものすごーく好み。
 だってこんなだよ?

 アントン・ミハイロヴィチはつばをペッと吐いて、「ええと」と言い、またペッと吐いて、また「ええと」と言い、またペッと吐いて、また「ええと」と言い、どこかへ行ってしまった。こんな奴のことなんかどうでもいい。イリヤ・パヴロヴィチの話をする方がよさそうだ。

 私は最初、残雪と吉岡実を思い出した。
 でも、残雪には中国の山奥のおばあさんが語る昔語りのような重たさがあるし、吉岡実は巨大な仏教建築のような厳かさがある。
 ハルムスの方が、ずっと親しみやすいのだ。
 地理的にも時代的にも一番遠いはずなのに、これは何なんだろう?

(残雪は中国の作家で、1953年生まれ。
 吉岡実は日本の詩人で、1919年生まれ。
 ハルムスはロシアの作家で、1905年生まれ)

 ハルムスが描くのは、確かに無茶苦茶な世界だ。
 しかし私の脳内では、素朴で可愛らしいアニメーションとして上映される。
 児童文学作家として活動した経験が、取っ付きやすさを生み出しているのかもしれない。

 実際のところ、ハルムスは子ども好きという訳ではなかったようです。
「子どもたちはハルムスの後をついて歩いて、ののしったり石を投げたりした」
 という毎日だったから。
 聖☆おにいさんのブッダかよ!

 奇抜なファッションのせいでそんな羽目になったらしい。
 この時代、前衛芸術は国(ソ連)から激しい弾圧を受けていた。
 ハルムスも何度か逮捕され、最終的に刑務所内の病院で亡くなっている。
 目立つ行動は極力控えるべきだったのに、ハルムスは決してやめなかった。

 身の安全よりも、
「生きたいように生きること」
 を大切にしたのだ。

 ハルムスの死後、彼の原稿は妻や友人の「危険を承知」の努力によって国外に持ち出された。
 日本の伝統芸能の「狂言」を見た時、
「こんなバカバカしいものを数百年も守り続けているなんて、すごいなー」
 と、その「年月の積み重ね」に感動したのですが、ハルムスの場合「命がけ」ですよ。

 何故そんなことをしたのか?
 たぶん、ハルムスの作品が「笑えた」からだ。
 政治批判の意味も感じ取れて、今読む以上に笑えたはず。
 けれども政治批判が一番の目的ではないだろう。

 私たちを取り巻く現実は、時にひどく不愉快だ。
 当時のソ連のように、政治が直接的に被害をもたらすこともあれば、信用していた隣人に裏切られることもある。
 「笑い」は、そんな不条理な現実を切り裂く最も強力な武器なのだ。

 ペレストロイカ以降、ハルムスはソ連でも安全に読めるようになった。
「一般読者の多くは、彼の短篇を丸暗記した」
「現在では作品に出てくるいくつかの言い回しがほとんど慣用句のようになり」

 使いたくなるの、分かるなぁ。
 私も、
「それはもう、ものすごかった!」
 ってDちゃんに向かって言っちゃったもの。
 
 私はいつも「ギャグ漫画」はあるのに「ギャグ小説」は何故無いのだろう? と思っていた。
 「ユーモア小説」というのはあるけど、笑いがちょっと上品過ぎる。
 吉田戦車とか、岡田あーみんのような、破天荒で攻撃的な笑いのある小説。
 ハルムスの作品は、私の望んでいた世界で唯一の「ギャグ小説」なのかもしれない。

 ハルムスさん。
 私も笑える文章を追求し、ひらひら服を着続けます!
 どんなに小さくても、世界に突破口を開けられるように。
posted by 柳屋文芸堂 at 11:12| 読書 | 更新情報をチェックする