2011年11月05日

苦悩を物語に変換する

「『苦悩を物語に変換することで解決する』というのはどういうことか」
 という質問を文学フリマで受けた。
(「書評集 とにかく本が好きなんだ」の中に入れたこの文章より)

 自分にとっては自明なことなのでサラッと書いちゃったけど、確かにこれ、説明不足だよね。 
 世の中の全ての人が物語を書く訳じゃないのだし(人口の何パーセントくらいなのだろうか?)
「苦悩を物語に変換した経験のある人」
 なんて、どう考えても少数派だ。

 でも「物語」というものをもっと広くとらえれば、みんな無意識にやっていることだと思う。
 失恋話を友人に聞いてもらったり。
 仕事の不満を日記に書いたり。
 自分の中にあるネガティブな記憶や感情を外に出して、心を軽くする行為。

 具体的に何かが解決する訳ではないのに、なぜ楽になるのでしょうね。
 モヤモヤしたものに「言葉」という形が与えられて、何が問題点なのか見えやすくなるから?
 単純に、精神の排泄行為なのかもしれない。
 とにかく「すっきり」するわけだ。

 悩みがあるならそれをそのまま話せばいいのに、私はわざわざ「狭い意味での物語(=小説)」を書く。
 それは、架空の人物と架空のストーリーを使わないと表現出来ない苦悩があるから。
 実際の出来事を語るだけでは、不思議と核心に近付けないのだ。

 中途半端なカラー写真より、いっそ白黒写真の方が本物らしく写ったりしますよね。
 あれに似ている…… という説明は分かりにくいだろうか。

 たとえば「大切な人を救いたいのに救えない」という苦しさを表現するのに、おじいさんと孫の交流を描いた。
 私のおじいさんは、私が生まれる数十年前に亡くなっているのに。
 その時のモヤモヤには、その設定が一番しっくり来たのだ。

 10代〜20代の頃はそういう処理すべき苦悩がいっぱいあって、私はヒイヒイ喘ぎながらそれらを物語に変換していった。
 これは一時しのぎではなく、本当に苦悩を解消する貴重な方法だったのかもしれない。
 その証拠に、最近はずいぶん生きるのが楽になったから。

 この文章は、ちゃんと質問の答えになっているだろうか。
 考えるきっかけを与えてくれたお客さんに感謝します。

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 http://d.hatena.ne.jp/jugoya/20111103
posted by 柳屋文芸堂 at 02:08| 執筆 | 更新情報をチェックする