2011年11月28日

いしたにまさき・大山顕「楽しいみんなの写真」

 後半の総裁(=大山顕 「住宅都市整理公団」の総裁だから)の文章が読みたくて買いました。
 やっぱり上手いなぁ〜

 彼が開催している、
「うまくならない写真ワークショップ」
 の内容をまとめたもの。

 写真を「自己表現」ととらえてしまうと、写真を撮ることが辛くなったり、表現の幅が狭くなったりしてしまう。
 このワークショップでは、
☆好きでもなんでもない物の写真を大量に撮る。
☆毎日同じ時刻に写真を撮る。
☆他人になりきって写真を撮る。
 ということをして「自分」から離れ、写真の新たな楽しみ方を見つけてゆく。

 正直言って、私は写真に全然思い入れが無いので、総裁が感じていたような苦しみは味わったことがない。
「写真下手ですね」
 と言われても、
「ほんとにそうですね」
 とうなずくだけだ。
 全く傷つかない。
 だからどんどん撮れる。

 小説になると話は違う。
 自分の書いた文章はまるで自分そのもののようで、批判されるのが怖くて仕方ない。
 だからどんどん書けなくなる。

 これって変だし不便だよな、と前から思っていた。
 総裁はこう書いている。

「自己表現に近付けば近付くほど、自分自身のことになればなるほど僕らはしゃべりづらくなってしまう」

 もしかしたら、
「うまくならない小説ワークショップ」
 みたいなことを自主的にやるべきなのかもしれない。

☆好きでもなんでもない物の描写を大量に書く。
☆毎日同じ時刻に文章を書く。
☆他人になりきって文章を書く。

 うーむ、なかなかキツそうだ。
 文章に関しては「自分」というものがムダに膨らんでしまっているのを感じる。
 御破算に出来るならしてみたいよ。

 写真好きな人だけでなく、
「好きだったはずのものが、だんだん楽しめなくなってきた」
 という経験のある人におすすめしたいです。
 総裁の名言が突破口になると思いますよ。
posted by 柳屋文芸堂 at 22:49| 読書 | 更新情報をチェックする