2012年03月21日

伊藤計劃「虐殺器官」

 伊藤計劃の小説を読むのは切ない。
 何しろ32歳でデビューして34歳の時に亡くなってしまったので、小説は長編が三つと、短編数作しか残っていないのである。
「あっという間に読み終えちゃうのは寂しいな……」
 と「ハーモニー」だけ読んで、それ以外はわざと買わずにいた。

 しかし首都直下型地震でも来て、
「伊藤計劃を全部読めなかった……」
 と後悔しながら死ぬのは馬鹿馬鹿しい。
 生きて、健康でいるというのは当たり前のことではなく「僥倖」なんだと、最近つくづく感じる。
 読みたい本はどんどん読まなければ。

 「虐殺器官」は近未来を舞台にした戦争小説。
 SFらしいテクノロジーや戦闘シーンが細かく描かれていて、設定はいかにもマニア好み。
 これだけだったら、たぶん読むのをやめちゃったと思う。
 でも主人公の語り口が、古典的な「文学」っぽくて、そこが親しみやすかった。

 文庫本の帯には、
「現代における罪と罰」
 と書いてある。この言い方使い過ぎ、と思うけど、確かにドストエフスキーの「罪と罰」に印象が似ている。
 あの話も主人公ラスコーリニコフに対して、
「ああもう、あんたみたいに神経の細い子は殺人なんて無理よ、無理無理。無理だって言ってるのに、あ〜!!!」
 と悶絶したものですが、「虐殺器官」の主人公クラヴィスはさらに繊細な感じ。

 腕の良い暗殺者で、頭も切れる。でもいかにもお母さんの秘蔵っ子という雰囲気。
 苦しい、とは言わずに自分の陥っている苦境を淡々と説明していくのが余計に痛々しい。
「暗殺なんておばちゃんが代わりにやってあげるから! あんたはあったかい所でごはんでも食べてなさい」
 と母性本能全開になりました。
 でも三十歳なんだよな…… と思うとその未成熟さにゾッとする。

 「成熟する」とは「責任を取れるようになる」ということなのだと思う。
 巨大な組織に組み込まれることによって、責任を取る機会を失い、
「技術だけ肥大した子ども」
 になってしまうこと。
 そのまま戦地へ赴くこと。
 彼の立場の残酷さは、内戦で死んでゆく少年兵とほとんど同じだ。

 色々考えさせる重たい話ですが、楽しい部分もあるので暗くはならないです。
 例えば、
「兵士が奥さんと赤ん坊の話を始めたらその後死んじゃう」
 というお約束がしっかり守られていて爆笑したり。
 あそこ、笑う場面だったのかな……

 戦争ものやSF好きな人だけでなく「弱い男が好き!」な人に薦めたい小説です。
 ぜひぜひ。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:07| 読書 | 更新情報をチェックする