2012年05月30日

自分を幸せにするために全力を尽くす

 10代の頃、誰かを幸せに出来ると信じていた。
 家族とか、友達とか、恋人とか、見知らぬ多くの他人とか。

 19歳の時に最初に付き合った彼氏と別れて、
「私は一番大切な人さえ幸せに出来ない人間なんだ」
 ということを思い知った。

 失恋は悲しかったけど、あの時に、
「誰かを幸せにしなければ」
 という呪縛から逃れられた気がする。

 誰も幸せに出来ないなら、せめて自分だけでも幸せに出来ないだろうか。
 そう考えて色々やってきたけれど、これが意外と難しい。
 わがままに生きれば幸せになれるかというと、そう簡単にはいかないのだ。

 まず、
「どんな状態が自分にとって幸せなのか?」
 ということを突き詰めなければならない。

 世の中には、
「こういう状態が幸せですよ」
 という宣伝の声があふれている。

 お金があれば
 美人ならば
 恋人がいれば
 仕事があれば
 有名になれば
 結婚すれば
 家を建てれば
 車を買えば
 子どもを産めば
 等々

 そういうノイズを無視し、心を静かにして自分と対話するのである。

 どうやら私は、

 美味しいご飯を食べると幸せになるらしい
 美味しい飲み物を飲むと幸せになるらしい
 好きな人に体をくっつけていると幸せになるらしい
 美術を見ると幸せになるらしい
 音楽を聴くと幸せになるらしい
 笑えるものを見ると幸せになるらしい
 面白い本を読むと幸せになるらしい
 文章を書くと幸せになるらしい
 等々

 そして、

 お金と
 美貌と
 仕事と
 名声と
 家と
 車と
 子どもは

 それほど欲しくないらしい。

 自分のことなのに「らしい」というのも変だが、心の中身はたとえ自分のものでも断言は出来ない。
 それくらい「気持ち」というのはあやふやだ。
 でもだからこそ、真剣に自分を見つめなければいけないのだと思う。

 他人に惑わされず、自分が欲しているものだけを厳選し、着実に手に入れてゆくこと。
 それに全力を尽くすこと。

「悩みのなさそうな顔してるね」
 とたまに言われる。

 努力してますから。
posted by 柳屋文芸堂 at 21:03| 自分 | 更新情報をチェックする