2012年08月27日

伊藤計劃×円城塔「屍者の帝国」感想

 むかしむかし、あるところに、二人のSF作家がいました。
 作風は正反対でしたが、二人はとても仲良しでした。
 お互いに刺激し合いながら、次々に新しい物語を書きました。
 SFファンは二人の作品を楽しみに待っていました。

 幸せな時は長く続きませんでした。
 SF作家の片方が、病気で亡くなってしまったのです。
 大きな物語の「始まり」だけを残して。
 もう一人のSF作家は決意します。
 この物語を完成させなければ、と……

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 むかし、というのは5年〜3年前くらいのこと。
 伊藤計劃は2007年にデビューし、2009年に亡くなっている。
 円城塔は彼の死後ずーっと「始まり」と格闘し、2012年、ついに完成したのがこの「屍者の帝国」というわけ。
 はっきり言って、作品が生まれた経緯だけでファンは泣けるんだ。
 私も「駄作だって全然構わない!」って思ってた。

 でもね。
 駄作じゃなかったんだよ……!!

 このプロジェクトが発表された時、二人の作風を知っている全員が、
「いったいどうすんの?」
 と驚いたはず。
 ストーリーの作り方も文体も、とにかくこれ以上ないくらい反対なんだから。
 伊藤計劃が義太夫節なら、円城塔は俗曲(ツーツーレロレロツーレーロ♪)
 あるいは講談と落語。ドラクロワとマグリット。

 伊藤計劃が遺した冒頭部分を読み終え、ドキドキしながら円城担当部分に進む。
 ほうほう。表層的な文体模写はしなかったんだ。
「トンカツって知ってる、トァン……」
 みたいなの。※伊藤計劃はそんなセリフ書いてません。
 あくまで円城塔の文章で、伊藤計劃の設定した初期状態を発展させてゆく。

 伊藤計劃なら「行軍」になると思われる場面が、円城塔版だと「漫遊記」になっていて笑った。
 どうしても、のんきな雰囲気になってしまう。
 私は楽しかったけど、伊藤計劃ファンはちょっとがっかりするかな。

 しかし!
 物語が進んでいくにつれ、伊藤計劃と円城塔のどちらでもない、凄まじい文章が流れ始める。
 リアリズムの力強さを保ったままのシュールレアリズム、とでも言えば良いのでしょうか。
 抽象と幻想が地べたの上で荒れ狂う。

 円城塔は、伊藤計劃という通路を通って、新たな境地に辿り着いた。
 一人になった後、再びその場所へ行くつもりがあるのかは分からないけど。
 
 フォルティッシモのクライマックスが過ぎ去って、ラスト。
 静かなラスト。
 ここはもう、
「卑怯者ー!!」
 と叫んで泣くより他ない。
 
 伊藤計劃、円城塔の作品に共通する特徴として、
「大量の元ネタが存在する」
 というのがあって、今回も「あーこれは!」がいっぱい。
 私が理解出来なかったものも沢山あるのだと思う。
 だからネット上では「『屍者の帝国』の前にこれを読め」というリストがあれこれ出回ってる。

 確かに元ネタが分かった方が面白いかもしれない。
 でも、何も知らずにまず読んで、そこから元ネタを辿っていってもいいんじゃないかな。
 この本は入り口だ。
 二人の豊かな世界へ繋がっている。

 伊藤計劃さま。
 円城塔さま。
 私はあなたたち二人が大好きです。
 二人の文章を読んでいると、自分のやって来たことがムダじゃなかったような気がしてくるから。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:12| 読書 | 更新情報をチェックする