2013年05月28日

小説が理解出来なかったら、同じ作者のエッセイを読んでみよう

 私は一人の作家に興味を持った時、小説を「教科書」、エッセイやインタビューを「参考書」にして読むクセがあります。
 これは高校時代に高橋源一郎「さようなら、ギャングたち」と出会ったのがきっかけ。

 それまで読んでいたリアルな物語とは全く違っていて、ストーリーがちっともつかめない。
 それでも時折胸が苦しくなるような切ない一文があったりして、無性に惹かれる。
 この本を一度でも開いたことがあるひとなら「あー」とうなずいてくれるはず。

 本そのものが、魅力的な謎として私の前にあった。
 謎を解きたい。完璧でなくてもいいから。
 そう思って手に入れたのが高橋源一郎のエッセイ集「ぼくがしまうま語をしゃべった頃」

 ショックなことがあって言葉をうまく使えなくなり、そこから自分の言葉を再構築していった経験などが語られていて、あの不思議な小説の成り立ちを感じることが出来た。
 詩人への質問とその回答、現代詩の批評も、言葉の世界を広げてくれた。

 そしてもう一度「さようなら、ギャングたち」を読み直すと……
 もちろん100%は理解出来ない。
 でもちょっとだけ、作者が伝えたいことを多めに受け取れた気がしたのだ。
posted by 柳屋文芸堂 at 01:18| 読書 | 更新情報をチェックする