2013年09月07日

不自由からの引退

 宮崎駿監督の引退会見、ネットで見ました。
 「長編アニメの監督」を辞めるだけで、他の仕事は続けるようでホッとしました。
 私は宮崎アニメをセリフ丸暗記するくらい愛していますが、一番好きなのは漫画版の「風の谷のナウシカ」なのです。
 だから次の新作が長編アニメでなくても全然構わない。むしろ歓迎。

 宮崎駿や庵野秀明の最近の作品を見ていると、
「長編アニメの世界は、富と名声を得れば得るほど不自由になっていくんだな」
 というのを感じる。
 次回作もヒットさせなければいけない、そのためには映像を美しく、倍増する制作費、それを回収するために必要な観客動員数はこれくらい、そのための宣伝費……
 動くお金が大きくなればなるほど、影響を受ける人や組織が増えてゆく。
 失敗は許されない=好き勝手な創作が出来なくなる。

(庵野秀明は本当にエヴァの続きが作りたいのかなぁ……(ボソボソ))

 「公式引退の辞」と会見で繰り返された「自由」という言葉が印象的だった。
 引退しなくたって本当は自由なはずなのに。
 「監督引退」というよりは「不自由からの引退」を希望しているように見える。
 尾崎豊みたいだけど。

 自由でいるためには何も所有してはいけないのかもしれない。
 富も、名声も、ファンも。
 宮崎駿が自由になるのはかなり難しそうだ。

 そして、私はけっこう自由なのかも。
 何もないって素晴らしい。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:18| 映画・映像 | 更新情報をチェックする