2014年03月08日

にっこり微笑みながら反逆を

 私は自分の小説の中で「親との対立」を書くことが出来ない。
 ついつい物分かりの良い親ばかり出してしまって、
「こんな風に簡単に理解してくれる訳ないだろ!」
「リアリティがない!」
 と思われるだろうなー と思いつつ、やっぱり書けない。

 それは、うちの親がものすごーく私に甘かったからです。
 親だけじゃなく、伯母×2も、伯父も。
 溺愛、という言葉がまさにぴったり。

 私は母親が40歳の時の子で、伯母や伯父にとっても、
「人生の後半に突然やって来た赤ん坊」
 だった。

 彼らの愛情を表現しようとする時、高村光太郎「レモン哀歌」の
「生涯の愛を一瞬にかたむけた」
 という一文が思い浮かぶ。

 戦中、戦後の苦労があり、がむしゃらに働いた高度成長期があり、気がつけば全員婚期を過ぎて独身で、目の前に父親の分からない女の子が。
 それはそれでちょっと偏った愛だったかもしれない。

 しかしまあ、私は世間的に見れば「複雑な家庭」の「私生児」な訳で、私がもし愛情不足で不幸だったら、世間の思う壺(?)という感じがする。
 たとえ標準家庭と構成がズレていても、戸籍の父親の欄がからっぽでも、全く問題なくのほほんと生きられるのだ、ということを私は生涯かけて証明すべきなのだろう。

 私は幸福な少数派について書く。
 人間の寛大さを描く。
 私が受け取った大量の愛情を文章の中に散りばめる。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:06| 執筆 | 更新情報をチェックする