2014年03月29日

無知じゃないと行けない場所

 密かに尊敬している高村暦さんという方が興味深いツイートをしていたのでご紹介。

「未然性」のもつ力、想像力の行ける範囲が広いうちしか行けない場所に、踏み込んでみること。それは無知についての恥と表裏一体でもあるけれど、無知じゃないと行けない場所は、とても多いと思う。恥と恐怖と遠慮と罪悪感とを覚えれば、いつの間にか色々なことができなくなる。
(高村さんのTwitterはこちら

 私はオカマバーを舞台にした小説を書いたりしているが、実を言うと、オカマバーに行ったことがない。
 行くのは簡単だ(何しろ電車一本で新宿三丁目に出られるしな……)
 リアルな話を書きたければ、取材すべきなのだろう。
 しかし行ってしまったら、その場所に対する夢を見られなくなる気がするのだ。

 その代わり、行ったことのある人の話は熱心に聞く。
「ケバいおばさん、が、おじさん。そんなに面白くなかった」
 ひ、ひどい感想……
 でも私はその短い言葉から、冷めた客に戸惑う派手なお姉さまを想像する。
 初対面の人間同士が語り合う時の、ぎこちなさを思う。

 空想を重ねて作った私の話は、明らかにファンタジーだろう。
 こんなことあり得ない、と笑われるかもしれない。
 誤解を助長する表現はやめろ、と怒られるかもしれない。

 私が書きたいのは現実ではなく、フィクション。
 頭の中の空間に、文字だけが立ち上げることの出来る人々。
 私は私の世界を守るために、無知でい続ける。

 高村さんのこのツイートは、いつも「恥と恐怖と遠慮と罪悪感」でいっぱいの私を、大いに励ましてくれました。
 こういう文章を書けるようになるにはどうすれば良いんですかと、アホみたいに質問してみたい。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:36| 執筆 | 更新情報をチェックする