2014年04月16日

念願のマイホーム

 結婚してから、
「家買わないの?」
 と度々訊かれるのが不思議で仕方なかった。
 家なんて全然欲しくないから。

「買わない」
「そう」
 で会話が終わるなら良いのだけど、みんなけっこう食い下がってくるんだよね。
 どうして? 子どもがいないから? とか。
 子どもと家に何の関係があるのかも分からない。

 そんな訳でずーっとこの質問に困惑し続けてきたのだけど、今日ネットを見ていたら、
「念願のマイホーム」
 という単語の入った宣伝を見かけた。

 この言い方、決まり文句のように使われるよな……
 私は改めて「念願」という単語の意味を辞書で調べてみた。

 常に心にかけて強く望むこと。
(「デジタル大辞泉」より)

 そんなにも世の中の人は自分の家を持ちたいと望んでいるのか。
 ごめん、その欲望、私には無い。

 欲望は不思議だ。
 アセクシャルと呼ばれる人たちは、男性にも女性にも性的欲望を持たないそうで、その性質を周囲に理解してもらえず苦しむという。
 欲望なんて人それぞれ違っていて当然のはずなのに、多くの人が持っている欲望を持っていないと生きづらくなるのは何故なんだろう。

 目には見えないけれど、他人がまともな人間かどうか判断するための、
「標準欲望1セット」
 みたいなものがあるのだろうか。

 食べたい
 トイレに行きたい
 眠りたい
 恋愛がしたい
 性行為がしたい
 お金が欲しい
 結婚したい
 子どもが欲しい
 家が欲しい
 
 そのどれかが欠けていたら、
「あれ? この人ちょっとおかしい?」
 と警戒したりするのだろうか。

 私は文章力が欲しい。
 見たもの、思ったこと全てを、納得のゆく言葉にしていく力が欲しい。
 子どもの頃からそれこそ「常に心にかけて強く望」み、自分なりに努力してきたにもかかわらず、37歳になった今も手に入っていない。
 今後も愚かしく努力し続けるつもりでいる。

 それでも、
「文章力つけないの?」
 と他人に尋ねたりしない。
「家買わないの?」
 と訊かれた私と同じように、相手が「?」だらけになるのが分かるから。

 何故私はそんなにも文章力が欲しいのだろう。
 何故世間の多くの人は文章力より家の方が欲しいのだろう。

 いちいち考え込むのが面倒なので「標準欲望1セット」が欲しい。
posted by 柳屋文芸堂 at 01:03| 自分 | 更新情報をチェックする