2014年04月27日

小説の神様

 小説のアイデアが浮かぶことを、
「小説の神様が降りてくる」
 と表現したりする。

 私も小説の内容がパッと頭に浮かぶことはあるけれど、どうしてもそれを「神様」とは思えなかった。
 そのアイデアが富と名声を運んでくるなら、そりゃ神様かもしれない。
 けれども私は小説を書きたいと思ってしまうせいで、人生に様々な支障をきたしている。

 心が物語世界に行ってしまうと、現実世界ではボーッとしてしまって、ちゃんと生きられなくなるのだ。
 会社に勤めている時には仕事がはかどらなかったし、主婦の今は家事がおろそかになる。
 小説のために使っているエネルギーを全て商売に注ぐことが出来たら、私は金持ちになっていただろう。

 金を稼ぐ暇があったら文章が書きたい。
 そう思ってしまったら、どれほど生きにくくなるか。
 何しろここは資本主義国なのだ。
 
 プロになれたら話は簡単だ。
 売るために小説を書くのね、と周囲も理解してくれる。
 しかし当然ながら、プロの小説家になるのは非常に難しい。
 そしてプロになれるかどうかに関係なく、私の頭には「書いて、書いて」と登場人物がわいてくるのだ。

 私のところにやって来ているのは「小説の神様」ではなく「小説の悪魔」なんじゃないか……?
 そんな風に疑っていた。

 もしあなたに物語が書けるとしたら(中略)まず自分にそういう能力が(多かれ少なかれ)あるのだということに、喜びを感じるべきだと思います。ゼロから何かを生み出すというのは、誰にもできることではありません。あとのことは、あとのことです。
(村上春樹インタビュー集「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」より)

 この文章を読み、少し、気持ちが変わった。
 小説を書きたいと思うことで、確かに私は多くのものを失った。

 でも、小説を書くという共通項があったからこそ親しくなれた友人がいる。
 感想を言ってもらう喜びも経験した。
 文章を良くしたいという思いから、読書や勉強にも熱心になった。

 小説を書いている時の、あの恍惚感。
 正直、それが得られただけでも十分かもしれない。

 お金では買えない貴重なものを、色々もらっているじゃないか。
 ようやく私は神様に感謝した。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:51| 執筆 | 更新情報をチェックする