2014年04月27日

男が描く女について

 男性作家(小説家だけでなく漫画家も)が描く女性に違和感を覚えることがある。
 妙にキャピキャピして、女の子同士がムダにベタベタしたりするのを見ると、ゾッとしてページを進めるのをやめたり。
 女は確かにキャピキャピするしベタベタもするけれど、男が描くと、何かが違うのだ。
 あれはいったい何なんだろう。

 男性作家が描く女性は、本当の女性ではない。
 かと言ってもちろん、男性でもない。
 だとするなら、何なのか。

 男の中にいる女性なのか。
 男が理想としている女性なのか。
 男の観察がいい加減で、本物を忠実に描こうとして失敗しているのか。
 本物の女性なんてどうでもいいのか。

 恐ろしいのは、男が描く女がニセモノだと、男は気付かないのだ。
 一生、現実の女と接する気が無いならかまわない。
 そうでないなら、女が描く女や、現実の女も見ておいて欲しいな、と思う。

 同じように男性も、女性が描く男性に違和感を感じたりするのだろう。
 正直、どうせ自然に書けないのだから、小説に男なんて出したくない、と思ったりする。
 けれども残念ながら、世界は男と女で出来ている。
 男子校や女子校など特殊な舞台を選ばない限り、男性作家はニセモノの女、女性作家はニセモノの男を、描くことから逃げられない。

 ニセモノも悪いことばかりではなくて、作家によってはニセモノだからこそ美しい異性を作り出したりする。
 太宰治が描く女性とか、私は好き。
 リアルじゃない分、神々しくて。
 宮崎駿の映画の女性キャラも清らかで良いな。

 男性作家が描く女性はたいていニセモノだけど(女性作家が描く男性がどれくらいニセモノかは判定出来ない。ごめんなさい)江戸川乱歩が描く女だけは、本物の女だと思う。
 精神的にも生理的にも深い部分で、しっかり共感しちゃうのだ。

 あれは観察力だろうか。
 女というものに理想も幻想も抱いていなかったことが、よ〜く分かる。
 単純に、乱歩の中身は女性だったのかもしれない。

 乱歩の描く男性は、リアルなのだろうか?
posted by 柳屋文芸堂 at 23:47| 読書 | 更新情報をチェックする