2014年05月08日

乙女暴走小説

 私は時々(もしかしたら「定期的に」?)乙女が暴走する小説を書いてしまう。
 そうすると脳がその乙女に支配され、家事を放り出して小説の続きを書いちゃったり、書くのをやめて家事をやろうとしても小説の世界から帰って来られずボーッとしたり、とにかく大変なことになる。
 私の中の荒ぶる乙女よ、鎮まり給え……

 私が一番書きやすいなー、と思うのは、男を語り手にした小説(「俺は〜」「僕は〜」等)
 前に「男が描く女について」という記事でも書いたように、男を自然に描けている自信なんて全然ない。
 きっと男から見たらニセモノの男なのだろう。

 それでも書きやすく感じるのは、
「男はこんな風に考えるか? こんな言葉を使うか?」
 と迷いながら進むことがちょうど良いブレーキになって、暴走しないで済むからかもしれない。

 「オカマ先生の恋愛レッスン」を書いていた時なんて、
「あたしのこと、早く書いてよ!」
 って毎朝オカマ先生に起こされてたからな……
 他の人がどうなのかは知らないけど、私にとって小説書きは病気のようなものだ(でも治ったら困る)

 暴走するということは完全に同調している訳で、私の本質はそんなにも乙女なのだろうか。
 もう少し冷静なつもりなんだが。
 現実で乙女になり切れないから、物語の中で乙女になるのか。
 歳のせいではなく、若い娘の頃から若い娘でいるのが下手だった。

 現実の世界で何かになるのはこんなにも難しいのに(女が女になることさえも)
 小説の中では男だろうとカエルだろうと、何にだってなれる。
 まずはこの自由を楽しもう。
 たとえ上手くいかなかったとしても。

 あと、家事もちゃんとやろう……
posted by 柳屋文芸堂 at 01:54| 執筆 | 更新情報をチェックする