2014年05月27日

小説書きのどの部分が好き?

 友人のよいこぐまさん(怪談作家)と会った時、
「小説書きのどの部分が好き?」
 と尋ねられた。

 一瞬、言葉に詰まる。
「小説を書くのが好き」
 いや、それ答えになってない!

 小説書きをあまり「部分」で考えたことがなかったので、どこが好きなのか説明出来なかった。
 小説を書く時私が何をしているかというと、ひたすら言葉選びである。
 「暴虐」「横暴」どっち使おう、「しゅんとする」「しょんぼりする」どっち使おう……
 そういうのの繰り返し。

 登場人物やストーリーを考えたことは一度も無いと思う。
 登場人物は脳内に勝手に住み始める。
 登場人物が動き出せばストーリーになる。
 その登場人物やストーリーを読み手に伝えるために、最も的確な言葉や文章があるはずで、それをいつも探している。

 本を読む時、我々は目が見えないのだ。
 そこにあるのは文字の列だけで、登場人物の顔も、彼らがいる場所の風景も見えない。
 読書中、脳に画像や映像を届けているのは視覚ではなく「言葉」である。
 言葉は「見て読む」から分かりにくいが、朗読を聞いている状態を思い浮かべてみると良い。

 ならばと、全てを事細かに説明し出したら話が進まない。
 読んでいる方もうんざりする。
 言葉が足りなければ誰が何をしているのか分からなくなり、ストーリーどころではなくなる。

 今書いている小説で困っているのは、四人で会話するシーン。

 Aさんは、
「……だよ」
 と言った。Bさんは、
「……だよね」
 と言った。Cさんは、
「……です」
 と言った。Dさんは、
「……ですよ」
 と言った。

 と全部に名前を入れたら読みにくいし、入れないと誰の発言か分かりにくい。
 漫画のフキダシを使いたい……

 小説書きはこのように面倒臭いことだらけで、うーんうーんと悩み続ける、その全ての時間が好きだ。
posted by 柳屋文芸堂 at 01:11| 執筆 | 更新情報をチェックする