2014年08月12日

ヨコハマトリエンナーレ2014(上田假奈代と森村泰昌の対談)

 横浜美術館で開催された対談イベントに行ってきました。
 上田假奈代さんは詩人で、釜ヶ崎芸術大学を始めた人。
(釜ヶ崎芸術大学の展示に対する私の感想記事はこちら
 森村泰昌さんは美術家で、ヨコハマトリエンナーレ2014のディレクターです。

 「釜ヶ崎」と聞いて「?」となる人も(私もそうでした)
 「あいりん地区」と言えば「ああ」とうなずくと思う。
 この二つの言葉はほぼ同じ地域を指すらしい。

 百戦錬磨の手ごわいおっちゃんたちと一緒に活動する大変さと、面白さ。
 森村泰昌さんは釜ヶ崎の人たちに協力してもらって制作した映像作品を、釜ヶ崎で上映したことがあるそうなのですが、上映直後、
「わけのわからん芸術よりイモ掘り」
 と話題を転換されたとのこと。

 遠慮や分かったふりなんてしないのだ。
 そんな彼らが、例えば創作狂言を演じたりすると、芸術の本質が見えてくる。

 アルコール中毒で死にかけて禁酒させられている人が、舞台の上で酒を飲む演技をする。
「普段やってはいけないことをフィクションの中で行う」
 ということ。

 そうすることで現実の方が変わってゆく。
 その人は禁酒を続け(舞台では架空の酒を飲み)音信不通だった家族と連絡を取り始めた。

 芸術は人を変える。
 芸術はおっちゃんを変えるし、おっちゃんは芸術家を変える。

 芸術をプロの芸術家だけのものにしないで、多くの人が利用出来るものにした方が良いのだろう。
 芸術にとっても、プロの芸術家にとっても、その他全ての人にとっても、その方が幸福なのだ。

 芸術とは何か、と尋ねた質問者に対して、上田假奈代さんは、
「『問い』です」
 と答えていた。

 私は問うより答えてしまうことが多いなぁ、と反省しました。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:48| 美術 | 更新情報をチェックする