2015年01月25日

男性内女性

 前に、
「男性作家(小説家だけでなく漫画家も)が描く女性に違和感を覚えることがある」
 という記事を書いたら(これ)友人が共感してくれてその話で盛り上がった。
 こう感じている女性はけっこう多いのではないか。

 「男性作家が描く女性」を「女性とは違う新たな性別」と考えた方が色々すっきりすると思う。
 「男性の脳内に住む架空の女性」ということで、とりあえずこれを「男性内女性」とでも呼ぶことにしよう(もっとシンプルな呼び名が欲しいけど)

 「男性内女性」が「実在の女性」と全く無関係な場所に存在しているならば、問題はない。
 実在の女性に対して、
「男性内女性らしく振る舞って欲しい」
 と望んだり、
「男性内女性が喜ぶようなことをすれば実在の女性も喜ぶ」
 と考えたりする男性がいるから迷惑するのです。

 「男性内女性」と「実在の女性」は全く別の生き物だ。
 どれくらい違うかというと「手裏剣を投げながらハラキリする日本人」と「普通の日本人」くらい違う。
「日本人なら日本人らしく手裏剣を投げて欲しい」
 なんて望まれたら困るだろう。

 しかし「男性内女性」は男性にとって必要な存在なのだと思う。
 まず、物語を書く時に男ばかり出す訳にいかない。
 実物から遠かったとしてもとりあえず「女性的な何か」を出さないと、世界の描写としてバランスが悪くなる。

 そしてたぶんこちらが一番大きな理由だと思うのだが、
「男性にとって、実在の女性が魅力的とは限らない」
 実在の女性なんて面倒臭いだけ。男性内女性の方がよほど可愛い。
 という気持ちは分からないでもない。

 何より大事なのは、「男性内女性」と「実在の女性」を混同しないことだ。
 もし実在の女性と付き合いたいと思ったら、男性内女性のことは一度忘れた方が良い。
 目の前にいるその人を第一に考えて欲しい。
 理解し合えない原因になるから。本当だよ。

 女性の側も、
「男性が描いているのは女性ではなく、男性内女性なんだ」
 と思えば、自分とは異なる種類の人物として楽しめるかもしれない。

 こっちだって女性内男性を抱えて生きているのだから、おあいこだ。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:34| 考え | 更新情報をチェックする