2015年02月12日

権威との付き合い方

 「権威に頼る人」というのが世の中には沢山いるんだなー と感じる。
 作家の○○は△△賞を取ったからすごい、××賞を取ってないからダメ、というように、物事の価値を自分の感性ではなく、他人の評価で決める人。

 こう書くと批判しているようだが、私だって権威に頼ってない訳じゃない。
 芥川賞を取ったのをきっかけに円城塔を読むようになったし(あの時ほど文藝春秋に感謝したことはない)
「美術館で美術を見る」
 というのも「知識豊富なキュレーターの感性に頼っている」わけで、権威主義と言えると思う。

 権威に全く頼らない人というのもまれにいて、そういう人は
・その分野について深い知識を持っている
・その分野について何も知らない
 のどちらかだ。

 ワイン売り場で店員さんに頼らずに済むのは、
・ワインを知り尽くしている人
・ワインを飲まない人
 と考えれば分かりやすいと思う。

 たいていの人は、中途半端な知識と味覚しか持たず、ワインの種類の多さに圧倒され、
「ローストチキンに合うのはどれでしょう?」
 と尋ねることになる。

 同じように、たまにしか小説を読まない人が、△△賞受賞という帯を頼りに本を選んでしまうのも仕方ないだろう。
 とにかく本の数が多いんだもの。

 世界のあらゆるものに詳しくなるのは無理なのだから、自分がそれほど知らない分野では、権威を「選ぶきっかけ」にするのは問題ないと思う。
 その代わり、鑑賞中・鑑賞後には権威を忘れてしまうべきだ。

「△△賞受賞作なのに面白くなかった」
 と怒ったりするなということ。
 △△賞受賞というのは「選考委員の多くが評価した」というだけで「読んだ人全員を満足させる」なんて保証はしていない。

 権威をうまく利用して、面白いものを見つけ、それを無心に味わい続ければ、自然に知識は増えるし、自分の感性がどんなものか明確になってくる。
 そのうちに、権威に頼らなくても、心の底から感動出来るものに出会える確率を高められるんじゃないかな。

 それにしても現代って、物の数は多過ぎ、選ぶ時間は少な過ぎるね。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:02| 読書 | 更新情報をチェックする