2015年07月31日

「私生児」という言葉

 私は「私生児」という言葉が大好きです。
 すごくロックな感じがしませんか?!

 実際に「結婚」という社会の枠の「外側」で生まれたわけで、
「私の存在自体が、既成の価値観の否定なんだわ……!」
 とか考えると幸せでしょうがない。

 天賦のものの中で一番気に入っている。
 努力が苦にならないとか、太りにくい体質(これは明らかに母譲り)とかも、まあ便利だけど。
 そういうのは、そんなに珍しくないからね。

 「私生児」は差別用語で、最近は滅多に見かけない。
 枠の中に入っていたい人には不愉快な言葉なんだろうな。
 非嫡出子や婚外子だって、差別的に使えば差別用語だよ。

 沢山の言い換えが存在する、というのは差別用語の特徴だと思う。
 ある言葉に差別的なニュアンスがあり、それを避けるために新たな言葉を使うようになり、しかしそれにも差別的なニュアンスが感じられるようになって…… の繰り返しでやたらに同じ意味の単語が増える。

 頻繁に使われた時期がそれぞれズレるので、言葉に特定の時代の雰囲気が出るのも良い。
 「私生児」は昭和の前半かな。
 太宰治「斜陽」に出てくる印象が強いから。

 そう、もはや古い文学でしか見ない、というのも好きな理由の一つ。
 私は文学的存在なのね……!(うっとり)
 別に反逆のためでも文学のためでもなく、うっかり作っちゃっただけなんだろうけど。

 人間以外の生き物は、みんな私生児なんだよな(結婚という制度がないから)
 と考えると、人間のこだわりって面白いですね。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:52| 言葉 | 更新情報をチェックする