2015年09月28日

障害者の家族であるということ

 子供の頃から全盲の伯母(大)と暮らしてきたのだけど、障害者の家族であることをことさら書くつもりはなかった。
 たとえ一緒にいても、障害者の気持ちを代弁出来るわけではないから。

 でも最近になって、自分の経験がかなり貴重なものなのだと気付いた。
「目の見えない人に、てのひらで体の大きさを測ってもらって、セーターを編んでもらう」
 なんてこと、滅多にないんだよね?

 私はずーっと当たり前のように作ってもらっていた。
 サイズは常にぴったりだった。

 障害というのは不幸なものとして語られることが多い。
 確かに本人は大変なのだと思う。
 しかし私は障害者に育てられたことによって、大きな宝をもらった。

 それは「視点」だ。
 世の中には沢山の視点がある。
 大人の視点 子供の視点 男の視点 女の視点
 文系の視点 理系の視点 日本人の視点 外国人の視点
 等々

 多くの視点を持つほど、世界は立体的に見えてくる。
 また悩み事を解決するのにも役立つ。
 ある視点からは手詰まりに見えた問題も、別の視点から見ると解決法が分かったり。
 問題そのものがバカバカしく感じられたり。

 障害者に対する、世の中の過剰反応。
 そういうものを冷静に見られるのは「障害者の家族だけが持てる、特別な視点」と言えると思う。

 この視点を強調して何か書こうとは思わない。
 お道具箱のハサミのように必要な時だけ取り出して、世界を切り取りたい。
 ちょきちょきと。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 01:50| 家族 | 更新情報をチェックする