2015年10月29日

分かりやすい苦労 分かってもらえない苦労

 家族の介護の話をすると、周囲の人たちはすぐに「大変だね」と同情してくれる。
 介護というのは「分かりやすい苦労」であるらしい。

 しかし私にとっては介護より「過労サラリーマンの妻」であることの方が大変だ。
 生活が不規則になって体がダルくなるし、Dちゃんが体を壊すんじゃないかと心配で気が滅入る。
(そしてたいてい、Dちゃんより私の方が先に体調を崩す)

 ダンナが忙しくて、と話しても、その本当の辛さを理解してもらえることはほとんどない。
 愛する者が虐待されているのに、自分はどうすることも出来ない、という苦しさだ。
 さらに自分まで(不規則な生活、という形で)巻き込まれる。

 ダンナの過労を嘆くのはもうやめた方が良いのかもしれない。
 理解してもらえなくて悲しい気持ちになるだけだから。

 世の中には「相手が苦労していないと気が済まない」という不思議な習性を持つ人が多くいる。
 こちらがのんきな話ばかりしていると、
「○○(←やり始めたら苦労すること)をした方が良いんじゃないか」
 と勧めて来たりするの。
 あれは何なんでしょうね?

 そういう人のために「分かりやすい苦労(私の場合、介護)」を用意しておくと便利だ。
「介護で忙しいから○○は出来ない」
 って言えるから。

「ダンナが忙しくて辛くて、○○する余裕はない」
 と言っても納得してもらえない。
 こちらの方が真実なのに。

 介護で苦労している人のフリをしつつ、過労サラリーマンの妻として苦労する。
 人生は不条理劇にそっくりだ。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 01:15| 自分 | 更新情報をチェックする