2015年11月15日

小説の中の女のセリフから考える

「小説に女性の登場人物を出すと、セリフがオカマみたいになる」
 という嘆きを、男性の書き手・女性の書き手、両方から聞いたことがある。
 つまり書き手の性別に関係なく、女性のセリフを書くのは難しいんですな。

 この登場人物は女性なんですよ、ということをセリフで表現しようとすると、どうしても女性の特徴が過剰になり、女性の範囲から外れてしまう。
 現代女性はあまり女性的な話し方をしないのだ。

 現実の世界で女が女だと分かるのは、女の声を出しているから。
 しかし小説の中で、

「この料理、美味しくないな」
 と女の声で言った。

 なんて説明する訳にいかない。
(書いてみて気付いたけど、いよいよ男なんだか女なんだか分からなくなるな)

 私は女性を小説に出す時、セリフを全力で中性的にする。
 男性的な特徴・女性的な特徴の両方を消す。
 上手くいっているかは分からないけれど、現代女性の話し方としてはそれが一番リアルだと思うので。

 メチャクチャ神経使って疲れる。
「どうして女なのに女のセリフ書くのが大変なの?」
 と不思議になる。

 女性のセリフには型があって(「〜だわ」「〜なのよ」)
 もうそれはすっかり古くなっているのに、ラクだからつい使いたくなってしまう。
 それを振り切るのにエネルギーを使っているのだと思う。

 女性的なセリフを書きたくなったら、オカマを出しちゃえば良いんですよ……!
 女っぽさを好きなだけ詰め込められて、本当に楽しい。
 現代において、心置きなく女になれるのはオカマだけだ。

 もともと男女にはそれほど差がなくて、繁殖のために必死に違いを強調していたのに、男女平等の流れであったはずの型が無効になり、さあこれからどうしよう、というのが今の状況なのだと思う。
 昔の男と女のようには振る舞えず、かと言って男と女であることを完全に捨てることも出来ない。

 そんな中で「男・女・男と女の間あたりの人々」を書き分けようとすると、すごく興奮するのです。
 既存の思想に乗っかるのとは別の方法で、男女というものを考えている実感があるから。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 01:56| 執筆 | 更新情報をチェックする