2015年12月02日

大島薫「ボクらしく。」感想

 私が書いた小説(「オカマ板前と春樹カフェ」 「邯鄲」など)に、メグちゃんというキャラが出てくる。
 体は男、心は女で、諸事情あって性転換手術をしていない。

 可愛らしい女の子の顔をしていながら、恋人に服を脱がされると男の体が出てくる。
 そこら辺の女の裸よりよほどエロティックだろうなー
 と空想していたら、現実にもそういう人がいて驚いた。
 その人の名前は、大島薫。

 顔は女(清楚な美人)、体は男で、心は女ではなく、男。
 え、じゃあ女顔なだけの男なの? と思われるかもしれないが、それは違う。
 その微妙な部分が書かれているのが彼のフォトエッセイ「ボクらしく。」

 ボクらしく。 (マイウェイムック) -
ボクらしく。 (マイウェイムック) -

 性別、という概念は考えれば考えるほど難しい。
 心の一番傷付きやすい部分と結び付いているようで、この話になるとみな冷静さを失う。
 クマノミの生態を説明するように客観的に語れたら良いのだけど、そんなことが出来る人は滅多にいない。

 人間は基本的に、自分の性別を正確に理解して欲しいという欲求と、相手の性別を即座に判別したいという欲求を持つ。
 もともとは繁殖のための機能だと思うが、繁殖と関係ない場面でもこの欲求は消えない。
 大多数がこの欲求を簡単に満たせるシステムとして「男と女」という単純なジャンル分けが生まれたのではないか。

 実際には、この二つだけでは説明出来ないことが沢山ある。
 男・女以外にも、男が考える女・女が考える男・LGBTなど様々あり、もっと言えば人間の数だけ、空想の数だけ性別はあると考えた方が、色んなことが腑に落ちる。

 空想上の性別に「ふたなり」というものがある。
 男性器と女性器の両方を持った両性具有のことで、「男が考える女」のジャンルの一つと言って良いと思う。
(「女が考える男」にも両性具有はあるが、ふたなりとは別の表現になる)

 大島薫は同人イラストの「ふたなり」に興味を持ち、その流れでニューハーフに憧れる。
 しかしその世界が期待と違っていたため、女になりたいと一度も思ったことがないにもかかわらず、自分で女装を始める。
 そして高校時代に美術部で培った観察力や美的感覚を駆使し、AV「女優」として働けるまでの美しさを手に入れる。

 男性でもなく、女性でもなく、ゲイでも、ニューハーフでもない、大島薫という生き方。

 と彼は言う。

 本一冊書かなければ表現しきれない性別。
 これは大島薫だけの話なのだろうか。
 かなり多くの人が、一言では説明出来ない性別を持ちながら、男と女という枠組みの中で窮屈な思いをしているのではないか。

 我々人類が、性別という身近で複雑な問題を、完全に解明・解決する日は来るんでしょうかね?

 性別の不思議にハマったことのある人が読めば、きっと何かしらの発見がある本だと思います。
 それとは別に、世知辛い世の中をしたたかに生き抜く若者の話として読んでも面白い。
 芸大進学を諦めたり、うっかりブラック企業に就職してしまったり、バイトを転々としたり、私も若い頃は全然暮らしが落ち着かなかったので、他人事と思えず切なかった。

 大島薫は現在AVから引退し、タレントとして活動中とのこと。
 ドラマや映画の世界で活躍してくれたら嬉しいな。
 物語には性別が曖昧な人たちが、当たり前のように数多く登場するのだから。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 13:44| 読書 | 更新情報をチェックする