2015年12月08日

言葉の可能性と、自分の言葉の拙さ

 88の短編が収録されている、同人誌即売会Text-Revolutionsアンソロジー「再会」の感想を作者の方々に送ったのですが(全員じゃないですごめんなさい。全部に感想書いた森村さんと凪野さんほんとすごい……)
 言葉が持つ可能性と、自分が使える言葉の貧しさを改めて実感しました。

 私が素敵だと感じる作品って、たいてい「言葉では言い表し切れないこと」が書いてある。
「あなたの文章を読んでいる時に、心にモヤ〜ッと出てきたコレ、コレが良かったのよ!」
 というのが私にとって最も正確な感想なんだけど、こんなこと言われても作者は「は?」だよね。

 仕方ないのでこの「モヤ〜ッ」を「優しかった」とか「美味しかった」とか、どうにか言葉に置き換えて伝える。
 でも全部近いけど違うんだよね。
 大事なのは「モヤ〜ッ」なんだよ。
 自分の気持ちなのに、誤訳することしか出来ない。

 言葉を並べていくと「言葉では言い表し切れないこと」がポロポロこぼれていく。
 私が伝えたいのはまさにその「言葉では言い表し切れないこと」なのに。

 言葉って本当に不思議。
 「再会」を一冊読むだけで、言葉によって表現出来ることがどれほど深くて広いか、よく分かる。
 何しろ88人分の技が見られる訳だから。

 それなのに私が使えるのは、そんな言葉の可能性の、ほんの一部分だけなのだ。
「この言葉とこの言葉は使っちゃダメよ」
 と誰かに禁止されたりしてないのに。

 どの言葉も自由に使って良いのに、全然自由に使えない。
 これって変な感じがしませんか?

 もっとちゃんと言葉を使えるようになりたい。
 何十年もそのことを考えているのに、なかなか上達しないなぁ。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 11:02| 言葉 | 更新情報をチェックする