2016年02月28日

「魔女の秘密展」感想

 ラフォーレミュージアム原宿で開催中の「魔女の秘密展」に行ってきました!
 平日の昼間だったのでそれほど混雑しておらず、かと言ってガラガラでもなく、のんびり見るのにちょうど良い感じ。
 お客さんが濃い目だったような気がするな(自分も含めて)

 中世(5〜15世紀)の頃から、人々は悪いことが起きると魔女のせいにしていた。
 近世になると、魔女は激しい憎悪の対象になった。

 当時はちょうど小氷期と呼ばれる世界的に気温が低くなった時代。
 凶作が続き、物乞いが増加した。
 都市では人口過密による衛生状態の悪さからペストが流行。

 ルターが始めた宗教改革によりキリスト教内部で対立が起こり(プロテスタントとカトリック)
 ドイツは30年戦争に突入。人口は3分の1に。

 ひどい時代だった訳です。
 人々はその不安と恐怖を「魔女のせい」にした。

 事態を悪化させたのは、まず知識人の行動。
 ルターは魔女の火刑に賛成し、神学者の書いた「魔女に与える鉄槌」という本が魔女裁判の教科書となった。
(魔女の見分け方などが書いてある)

 意外だったのは、道路の整備や印刷機の普及が悪い方向に働いたこと。
 これによりセンセーショナルな魔女の話題が広まり、魔女を告発しやすくなった。

 確かに私もインターネットの普及で頭が良くなったりしなかったもんなぁ。
 逆に多過ぎる情報を処理し切れず、混乱することが増えた。
 近世のヨーロッパの人々も同じだったのかもしれない。

 魔女裁判で迫害された人の多くは、物乞い。
 どれだけ不当な理由であっても、お金がないから弁護士を雇えない。
 人々は罪を弱者に押し付けて、不安を解消しようとした。

 展示では、拷問と処刑の紹介が妙に充実している。
 怖いから私はざっとしか見なかったけど、拷問具に興味がある人は目が輝くかも……

 科学が進歩し、自然現象を魔女のせいにせず科学的に説明出来るようになったことや、拷問が廃止され、裁判で客観的な証拠が重視されるようになったこと等により、魔女狩りは終息する。
 犠牲者はドイツが25000人で、突出している。
 悲しい歴史の多い国だ。

 家畜の奇形も魔女のせいにされたということで、双頭の仔牛の剥製が展示されていた。
 18世紀に使用されたという「万病に効く飲むお札」というのがあり、とげぬき地蔵みたいだと驚いた。
(巣鴨のとげぬき地蔵では、お地蔵さんが印刷されている小さい紙が売られている。子供の頃よく飲まされた)

 魔女の絵や話にたびたび出てくる「飛行用軟膏」というのが気になった。
 ほうきじゃなく軟膏の力で飛んでいたんだ……
 ならばほうきは何なんだろう?
 自転車のハンドルみたいなものだったのかな??

 一番印象に残ったのは、書物の恐ろしさ。
 人々がぼんやりと持っていた「魔女のイメージ」を言葉の力で明確化し、魔女(実態は弱者)の迫害にお墨付きを与えてしまった。
 魔女狩りをしていた人たちは「良いことをしている」と信じていたんだろうな。

 一方で、科学の可能性を感じられたのは嬉しかった。
 最近は戦争・原発・薬害・公害等々、科学によって苦しめられる場面を見ることの方が多いから。
 使い方次第なんだよね、何だって。

 会場では、ほうきにまたがって写真が撮れます。

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 図録が充実しているので、ファンタジー小説や漫画を書く人は持っていると便利そう。
 グッズ売り場にあった「魔女カレー」というのが妙に気になり、何でだろうと思ったら、私、このタイトルで掌編小説を書いていましたね(これ
 
posted by 柳屋文芸堂 at 22:52| 美術 | 更新情報をチェックする