2017年05月13日

こんなとこにいるはずもないのに

 映画「怒り」の登場人物である優馬が、テレビドラマ「フランケンシュタインの恋」の舞台の一つである稲庭工務店に、リフォームを頼みに行く、という二次創作です。

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 ネットで時々見かける「稲庭工務店」の広告が気になっていた。未来を変えるリフォーム、という文字の横に職人たちの写真があり、その真ん中で笑っている男が、直人に似ている気がしたのだ。
 稲庭工務店のホームページを見に行くと、サイズの大きい同じ写真があった。直人とそっくりにも見えるし、全くの別人にも見える。殺人犯の手配写真を見て直人を疑ったことを思い出し、苦笑する。結局は、自分があらゆるものから「直人を読み取ってしまう」というだけの話だ。

 ちょうど母親と直人の写真を置くために、作り付けの飾り棚が欲しいと思っていたところだった。直人の写真は持っていなかったが、直人と兄妹のように育った薫さんに頼むと、数年前に撮ったという写真を送ってくれた。逆光の中で無防備に微笑む直人の顔は見たことのない表情で、胸がじりりと焼けるのを感じる。自分が知っている直人は、直人のほんの一部分に過ぎない。それなのに……だからこそ、俺は永遠に直人を探し続ける。

 ご自宅に伺いますという申し出を丁重に断って、稲庭工務店に向かった。棚にする木材を自分の目で確かめてから工事をお願いしたいと言うと「そこまで腹くくってんだったら」と返された。あれが社長なのだろうか、妙に物言いの大袈裟な人だった。
 出入り口の前で二人の男が角材を運んでいた。一人は作業着だが、もう一人は木こりのような茶色い服を着ている。木こりの方が先に気付き、立ち止まってこちらを見た。あの男だ。やはり直人に似ていると感じ、息を呑む。

「急に止まるなよ! 何見てんだ!」
 作業着の男は視線が合うと、急に不自然な笑みを浮かべてペコペコと頭を下げた。
「お客さんだろ! ちゃんとあいさつしろ!」
 木こり男はどれだけ怒鳴られても、ただまっすぐこちらを見つめていた。そして俺という人間を確かめ終えたかのように、角材を運ぶ仕事に戻っていった。

 工場の奥の座敷に通され、座布団に座らされた。服にしわが寄るんじゃないかと気にする自分はひどく場違いだ。
 マンションを購入した時に渡された書類を広げていると、先ほどの木こり男がすぐそばに立っていた。
「あなたは、僕を、知っているんですか?」
 声まで似ている気がしてどきりとする。しかし男は少し知能が低いのか、のろのろと愚鈍な話し方をした。

「広告で君の写真を見たよ」
「こーこく……?」
 許可を取らずにネットに写真を上げたのかと訝しんでいると、ヤンキー風の作業着の女が、
「こいつ、ちょっと頭がおかしいんだよ。見れば分かるだろ? 適当に話を合わせてやれよ!」
 と食ってかかってきた。いや、男の態度よりキミのタメ口の方が驚きなんだけど。

 唖然としていると、別の女がお茶とお菓子をちゃぶ台に置きながら、
「動物園みたいでしょう?」
 としなを作って言ってきた。無意味な色っぽさだった。

 男は会話に混ざりもせず、ただ立ち尽くしてこちらを見ている。直人に一番似ているのは目元だ。背の高さも同じくらいかもしれない。しかし何より違っているのは体格だ。直人は今にも消え入りそうな薄い体をしていた。目の前の男はがっしりとして、胸や肩の筋肉の膨らみが服の上からでもはっきり分かる。ブルーカラーらしい力強い肉体。外見だけなら直人よりこの男の方がタイプかもしれない。

「君は丈夫そうだね」
「僕は死んだので、もう死なないのです」
 死んだ? 死なない? ヤンキー女の「適当に話を合わせてやれ」という言葉を思い出す。
「死なないのは良いね。君によく似た知り合いがいたんだけど、そいつは体が弱くて……」
「あなたと、僕は、知り合いですか?」

 男は純真な目で見つめてくる。直人とこんな風に向かい合って話したことがあっただろうか。記憶を辿ると、直人の背中や横顔ばかりが鮮やかに浮かんで消えてゆく。
「こうやっておしゃべりしたんだし、これから社長に工事を頼むつもりだし、知り合いなんじゃないかな」
 男に合わせてゆっくり話してやると、まるで白い花が開くような、邪心や翳りの全くない笑顔が輝いた。

「君の名前は?」
「深志、研です!」
 一番聞いてもらいたかったことを聞いてもらえた幼稚園児の大声に、こちらも微笑まずにはいられない。
「俺は藤田優馬。藤田、優馬」
「ふじたゆーまは、僕の、知り合いです!」

 この男は直人ではない。急に涙がこぼれそうになって唇を噛む。世界の果てまで歩いていっても直人にはもう会えないのだと、直人にありがとうと伝える機会を永遠に失ったのだと、知っている。それでも俺は、探し続ける。いつでも、どこでだって、直人を見つけ出す。

「こら! 仕事に戻れ!」
 木材のサンプルを抱えた社長に怒られて、深志研と名乗った男は鹿か山羊みたいに飛び跳ねて逃げていった。
「すみませんね、ちょっと変わった奴で。性根は良いし仕事も出来るんですけどね」
 深志研に居場所があることが嬉しかった。おかしなことを言っても、やっても、社長やヤンキー女が守ってくれるのだろう。敬語の使用も徹底して欲しかったが、あまりわがままは言えない。

 工事の打ち合わせを終えて稲庭工務店を出ると、深志研が体を半分隠してこちらを見ていた。
「深志研さん」
 さようなら、と言おうとして、やめた。
「今日はありがとう」

 手を振っても、深志研は動かなかった。
 優馬が視界から消えてしまうまで、直人にそっくりな物言いたげな目で、優馬の背中を見つめ続けた。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 10:38| ショートストーリー | 更新情報をチェックする