2017年09月07日

映画「秒速5センチメートル」感想



 作中で少年から大人になってゆく貴樹についての3つの物語。

 第1話「桜花抄」は、中学生の貴樹が好きな女の子に会いに、東京から栃木まで行く話。
 その子のことが大好きで、会いたくて、思いは胸にぱんぱんに膨らんで、でも約束の日、折悪しく関東は大雪に。
 遅れる電車。止まる電車。ずいぶん来たと思っても久喜駅で、まだそこ埼玉だよ!!
 栃木が冥王星みたいに遠く感じられ、数分が数時間に伸びてゆく。新海マジック。

 新海監督は「距離」と「時間」と「思い」の描き方が、本当に上手い。
 時速200キロメートルの乗り物と、時速100キロメートルの乗り物、1時間後に着いている場所は100キロメートル違うのだけれど、乗っている人間にとっては「1時間移動した場所」という感覚が最も強く残る。
 その1時間も、仲間とわいわい楽しくしていればあっという間だろうし、好きな人を寒い中で待たせているとなれば(私も経験がある)1分1秒が苦行のように体に刺さる。

 東京の中学生にとっての、栃木の遠さ。
 雪でダイヤが乱れた電車の不確かな速度。
 好きな人に会いたい気持ち。好きな人を待たせている痛み。

 観ている側も貴樹と共に、歪む距離、延びる時間、膨らむ思いをまざまざと体験することになる。
 切ない! 切ないよ!!

 第2話「コスモナウト」は高校生の貴樹に片思いする花苗のお話。
 貴樹はいつも栃木の女の子のことを考えているので、花苗の恋は上手くいかない。
 しかしそれ以上に、花苗が恋だけではなく「自分の進路も決められない」という部分が非常に切実で良かった。

 世の中のことも、自分のことも全然分からないのに、大人たちは決断しろと迫る。
 あやふやな今の自分の決めたことが、自分の人生を方向付けてしまうことを知っている。
 その責任の重さ。どこにいても心にのしかかる不安。
 高校時代の苦しさが鮮やかに蘇るし、この辛さはどの時代の高校生も変わらず味わうものだろう。

 恋と進路で悩んで暗い話になるかと思いきや、舞台が鹿児島県の種子島で、花苗はサーフィンをするから画面は明るく、これから美しく咲く花のつぼみのような前向きさが感じられた。

 第3話「秒速5センチメートル」は大人になった貴樹の話。
 栃木の女の子とは途中で上手くいかなくなってしまったようで、しかし他の女性をきちんと愛することも出来ない。
 東京で忙しく働きながら、ずっと誰かを探している。

 主題歌はみんな大好き、山崎まさよし「One more time, One more chance」
 この曲で探されている人はもう亡くなっていると私は考えているのだけど、相手は生きている、でも自分のものにはならない、というのは亡くなっているよりしんどいことなのかもしれない。
 会えないことを死のせいに出来ない。
 自分の間違いや未熟さを常に突きつけられる。

 「君の名は。」はこの第3話で描かれる喪失を救済するような話なので、古くからのファンが叫び声を上げた理由がよく分かった。
 「秒速5センチメートル」の方が現実的。
 でも人によるよね。私の人生は割と「君の名は。」に近いと思う。
 運命の人を見逃さなかった。
 「秒速5センチメートル」になっちゃった人は、来世に期待だ。
 まだ前前世なんだよ、きっと。

 新海監督作品の私小説的な部分、本当に素晴らしいと思う。
 「君の名は。」の脇役テッシーに説得力があるのは、それまでの「思春期描写の積み上げ」があってのことなんだなと。

 あと新海誠が色彩設計をすると、画面が本当に綺麗。
 今後、どうしても大きなプロジェクトになって、新海誠が色彩設計を全部やる訳にはいかなくなるだろう(「君の名は。」では別の人が担当している)
 その点でも貴重な作品だと思う。

 青春の甘酸っぱさ、切なさ、苦しさを思い出したくなったらぜひどうぞ。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 12:24| 映画・映像 | 更新情報をチェックする