2018年07月06日

映画「パンク侍、斬られて候」感想

 簡単に言ってしまえば、バカバカしい教義を持つ新興宗教が暴走する話。
 偶然とはいえ麻原彰晃の死刑が執行された日に見ることになり、感慨深かった。

 乗る電車が一本違っていたら、地下鉄サリン事件に巻き込まれていた、という友人がいた。
 別の友人は「大学の必修科目の宗教の時間に、先生がオウムの話ばかりする」と嘆いていた。
 後輩たちはふざけて、オウム真理教の信者がする踊りを踊っていた。
 あの時期、信者に限らず多くの人がオウムに熱狂していた。

 バカバカしい教義を持つ新興宗教の暴走、は私にとって全くバカバカしい話ではない。
 それは現実にあったことだ。
 原作者や監督がオウムを意識したかは分からない。
 そういう現象はオウムに限らずしょっちゅう起きることだから、何がモデルかはどうでも良い。

 バカバカしいほど残酷な現実から目をそらすために、人はいつでもバカバカしい何かに熱狂することを求めているのかもしれない。

 言葉、特にナレーションが過剰な映画で、それが不思議と心地よい。
 下手なやり方だと、
「言葉じゃなく映像で説明して!」
 と思っちゃうところだけど、
「ああ、この言葉は全部必要だ」
 と感じられた。

 私は「パンク」を「虐げられた者たちによる攻撃的表現」ととらえている(正しい定義かは分からない)
 その意味では、白痴の超能力者であるオサムが最もパンキッシュであるような気がした。
 彼の異常な怯えや愚かさには説得力があり、一番強く感情移入した。

 二年前、天下無敵のムービースターであるところの綾野剛に恋をし、作品を色々見ているうちに、私は映画やテレビドラマに飽きてしまった。
 「盛り上がりの型」のようなものを感じ「もうそれお腹いっぱい」という気分になってしまったのだ。
 「パンク侍、斬られて候」はそういう型を利用しつつ、程よく壊してもいて、楽しく見ることが出来た。
 こういう作品に出てくれてありがとう、という気持ち。

 今回は脱がない(よね?)けど、お尻はいっぱい出していた(よね?)
 
posted by 柳屋文芸堂 at 19:57| 映画・映像 | 更新情報をチェックする