2018年07月22日

ミュージック・マカロン(「蒼衣さんのおいしい魔法菓子」二次創作)

 服部匠さんの「蒼衣さんのおいしい魔法菓子」のシェフパティシエである蒼衣さんが作ったお菓子を、私の小説「翼交わして濡るる夜は」の登場人物である司と翼が食べるという二次創作。ミュージック・マカロンは柳屋文芸堂の創作魔法菓子です。

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「出張のお土産」
 箱を開くと、真っ黒いマカロンが並んでいる。
「黒だけ?」
「食べてみてよ」

 司はこれを名古屋市近郊の住宅街にある洋菓子店で買った。
「音符草の実のコンフィチュールが挟んであります。一口囓ると、その人が一番好きな音楽が聞こえて来るんです」
 パティシエが勧めるまま試食をすると、まるで目の前で弾いているかのように翼のピアノの音が鳴り響いた。思わず店内を見回す。ピアノはなく、もちろん翼もいない。急激に寂しさがこみ上げて、司は大慌てで東京に帰ってきた。

 翼はマカロンをつまみ、大きく口を開けてぽいっと放り込んだ。
「どう?」
 味を確かめる顔でモグモグしていたが、突然立ち上がって電子ピアノの前に行き、弾き始めた。

 それは司の知らない曲だった。美しい、不安を誘う主旋律を、あたたかい和音が支える。悲しげな高音が加わって、主旋律と会話するようにからみ合い、明るく転調して消えてゆく。

「これ、僕の音楽でも司の音楽でもないよ」
「え?」
「重た〜い!」
「マカロン、胃にもたれた?」
「違う! このお菓子を作った人の人生が! 重たい! こんなの一箱食べたら交響曲が出来ちゃうよ」

 マカロンと一緒にもらったカードを見て、店の名前が「魔法菓子店『ピロート』」であることを知った。スマホで検索し、パティシエの顔写真を翼に見せる。
「この吸血鬼のほう」
「なんでコスプレしてるの?」
「マカロンを買った時は普通の人間だった」
「線の細い美形だね。生きていくの大変そう。めんどくさい男は司だけでお腹いっぱい〜」

 翼はいつもこうやって自由に曲を奏でるけれど、それを録音したり譜面に残したりすることはない。お菓子や料理と同じ、今この瞬間だけ味わえる音楽だ。

「マカロン、もう一個ちょうだい」
「交響曲を作曲するの?」
「ううん、美味しいから」
 司がマカロンを差し出すと、翼はピアノを弾きながらあーんと口を開けた。いつでも翼は無防備な表情を平気でする。

「あ、今度は司の曲が聞こえる」
 司が洋菓子店で聞いた、翼がよく演奏する曲だ。
「翼が一番好きな曲?」
「うーん、心のこもった音楽ならだいたい全部好きだよ」

 司ももう一つマカロンを食べた。心の中と体の外側で同じ音楽が響いて、全身が翼のピアノに支配される。怖いくらいの感覚。でも翼が生み出す音だから、全然怖くない。

 翼は三つめのマカロンを食べながら言った。
「名古屋ってみそ味のものしかないと思ってたけど、こんなおしゃれなお菓子もあるんだねぇ」
「名古屋の人に謝った方が良いと思うよ」

(おしまい)
posted by 柳屋文芸堂 at 11:18| ショートストーリー | 更新情報をチェックする