2018年12月28日

文学賞への投稿を中心にしていた頃と、現在の活動について

 20代の頃は、小説を書き上げたらまず文学賞に投稿していた。賞の結果が出た後に、同人誌即売会で頒布する。賞をもらえれば賞金が嬉しいし、もらえなかったら「もっと頑張ろう」と思える。それはそれで悪くない日々だったのだけれど、疑問もあった。

 さらにさかのぼって10代の頃、私は漫画家になりたかった。雑誌「りぼん」のまんがスクールに投稿したこともあるのだが、これがすごかった。投稿した全員に、

☆批評用紙(投稿作品の良い点・悪い点をチェックシートで評価。コメントも付く)
☆漫画の描き方を漫画で解説している冊子
☆プロ漫画家の原寸大複製原稿。解説付き。
☆枠線を引くための定規
☆投稿するたびスタンプを押してもらえるカード(表紙は当時新人だったさくらももこのイラスト)

 覚えているだけでこれだけ送られてきた。評価が低かった悲しみなど吹っ飛ぶほど、魅力的な品々だった(りぼんまんがスクールは現在でもほぼ同じ形で続いているようです→特典の説明ページ

 これに対して文学賞は、一次選考を通過しなければ、読んでもらえたのかも分からないものが多い。何が悪くて落とされたのか、書き手には通知されない。「もっと頑張ろう」と思っても、どこを直し、どこを伸ばせば良いのか、目標の立てようがなかった。

 文章修行は文学賞に投稿する前に文学部や文芸学校でやってこい、ということなのかもしれない。しかし必ず下読みはするのだろうから、簡単なコメントくらい返しても良いのではないか。費用がかかるというのなら、希望者からお金を取ったって良い。

 文学賞の「反応のなさ」に虚しさを感じ、私は投稿をやめてしまった。

 文学フリマなど、小説を売りやすい即売会が増えたこともあり、私の活動の中心は同人誌即売会になった。会場やツイッターでもらう感想は、執筆の励みになる。褒め合いになりがち、という欠点はありつつも「直すべきダメな部分」より「伸ばすべき良い部分」を意識する方が大事、とも思うようになっていた。

 今年、久々に文学賞に投稿してみた。再び投稿中心の生活に戻そうというのではない。同人誌即売会で反応を受け取れるようになったから、文学賞の沈黙が気にならなくなったのだ。私がやりたいのは、文章を書くこと。小説でもエッセイでも構わない。同人誌でもネットでも、自由に書いて自由に発表していきたい。

 私はタフな読み手ではなくて、沢山の同人誌を買うことは出来ないのだけれど、同人誌即売会で出会う人たちのことを「創作仲間」だと勝手に思っている。

 みんな、大好きだよ。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:58| 同人活動 | 更新情報をチェックする