2019年08月02日

映画「天気の子」感想

私「天気の子、みんなけっこう見に行ってて、ネタバレツイートをよけるのが大変になってきた〜!」
D「(ネット検索……)近所の映画館でもやってるみたいだね」
私「今日これから行くというのはどう?」

 という訳で、レイトショーで見てきました!
 午後8時以降の上映は1300円になると今回初めて知った(TOHOシネマズ)昼間より600円も安い! と思わず券売機の前で踊ってしまったよ。

 ネタバレしまくりの感想です。鑑賞後に読んでくださいね。



 雨の降り続く東京で、天気を操る能力を持つ少女・陽菜と、家出少年・帆高が、客の依頼を受けて空を晴れにする商売を始める。
 灰色の雲の下で暗くくすんだ、フリーマーケット会場、下町の民家の庭、都心の高層ビル群などが、陽菜の祈りによってみるみる日差しに包まれ、輝き出す。
 新海誠監督の真骨頂とも言うべき爽快な場面なのだけど、私はここが一番怖かった。

 努力ではなく神に与えられた不思議な力を使い、金銭を得る。
 これ、落語「死神」と同じ展開だ……!
 何の犠牲もなしに何かを得ることは出来ない。物語の中で登場人物たちの「収支」は合ってしまうだろう。
 予想通り、陽菜の肉体は失われる。

 しかし、そもそも陽菜の人生の収支は合っていたのか?
 彼女は何も悪くないのに、親を失い、貧しくなった(=生活のために晴れ女の仕事をしなければいけなくなった)
 現実の人生の収支はもともと「合わない」ものなのだ。
 物語の中で収支が合いがちなのは「そうあって欲しい」という人々の願いの表れに過ぎない。
 この世界は最初から、基本的に不条理だ。

 予告にも使われている、
「世界の形を変えてしまった」
 というセリフ。実際は、
「気候が変わってしまった世界を『直せたけど直さなかった』」
 というだけで、主人公たちが世界を変えた訳ではない。

 世界の形を変えたのは、森林伐採をし、排気ガスを出し、エアコンを使う私たちだ。
 急に反省してエアコンを止めたりしないで欲しい(熱中症で死ぬから)
 生き物には環境を変える力があり、人間のその力は特に強い。
 良い悪いではなく、そういう存在であるのを自覚して、私たちは生きていく必要がある。

 数千年前まで埼玉には「海辺」があった(縄文海進)
 あの結末はそれほど荒唐無稽なものではないと思う。

 私たちは限られた自然条件の中で、ほんの一刹那、生を許されているに過ぎない。
 そこで何を大事にするか。何を選ぶべきか。
 おのずと考えさせられるラストだった。

 ここまでがメインストーリーへの感想。
 「天気の子」は小ネタ満載で、そこも楽しかった。
 そちらの感想は別記事にしますね。

 続く!→この記事
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:21| 映画・映像 | 更新情報をチェックする