2015年07月05日

神様を信じられたら

 現在、私にとっての神様は、Dちゃんなのだと思う。
 信じているし、救われている。

 でもDちゃんは本当の神様と違って、不死身でも不変でもない。
 いなくなっちゃうかもしれない。
 心変わりするかもしれない。

 信じて頼りにするには、人間の体や精神は不確か過ぎる。
 だから神様や宗教が必要とされるんだろうな。

 私には信じている宗教がないから、もしひとりぼっちになったら、芸術を頼りにして生きていくと思う。
 芸術に触れて、寂しさや痛みを一瞬忘れ、一瞬忘れを繰り返して人生を終えよう。
 人類が長い時間をかけて積み上げてきたものだから、それくらいの力と量はあるはず。

 あんまり人を好きになり過ぎるのも不安なものだ。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:44| 恋愛 | 更新情報をチェックする

2015年05月24日

恋愛における役割分担

 同性愛用語で「タチ・ネコ」というのがあるけれど、
(性行為において、タチ:攻める役、ネコ:受ける役)
 異性愛でもタチ・ネコがあるんじゃないかな、と思う。
 女がタチ、男がネコのカップルとか、男女ともにネコとか。

 もっと言うと、タチ・ネコはあんまり固定しない方がうまくいくような気がする。
 性行為だけじゃなく恋愛全般で、片方がずっと能動的であり続けたり、受動的であり続けたりするのはしんどい。
 デートの行き先を常に男が決めるとか、多少の不満があっても女は我慢し続けるとか。

 今時そんな男女いない、と言われるかもしれない。
 でも私はずいぶん長い間、
「受動的でいないと、男の人はイヤなんじゃないかな?」
 と考えていた。

 好きな男に、
「受動的でいなさい」
 と命令されたことなんてない。
「女なんだから『女役=受ける役』でいなきゃいけないのかな?」
 と、自分で勝手に思い込んでいたのだ。

 恋愛のやり方なんて、誰も教えてくれないし。

 10年の結婚生活を含め、好きな人との付き合いで私が学んだのは、
「思い込みは、事態を悪化させることはあっても、解決することはない」
 男だから、女だから、というのはいったん忘れて、相手と真剣に向き合った方が良い。

 自分もその人も世界でただ一人の人間で、一般論なんて役に立たない。
 問題が起きたらそのつど二人なりの答えを出していかなければいけない。
 面倒でも、そうやって相手を知って、自分のことも知ってもらって作り上げた関係は、たとえようもないほどあたたかい。

 人間はどうして「役割」にこだわっちゃうんでしょうね?
 毎回考えるより、役になり切った方が決定が早くてラクだから?
 役に不満を持ってイライラがつのる方が大変な気がするんだけどな。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 01:02| 恋愛 | 更新情報をチェックする

2015年03月29日

夫婦の異常な愛情

 母親から、
「あんたが子どもの頃、××くんのお母さんは○○さんのお父さんと付き合っていたのよ」
 などと、近所のおじさん、おばさんの不倫話を聞かされたりすると、もうこっちもおばさんになっているというのに、
「大人って……」
 と裏切られた子どもみたいな気持ちになってしまう。

 お母さんやお父さんの女の顔、男の顔ってあんまり知りたくないですね。
 他人の親であっても。

 しかし「結婚して10年経った人間」として考えてみると、配偶者以外の人にちょっと心が移る時がある、くらいが普通かもしれない。
 私とDちゃんはかなり熱烈に愛し合っている。
 時間が経っても減衰していかないところが狂気めいている。

 長い期間、一定の強度で同じ人間を愛し続けるのは、異常と言っても良い部分がある。
 短い期間で情熱的な恋に落ちるより、熱の総量が圧倒的に大きい。
 相当しつこい人間にしか出来ないんじゃないか。

 世間的にはそういう「異常な愛情」を持った夫婦の方が「普通」とされ、時々心が浮つく「並みの愛情」では道を外れていると見なされる。
 そう判断されるとキツい人もいるだろうな、と想像する。

 一番辛いのは「異常な愛情」を持った人と「並みの愛情」しか持たない人の組み合わせではないか。
 一途さを求めるのも強要されるのも苦しそうだ。
 量の多寡を気にせずに、互いに向けられた愛情に満足出来たら良いのだけど。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 22:21| 恋愛 | 更新情報をチェックする

2015年03月25日

結婚という制度

 旦那さんや奥さんに冷たく出来る人は、結婚を信じているんだなー と思う。
 私は結婚の外側で生まれたせいか(婚外子)結婚を単なる割引制度(働き方によっては税金や年金の支払いを減らせる)くらいにしか思っていない。
 一緒にいる理由がなくなったら、簡単に解消されてしまうもの。
 ポイントカードを捨てるみたいに。

 そう考えているからこそ、Dちゃんを大事に出来たとも言える。
 でも、冷たくしたって酷いことを言ったって、ちょっとやそっとで壊れるもんじゃない、と鷹揚に構えられたら、それはそれで心安らかだろうな、と羨ましくなる。

 私はいつだって、失うのが怖い。
 絶対に失いたくない。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 01:26| 恋愛 | 更新情報をチェックする

2014年12月23日

くっつく

 今日はDちゃんとデートだった。
 仕事が忙しくてあまり一緒に出かけられないので、デパートでちょこっと買い物するだけでも嬉しい。
 日付からして当然のことながら、東京の街は人でギュウギュウ。
 はぐれないように腕にくっついて、でもずっとそのままだと周囲の人に迷惑になることがあるから時々離れて、視線だけでDちゃんを必死に追って、また慌ててくっつく。

 くっついてなくてもはぐれないから、家は良いなぁ。
 はぐれなくてもくっつきたいから、Dちゃんに足をくっつけて寝よう。
posted by 柳屋文芸堂 at 21:37| 恋愛 | 更新情報をチェックする

2014年11月13日

恋愛における顔って何なの

 好きな人と一緒に暮らしていく上で、食べ物の好みや生活リズム、金銭感覚など合っていないと困ることって沢山あって、顔が綺麗か格好良いかなんて本当にどうでも良いような気がする。
 それなのに恋愛の段階であれだけ顔について騒ぐのはいったい何なんだろう?

 顔さえ好みなら他が全部ズレていても我慢出来るということか。
 確かに何もかもぴったりの人に会える人なんていないと思う。
 でも顔が何か解決してくれるのかなぁ……

 何もかもぴったりで、顔だけ全然好みじゃない人、というのを想像してみる。
 ベッドの隣でぐーぐー寝ている訳ですよ、その人が。
 それはそれで何だか空恐ろしいな。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:43| 恋愛 | 更新情報をチェックする

2014年08月28日

寂しさの観測

「Dちゃんがいないと寂しい」
 という気持ちをDちゃんに分かってもらいたいけど、Dちゃんがそばに来れば私は寂しくなくなってしまうので、Dちゃんに寂しさを見せることは出来ない。

 見せられなくても「寂しさ」は存在する。
 たっぷりと。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:28| 恋愛 | 更新情報をチェックする

2013年09月28日

逢いたくて

 Dちゃんとは末永く一緒にいたいと思うけれど、
「過労サラリーマンの妻」
 という仕事は辞めたいなぁ、と時々思う。

 今日なんて帰って来たのAM2:30だよ。
 待っているだけでヘトヘトになってしまう。
 私は「一人で先に寝る」というのがどうしても出来ないのだ。

 Dちゃんを待っている間ずっと、
「Dちゃんの会社に火をつけたい」
 と考えている。

 警察に捕まったら、
「火事になったら帰って来てくれると思った」
 と供述しよう。
posted by 柳屋文芸堂 at 03:53| 恋愛 | 更新情報をチェックする

2013年09月26日

Dちゃんのことが好きだ

 Dちゃんと結婚して9年経った。
 結婚前は、
「あんまり長く一緒にいると、愛が冷めちゃったりするのかしら」
 と心配していたけど、全然そんなことなくてホッとしています。

 平日にDちゃんの会社の近くに行ったら、
「偶然ばったりDちゃんに会えないかなぁ。会いたいなぁ」
 とキョロキョロする。

 寝る時はDちゃんの二の腕におでこを押し付ける。
 朝起きたらDちゃんの背中におでこを押し付ける。

「結婚とは○○である」
「夫婦とは△△である」
 なんて言説は一切信じない方が良い。
 一人ひとりが全く違う性格を持っているのと同じように、その組み合わせである夫婦も、結婚生活も、他のどこにもないオリジナルなものなのだ。

 Aさん夫婦で上手くいったケンカの解決法が、Bさん夫婦の関係を決定的に壊すことだって十分あり得る。
 その場その場で二人が真剣に考えてやってゆくより他ない。

 Dちゃんとは、そんなに苦労しなくても仲良くやっていける。
 そういう相手が見つかって、本当に良かったと思います。

 白髪が増えたり豊齢線が深くなったりしても、
「Dちゃんとおそろい!」
 と思うと幸せ♪(同い年なのでだいたい同じように老けてゆく)
posted by 柳屋文芸堂 at 02:16| 恋愛 | 更新情報をチェックする

2013年09月08日

キザ普及委員会(会報)

 「理屈っぽい」と同じように「キザ」もあまり良い意味では使われないですね。
 私はゾクゾクするほど好きなんですけど……

「もっとキザなことを言う人が増えれば良いのに」
 とDちゃんに言ったところ、
「キザなセリフだけでなく、お願いとか苦言とか『言いにくいこと』を言うためには高いコミュニケーション能力が必要なんだよ。みんな日常会話だけで手一杯なんだから、キザさまで求めるのは無理」
 とのこと。

 でもさ、言葉を使わない「キザ」もあるよね。
 アラーキーが小さな紅葉した葉っぱを一枚だけ封筒に入れて、奥さんの陽子さんに送った「手紙のない手紙」の話とか、しみじみとキザで素敵だと思う。
 「センチメンタルな旅・冬の旅」という写真集にこのエピソードが入ってます。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:55| 恋愛 | 更新情報をチェックする