2017年01月26日

「一所懸命」「一生懸命」問題

 「一所懸命」「一生懸命」どちらを使いますか?
 新聞や雑誌、放送の世界では「一生懸命」に統一しているそうですが、小説家の文章では「一所懸命」の方をよく見るような気がする。

 辞書(広辞苑)を引くと、

いっしょ‐けんめい【一所懸命】
1、賜った1カ所の領地を生命にかけて生活の頼みとすること。また、その領地。太平記33「―の地を没収せらる」
2、物事を命がけですること。必死。一生懸命。「試験を控えて―に勉強する」

いっしょう‐けんめい【一生懸命】
イッショケンメイ(一所懸命)の転。


 とあるので、一所懸命の方が古く、元々の意味を保った漢字が使われていることが分かる。

 私はこの言葉、「一所懸命」「一生懸命」どちらであるかという前に「いっしょうけんめい」という音なのです。
 だから「一所懸命」だと「『う』が足りない」という気持ちになるので「一生懸命」の方を使います。
 本当なら「いっしょうけんめい」と表記したいくらいなのだけど、ひらがなだと意味が拡散していく気がするし、何だかいっしょうけんめい感が出ないし……

 「一所懸命」を使っている人たちは「『う』が足りない」という気持ちをどうしているのだろう、と思っていたら、先日、関西の芸人さんのトークの中で、
「いっしょけんめいに」
 という発音を聞いて「あっ」と思った。

 もしかして「いっしょうけんめい」って関東訛りなのか?
 地域までは限定出来ないけれど「いっしょけんめい」という発音に違和感がある人とない人がいて、それによって「一生懸命」派と「一所懸命」派に分かれているという仮説。
 まあ習慣で選んでいる人がほとんどだと思いますが……

 「いっしょけんめい」と発音する人、どれくらいいるんだろうなぁ。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 13:58| 言葉 | 更新情報をチェックする

2017年01月01日

歳時記を買ってみた

 現在、俳句の本を読んでいて、

芸人と俳人 -
芸人と俳人 -     ←これ

 歳時記に興味を持ち、買ってみました。

合本俳句歳時記 第四版 -
合本俳句歳時記 第四版 -  ←これのアプリ版

 簡単に言えば季語辞典ですね。
 意味に加えて関連する単語や俳句の作例が載っているのが面白い。

 歳時記を使いこなして、文章で表現出来るものを深く、細やかにしていけたら良いなと思う。
 今年も心を満たしてくれる言葉をたくさん見つけられますように。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 20:58| 言葉 | 更新情報をチェックする

2016年04月14日

何故、方言を勉強したことがなかったのか

 現在、諸事情あって熊本弁にハマっています。
 創作仲間のまりもさんに教えていただいた、
「ヨシおっちゃんの熊本弁講座」
 がすっごい面白いの!!



 私は方言に対する憧れが強い。
 それなのに、今まで一つも真剣に勉強したことがなかった。

 どうしてかな、と考えてみると、
「方言はその地方出身(もしくは在住)の人しか話しちゃいけない」
 という思い込みがあったのです。

 下手な関西弁とか、関東人でも聞けばアクセントの違いで、
「この人ネイティブじゃない!」
 って分かりますよね?
 そういうのって嫌だな、自分はやりたくない、とずっと思っていた。

 しかしこの間、偶然放送大学のラテン語講座を聴き(他に面白そうな番組がなかったんだよ……)
 その先生が、
「ラテン語が母国語という人はいませんので、発音を間違えても怒られません」
 と言っていて、あーそれ羨ましい! と思った。

 方言は「母国語」とする人が身近にいるから、かえって使えないんだ。
 「完璧に話す」と「一切話さない」の二択。
 外国語は勉強するし、海外旅行に行ったら下手なりに話したりするのに。

 たとえ間違えても、憧れている異国の言葉を学ぶように、方言を練習してみても良いんじゃないか。
 そんな訳でDちゃんに、
「あとぜきせんかい!」
 と叫んだりしています(開けた戸を閉めろ、という意味らしいです。便利ですね、これ)
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:27| 言葉 | 更新情報をチェックする

2016年02月23日

「頑張る」とはどういうことか

 私はこれまで、
「頑張る」
 という言葉は、
「それにかける手間や時間を増やすこと」
 だと思っていた。

 たとえば、
「漢字の練習を頑張る」
 だとしたら、
「ふだんノート1ページしか埋めないところを、3ページ埋める」

「テスト勉強を頑張る」
 だとしたら、
「ふだん1日20分しか机に向かわないところを、2時間に増やす」
 という風に。

「小説書きを頑張る」
 となると漢字の練習のように単純ではなくて、魅力的な小説というのはどういうものなのか考えたり、自分の書いた文章が読みやすくなっているか確認したり、まあやることは無数にあるのだけど、
「『小説を書く』という行為のために、頭や指を動かす時間を増やす」
 と考えれば基本は勉強と同じ。

 と、ここまでが私の「頑張る観」
 しかしどうも世間の認識は私とズレているらしく、頑張っているつもりなのに「頑張れ」と言われたり、意味をつかめない「頑張る」を見聞きして「えっ?」と驚いたり、混乱することがよくあった。
 最近になって、

「頑張る」=「無理する」

 だと考えた方が色々腑に落ちると気付いた。

「テスト勉強を頑張る」
 は勉強時間を増やすというより、睡眠時間を減らしたりして、
「勉強のために無理をしている」
 と自分や他人に感じさせる方が大事なのだろう。

 東日本大震災の後にさかんに言われた、
「がんばろう日本」
 という言葉も、見るたび、
「何を頑張るの……?」
 と思っていたのだけど(そんなこととても言える雰囲気じゃなかったが)

「無理しよう日本」
 だったのだ、と考えれば、まあ多少納得がいく。
(言われなくたって無理することになるのに何故わざわざ、という疑問は残るが)

 精神病の人に、
「頑張って!」
 が禁句、というのもよく聞く話で、これも、
「無理して!」
 なら、そりゃ言っちゃダメだよなと分かる。

 他にも、
「いつもより集中してそれを行う」
 とか、「頑張る」の定義は人によって違うのかもしれない。

 けれども多くの日本人にとって、
「苦しい修行に耐えている」
 という満足感こそが、
「頑張る」
 であるような気がする。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 17:07| 言葉 | 更新情報をチェックする

2015年12月08日

言葉の可能性と、自分の言葉の拙さ

 88の短編が収録されている、同人誌即売会Text-Revolutionsアンソロジー「再会」の感想を作者の方々に送ったのですが(全員じゃないですごめんなさい。全部に感想書いた森村さんと凪野さんほんとすごい……)
 言葉が持つ可能性と、自分が使える言葉の貧しさを改めて実感しました。

 私が素敵だと感じる作品って、たいてい「言葉では言い表し切れないこと」が書いてある。
「あなたの文章を読んでいる時に、心にモヤ〜ッと出てきたコレ、コレが良かったのよ!」
 というのが私にとって最も正確な感想なんだけど、こんなこと言われても作者は「は?」だよね。

 仕方ないのでこの「モヤ〜ッ」を「優しかった」とか「美味しかった」とか、どうにか言葉に置き換えて伝える。
 でも全部近いけど違うんだよね。
 大事なのは「モヤ〜ッ」なんだよ。
 自分の気持ちなのに、誤訳することしか出来ない。

 言葉を並べていくと「言葉では言い表し切れないこと」がポロポロこぼれていく。
 私が伝えたいのはまさにその「言葉では言い表し切れないこと」なのに。

 言葉って本当に不思議。
 「再会」を一冊読むだけで、言葉によって表現出来ることがどれほど深くて広いか、よく分かる。
 何しろ88人分の技が見られる訳だから。

 それなのに私が使えるのは、そんな言葉の可能性の、ほんの一部分だけなのだ。
「この言葉とこの言葉は使っちゃダメよ」
 と誰かに禁止されたりしてないのに。

 どの言葉も自由に使って良いのに、全然自由に使えない。
 これって変な感じがしませんか?

 もっとちゃんと言葉を使えるようになりたい。
 何十年もそのことを考えているのに、なかなか上達しないなぁ。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 11:02| 言葉 | 更新情報をチェックする

2015年10月13日

中国人旅行者に話しかけられた

 電車を乗り間違えた中国人旅行者に話しかけられ、カタコトの英語と、メモ帳に書いた記号と漢字と、歌舞伎役者並みに激しい身振り手振りでどうにか正しい乗り場に導いた。
 もっとスマートに対応したかったなぁ。
 案外、日本語で普通に説明した方が通じたのかも。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 02:45| 言葉 | 更新情報をチェックする

2015年07月31日

「私生児」という言葉

 私は「私生児」という言葉が大好きです。
 すごくロックな感じがしませんか?!

 実際に「結婚」という社会の枠の「外側」で生まれたわけで、
「私の存在自体が、既成の価値観の否定なんだわ……!」
 とか考えると幸せでしょうがない。

 天賦のものの中で一番気に入っている。
 努力が苦にならないとか、太りにくい体質(これは明らかに母譲り)とかも、まあ便利だけど。
 そういうのは、そんなに珍しくないからね。

 「私生児」は差別用語で、最近は滅多に見かけない。
 枠の中に入っていたい人には不愉快な言葉なんだろうな。
 非嫡出子や婚外子だって、差別的に使えば差別用語だよ。

 沢山の言い換えが存在する、というのは差別用語の特徴だと思う。
 ある言葉に差別的なニュアンスがあり、それを避けるために新たな言葉を使うようになり、しかしそれにも差別的なニュアンスが感じられるようになって…… の繰り返しでやたらに同じ意味の単語が増える。

 頻繁に使われた時期がそれぞれズレるので、言葉に特定の時代の雰囲気が出るのも良い。
 「私生児」は昭和の前半かな。
 太宰治「斜陽」に出てくる印象が強いから。

 そう、もはや古い文学でしか見ない、というのも好きな理由の一つ。
 私は文学的存在なのね……!(うっとり)
 別に反逆のためでも文学のためでもなく、うっかり作っちゃっただけなんだろうけど。

 人間以外の生き物は、みんな私生児なんだよな(結婚という制度がないから)
 と考えると、人間のこだわりって面白いですね。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:52| 言葉 | 更新情報をチェックする

2015年06月17日

接客技術としてのオネエ言葉

 近所のチェーンのクリーニング屋さんは安かろう悪かろうで仕上がりがイマイチなので、少し離れたところにある個人経営のお店にお願いすることがある。
 集配サービスを利用するのだけど、来てくれるおじさんがちょっとオネエ入ってる。
「〇〇ランドリーでっすぅ〜♪」
 って感じ。

 でもこの人、100%オネエという訳ではない。
 クリーニングに出す服を確認したり、お金のやり取りをする時、つまり客である私と話している間だけ、オネエっぽくなる。
 料金を計算するための機械をいじりながらつぶやくのは、落ち着いた男言葉。
 おそらく素に戻っているのだろう。

 オネエであることを隠している人が、驚いた拍子に素に戻って女っぽい叫び声を上げる、というのはよくありそうなことだけれど、このクリーニング屋さんはその逆。
 もともと普通の男性で、女性のいる家を訪問して商売するにあたり、警戒感を持たれない接客を…… と心がけた結果が「オネエ」だったのではないか。

 確かに男性的な態度を取られるよりリラックス出来る。
 家にDちゃん以外の男の人が来ると、怖くて疲れるから。

 オネエ言葉は一部の人たちの特殊な言葉ではなく、全ての男女にとっての宝だと思う。
 女性を相手にする営業の人は練習してみたらどうか。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:13| 言葉 | 更新情報をチェックする

2015年01月04日

BLにおける「関係性」

 BLについての文章によく出てくる「関係性」というのが、何度説明を受けても理解出来なくて困っていたのだけど、ネットで見つけた、

 BL研究「属性が生みだした闇」

 という記事を読んでようやく少し理解出来た。
 「関係性」が理解出来た、というより、「関係性」を理解出来ない理由が理解出来た。

 私は人間関係を属性と属性のかけ合わせで考えることが出来ないのだ。
 たとえA君がツンデレでB君がサディストだったとしても、
 唯一無二のA君と唯一無二のB君の関係
 しか考えられない。

 ツンデレのC君とサディストのD君というもう一組のカップルがいたとして、
 A君とB君の関係 と C君とD君の関係
 は全く違うものになる。
 A君とB君とC君とD君はそれぞれ固有の性格や外見や人生経験を持っているはずだから。

 しかし関係性について語る人々は、A・B、C・D両方の関係を「ツンデレとサディスト」という属性と属性のかけ合わせで説明し始める。
 そんな風に人間の一部分を抽出することに何の意味があるのか、分からなかったのだ。

 その方が書きやすく、買いやすく(選びやすく)、読みやすい、のか……

 私は「人間と人間の関係」に強い興味を持っているので、もしかしたら「関係性に萌えている」という状態に当てはまるのかもしれない。
 しかしそれを属性で説明された途端、違和感を感じ始める。

 私は人間や人間関係を単純化して考えたくない。
 底知れないものを、底知れないものとして、そのまま受け入れたいのだ。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:25| 言葉 | 更新情報をチェックする

2014年10月18日

バンカラとハイカラ

 バンカラって、ハイカラの対義語として作られたそうですね。
 全然関係ない言葉だと思っていたのでびっくりしました。
 明治時代に流行したようで、広辞苑には、

 幸田露伴 天うつ浪「銭のある時はハイカラになり銭の無い時は蛮カラ」
 夏目漱石 彼岸過迄「上はハイカラでも下は蛮殻(ばんから)なんだから」

 という例文が出てくる。

 そもそも最近は、バンカラ、ハイカラという言葉そのものに馴染みのない人が増えているのだろうか。
 私は「バンカラ→かまやつひろし(我が良き友よ)」「ハイカラ→はいからさんが通る」が思い浮かびます。
 もはやどっちも大昔の作品だよなぁ……
posted by 柳屋文芸堂 at 02:02| 言葉 | 更新情報をチェックする