2015年12月12日

いつでも、どこでも

 尊敬出来る人を見つけること。
 その人から沢山学ぶこと。
 尊敬しているからといって、その人に完璧を求めないこと。
 人間なのだから。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 03:09| 考え | 更新情報をチェックする

2015年11月17日

「何かを強く否定する」ということは

 権威を強く否定する人が、権威を求めていたり、
 男女差別を強く否定する人が、男は強いと信じていたり、
 不平等な社会を強く否定する人が、不平等な社会を築き上げてその中で強者になったり、
 世の中は矛盾だらけだ。

「何かを強く否定する」
 ということは、
「その何かに強くこだわっている証拠」
 なのだから、当たり前といえば当たり前の話。

 しかし私は長い間、この原理が分からなくて、そういう人たちに出会うたび、
「何なの??」
 と戸惑っていた。
 本人たちは矛盾に気付いていない様子で、ためらいもなく主張をするから、気圧されてしまう。

 こういう矛盾は何かを生み出すのだろうか。
 周囲を困惑させ、本人たちの心をじわじわと窮屈にするだけなんじゃないか。

 私の中にもこういう矛盾があるのかもしれない。
 何かを強く否定しそうになったら、その何かに強くこだわっていないか、そのこだわりが自分を不幸にしていないか、冷静に確認するようにしよう。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 11:51| 考え | 更新情報をチェックする

2015年11月04日

年齢と能力

 同人活動をしていると、自分より年下のすごい人に沢山出会って、
「老いては子に従え」
 みたいな気持ちになっている。
 まだ38歳なのに。子供もいないのに……

 実際には、年齢に関係なくすごい人はすごいし、すごくない人はすごくないんだろうな。
 当たり前だけれども。

 年齢を重ねることで、知識や経験を増やせるのは確か。
 一方で、あらゆることをどんどん忘れていくし、感性は鈍くなっていく。
 成長しつつ退化する日々。

 若い人は知識や経験が少ないが、成長しやすく退化しにくい。
 年を取った人は知識や経験は一応あるが、成長しにくく退化しやすい。

 どちらかが圧倒的に有利という訳ではない。
 ただ年齢に負けないためには、退化を超える成長をし続ける必要がある。
 そう考えると、年を取るのは大変だな。

 年上だ、というだけで偉そうな態度を取る人にもし出会ったら(割とよく出会うよね)
 その人は退化を勘定に入れていない愚か者か、退化を直視出来ない臆病者だ。
 無視して良いよ。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:10| 考え | 更新情報をチェックする

2015年10月14日

世の中の不思議な法則

 お金にしろ、労力にしろ、出せば出すほど、
「ありがとう」
 より、
「もっと出せ」
 と言われることの方が多くなる。

 お金も労力も、ここぞ、という時以外はなるべく出さない方が良いな。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 03:07| 考え | 更新情報をチェックする

2015年07月12日

反抗の意味

 ロックやパンクはかつて、反抗を表明するための音楽だった。
 けれども一般に普及してしまった現在では、ただの音楽ジャンル名だ。
 それらを演奏しても、別に反抗にはならない。

 小説や漫画の性描写も、かつては反抗を表していたのかもしれない。
 今では性描写がありふれたものになり、登場人物たちが性的な行為を行っている、ということを示すだけで、それ以上の意味は持たない。

 かつて反抗の表現とされていたものをやれば、今でも反抗の行為になると信じている人が時々いて、驚く。
 反抗というのは相対的なものなので(既存のものがまずあり、それに反抗するものが現れ、それがまた既存のものになってゆく)反抗し続けたければ、永遠に新しいものに乗り換え続けなければいけない。
 
 反抗のために何かをしても、あっという間に反抗の意味が消えてしまう訳で、けっこう虚しい。
 私はもっと普遍的なものが欲しい。

 もちろん反抗の意味を持たなくなったロックやパンクや性描写でも、それ自体に魅力があれば何の問題もない。
 むしろそこからが本当の始まりだと思う。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:55| 考え | 更新情報をチェックする

2015年07月04日

夫婦ってみんな違う

 子供が欲しいと思っている奥さんと、子供は欲しくないと思っている旦那さん
 子供が欲しいと思っている旦那さんと、子供は欲しくないと思っている奥さん

 旦那さんも家事をやって欲しいと思っている奥さんと、仕事に専念したい旦那さん
 奥さんも外で働いて欲しいと思っている旦那さんと、働かずに家事に専念したい奥さん

 収入の多い奥さんと、収入の少ない旦那さん
 収入の多い旦那さんと、収入の少ない奥さん

 趣味に時間やお金を使いたい奥さんと、趣味はムダだと思う旦那さん
 趣味に時間やお金を使いたい旦那さんと、趣味はムダだと思う奥さん

 他にも親の介護をするか、家の中がどれくらい綺麗じゃないとイヤか、労働時間が長いか短いか、健康か病気か、等々、人それぞれに事情が違うのが二つ重なる訳で、夫婦というのは一組一組かなり違うし、それぞれ別の問題を抱えているのだと思う。

 それなのに、自分が知っている夫婦だけを見て夫婦について語る人が多いように感じる。
 たとえば危機を何度も乗り越えてきた夫婦がいたとして、現在危機におちいっている別の夫婦に適切なアドバイスが出来るかというと、無理だろう。
 個別の問題は個別に解決していくしかない。他人がどうこう言えるものじゃない。

 結婚している人たちは、
「夫婦は普通〇〇なはずなのに、私たちはどうして……」
 なんて考えない方が良い。夫婦に普通なんてないのだから。

 結婚していない人たちは、周囲の既婚者を見て不安や希望を抱いたりしない方が良い。
 あなたが見ている夫婦と、あなたが「なる」夫婦はまるっきり違うのだから。

 全組全部違うのだから。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:41| 考え | 更新情報をチェックする

2015年06月28日

三宅島のガイドマップ

 三宅島のガイドマップを持っている。
 たぶん、東京都内の島の特産品を集めたイベントで、三宅島のクサヤを買った時にもらったのだと思う。

「噴火の爪跡は島内各所で見ることができます。島全体がまるで火山博物館のようです。三宅島にお越しになった際には、地球の息吹を全身で感じてみてください」

 と書いてあって、
「三宅島、ポジティブだなぁ!!」
 と心打たれたのだけど、考えてみたら「日本」だって同じだよね。

「噴火の爪跡は国内各所で見ることができます。国全体がまるで火山博物館のようです。日本にお越しになった際には、地球の息吹を全身で感じてみてください」

 三宅島の避難指示が解除され、住民が島に戻ったニュースを見た時(2005年)
「どうしてわざわざ火山のそばで暮らそうとするんだろう」
 と疑問に思った。

 東日本大震災が起きた時に、ようやく三宅島の人たちの気持ちが少し分かった気がした。
 余震が続き、原発まで爆発したのに、国外に引っ越そうとまでは思えなかった。

 言葉、環境、制度、Dちゃんの仕事、実家の家族。
 私の根っこは良くも悪くも日本に深々と埋まっている。
 世界の基準で見たら三宅島と大して変わらない、火山国に住み続けるしかない。

 何もかもうっちゃって知らない国で暮らせたら、と時々夢見る。
 もちろん実現不可能なので、三宅島のポジティブさから学ぼうと思う。

 遠い場所で見つかるものもあれば、今いる場所でしか見つけられないものもある。
 きっと。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:26| 考え | 更新情報をチェックする

2015年05月31日

選ぶ力

 今は、情報や選択肢が処理しきれないほど多いから、
「自分にとって有益なものを選んでいく力」
 がかなり重要になっていると思う。

 何となく目の前にあるものを追っていたら、時間は吸い込まれるように消えてゆく。
 自分が求めているものと他人が求めているものは違うので、誰もあてには出来ない。

 私はいつも、これまでに見たり読んだり聞いたり経験したりしたものの中で、
「心に残っているのはどれか」
 をこまめに確認するようにしている。

 面白いと思いながら見たのに、意外に残ってないものもあるし、退屈だなーと感じながら読んだのに、場面がたびたびよみがえる、なんてものもある。
 そうやって、心に残るジャンルや人(作者など)や行動を選んでいく。
(心に残らないジャンルや人や行動を切り捨ててゆく)

 もし全知全能で死なない体なら、何もかも見たり読んだり聞いたり経験したり出来る。
 能力と時間には限りがあるから、選ばなければいけない(捨てなければいけない)

 選び方が、その人の頭や心を作ってゆく。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:36| 考え | 更新情報をチェックする

2015年04月28日

無知の知

 頭が悪い人って苦手だな、と時々思う。
 どんな人のことを「頭が悪い」と感じるかというと、
「自分は頭が良い」
 と信じている人。

「自分は物事を知っている」
 という自負があり、それだけならまだしも、その知識で人を攻撃したりする。
「自分には知らないことがあるのかもしれない」
 というためらいがないのだ。

 簡単にまとめると、
「頭が悪い人=無知の知を持っていない人」
 こういう人に何かを分かってもらうのって本当に大変なので、私は最初から関わらないようにする。

 学歴がないことを気にしている人に出会うことがあるけれど、私はそういう人たちを頭が悪いと感じたことはない。
 むしろ学歴コンプレックスに「知の泉」を感じたりする。
「高校や大学に行っていたら学べていたかもしれない知識が、自分には欠けている」
 という自覚が、知性になるのだ。
 学問のように体系的ではなくとも、必要な情報はその知性がちゃんと吸い寄せる。

 たとえ大学に通っても全知全能になれる訳ではなく、研究者ですら特定の分野に詳しくなるだけだ。
 全ての人が「知らないことだらけ」なのだから、全員しっかりと、
「無知の知」
 を持てば良いのになー
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:33| 考え | 更新情報をチェックする

2015年04月12日

脳みそのOS

 村上春樹の期間限定サイトの、
「主人公の生き方は、受動的なのか主体的なのか」
 という質問と答えが興味深かった(この記事

 ドイツ人の質問者が村上春樹の小説の登場人物を「受動的」ととらえているのに対し、村上春樹は、

「僕は彼らが受動的であると考えたことはほとんどありません。僕の小説の主人公たちの多くは、世界の流れを「既にそこに生じたもの」として観察し、捉え、その展開の中に自分たちを有効に組み込ませようと、静かに(そしてむしろ主体的に)努めているのです」

 と反論している。

 こういう降りかかる火の粉をはらうような主体性って、西洋人には分かりにくいものなのだろうか。
 トラブルが起きた時に、正しい対処法を即座に思いつき、迷いなく実行出来る人なんていないんじゃないかな。
「間違っているだろうか? もっと良い方法があったんじゃないか?」
 と不安に感じながらも、どうにか工夫して乗り切っていく、というやり方(生き方)が自然であるように私は感じる。

 ドイツ人の質問者が登場人物の生き方に疑問を持つのと同じように、私は「西洋的主体性」ってどんなものなのかなぁ、と不思議に思った。
 「強い意志」というものがあったとして、それが正しいという保証はどこにあるのだろう。
「自分で選んだからには、これが正しいんだ!」
 と信じて積極的に進んでいくよう、子どもの頃からしつけられたりするのだろうか。

 育った国や文化が違うと、同じ人間でも「脳みそのOSが違う」ような印象を受けませんか?
 考え方の基盤に、どれだけ説明されても理解しにくく、納得出来ない部分がある。
(OSはoperating systemでコンピュータの基本プログラム。WindowsとかMac OSとかUNIXとか)

 場所だけでなく時代でもそう。
 江戸時代に作られた歌舞伎や文楽だって、
「何でこんなことするの……?」
 と首を傾げてしまう展開がいっぱい。

 でも、すぐには分からなくても、色んな脳みそのOSについて知りたいなー と私は思っている。
 自分のOSでは動かなかったソフトが、別のOSでなら問題なく使えるかもしれない。
 一つの見方では八方ふさがりだった悩みが、別の見方をすることによって解決の糸口を見つけられたりするかもしれない。

 一人一人の脳みそのOSは、全部微妙に違うのだろう。
 小説の登場人物というのは、
「一つのOSの例(考え方の例、生き方の例)」
 を見せてくれるのだと思う。

 私は大島さん(「海辺のカフカ」の登場人物)やかえるくん(「かえるくん、東京を救う」の登場人物)を時々頭の中に呼び出して、自分の生き方はこれで良いかな、と確認する。
 村上春樹が質問に対する答えの中で使っている「ロールモデル」というのはこういうことなのだろう。
 完全に模倣するのではなく、生きていく時に参考に出来る存在。

 実を言うと一番呼び出し回数が多いのは村上春樹の作品ではなく、ジョージ・オーウェル「1984年」の主人公、スミスだ。
 あんなに希望を与えてくれる小説って他にないよね。

 人間は物語がないと動けない。
 コンピュータにOSが必要なように。
 たとえそこに大きな欠陥があったとしても。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:42| 考え | 更新情報をチェックする