2020年06月06日

第4回ペーパーウェル配信作品

yanagiya_paperwell.pdf
↑作品はこちらからダウンロード出来ます。

ボーイミーツガールのショートストーリー。ラミーサファリの万年筆が出てきます。
ウェブ配信のみ(ネプリ配信なし)です。
配信期間 6月6日〜終了未定 無償
モノクロ A4サイズ 折本ではなくぺらっと1枚

ペーパーウェルはコンビニのネットプリントを利用した同時配信企画です。
(第4回はウェブ配信のみでの参加も可能)
今回のテーマは私が大好きな「文房具」

第4回ペーパーウェル参加作品一覧

どんな作品に出会えるか、ワクワクしています♪
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:00| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2019年12月08日

真綿のはんてん

 木枯らし一号が吹いた次の日、七瀬さんから大きな荷物が届いた。
「何だろう」
「衣類って書いてある」
 包装を解き、司と一緒に箱を開けた。黒くてつやつやした布の上に、和紙の手紙が載せてあった。

 翼へ
 最初、久留米絣にしようと考えていたのだが、それだと目つきの悪い男に似合わないと思い、黒の正絹にした。中も真綿だから、クリーニングに出す時にはそのことを伝えて欲しい。
 耕一

「この『目つきの悪い男』って、俺のことだよね」
 司が手紙をにらみつけて言う。眉毛がぴくぴくしている。僕は笑いながら黒い布を持ち上げた。
「わぁ!」
 綿の入ったはんてんが二枚。
「あったかそう!」
 僕はすぐに着てみた。
「意外と薄いね」
 司は布の表面を撫でたり、重さを確かめたりして、なかなか着ようとしない。
「絹か…… 光沢があって、ナイロンみたいだ」
「こっちが元ネタだと思うよ」
 分厚いわけじゃないのに、着ていると布団の中のようにホカホカしてくる。
「司も着てごらんよ」
 司は僕を無視し、はんてんの裏地に付いているタグをつまんで真剣に読んでいる。そのままスマホをいじり始め、僕は少しふくれた。
「真綿って、絹の綿のことなのか!」
 司はそう叫んでスマホの画面を僕に向けた。「真綿」を検索したらしい。
「綿100%だとばかり思ってた」
「真綿で首を絞める」
「あんまり良い意味じゃないよね」
 僕は司の後ろに回って首に抱きついた。はんてんとほっぺたを司の体に押しつける。
「どう? 真綿で首を絞める、の感触」
「あったかい」
「だよねー」
「いやでもそういう意味じゃなかった気がする」
 司は僕に抱きつかれたまま、まだスマホをいじっている。
「久留米絣(くるめがすり)の方が翼に似合う」
「あ、ほんとだ、可愛いね」
「江戸時代のハナ垂らした子供が着てそう」
「ハナは垂らさなくて良くない?」
「絹の綿のはんてん、しかも二人分なんて絶対高いよ。七瀬さんって何者なの?」
「良い人だよ」
「俺はそう思えない」
「やきもち〜」
 司は否定しない。真綿でぎゅうぎゅうと首を絞める。
「司も着てみなよ」
 司はしぶしぶはんてんを羽織った。淡く光を返す墨色が、司の不機嫌な顔によく似合う。
「わぁ〜!」
 ドキドキして顔が熱くなるのを感じる。七瀬さんは「はんてんを着た司」を僕にプレゼントしてくれたのだと気付いた。
「久留米絣を着ている翼が見たかった」
「それは自分たちで買おうよ。服とかがま口とか、色々あったじゃん」
 おそろいの真綿のはんてんで、僕たちはみかんを食べた。笑っちゃうほど絵のような、冬の食卓の風景だった。

(終わり)

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 綿入れはんてん大好きな柳屋文芸堂です。この文章を書いている今も着ています。あったかくて良いですよね〜
 翼と司はグルメBL「翼交わして濡るる夜は」の登場人物。はんてんを着せられて嬉しい。ありがとう七瀬。
 これは「ペーパーウェル」という、コンビニのネットプリントを利用した企画で配信した作品です。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 20:59| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2019年06月11日

「東京の梅雨、熊本の梅雨」メイキング



メイキング、お好きな方がいるようなので、ちょこっと書いてみます。

コンビニのネットプリントを使った創作企画、第2回ペーパーウェルで、きぃちょんさんが配信してくださった紫陽花柄の原稿用紙が、期待以上に美しかった!

この原稿用紙に合う文章を書いてみたくなる。

紫陽花か梅雨の話…… 出来ればきぃちょんさんが喜んでくれるような…… きぃちょんさんは熊本の方……

自作BL「翼交わして濡るる夜は」の登場人物で、熊本出身の翼の話にしよう。会話の相手は恋人の司。東京にしか住んだことがない。

村上春樹「ラオスにいったい何があるというんですか?」の中に「熊本の梅雨は長くてきついよ」というセリフがあったな。東京とそんなに違うのだろうか?

東京と熊本の6月の降水量をGoogle検索。東京が167.7mm、熊本が404.9mmで、確かに全然違う。

「熊本の梅雨」でツイッター検索。熊本の梅雨は雨が強く降り、蒸し暑いらしいことが分かった(私は熊本に旅行で行ったことはあるものの、2月だったので熊本の梅雨は体験していない)

降水量と気温以外で、熊本と東京の梅雨に違いはあるだろうか。熊本は江津湖の芭蕉が印象的だった。東京では見たことのない風景。2月には枯れていたけれど、梅雨の頃はどうなっているのか。

「6月 江津湖 芭蕉」でGoogle検索したところ、ホタルの情報が出てきた。梅雨の少し前が見頃らしい。よし、これも書こう。

iPhoneに入れてあるテキストエディタ「iText Pad」のレイアウトを「原稿用紙タテ20」に設定し、本文を書き始める。翼と司の性格を踏まえつつ、20マス×20マスに綺麗に収まることを優先して言葉や漢字を選んだ。

本文を書き終えたら「表現したかったこと」と「書いた文章から受け取れること」に差がないかチェック。例えば最初、
「親に挨拶しなくて良いから!」
と書いていて、
「別に挨拶くらいしたって良いよな。司は結婚の挨拶みたいなことをする勇気がないんだ」
と思い、挨拶の前に「そんな」を入れた。

タイトルは本文を書き終えた後、いくつか候補を出し、内容そのままのシンプルなものを選んだ。

賀茂なす万年筆で原稿用紙に書き写す。インクをこすらないよう左の行から。

カラー印刷したコピー用紙、インクを弾いたりすることもなく書きやすかった。賀茂なすインクの上品な紫が紫陽花柄に合ってニヤニヤ。

自分の持っているカメラ(古いiPhoneと、さらに古い広角単焦点デジカメ)で手書き文字を上手く撮影出来ず困っている。暗くなったり明暗差が出来たり文字の一部がピンぼけになったり。天気の良い日に窓辺で絞りを絞って少し離れた場所から撮ればマシになるかなー 晴れるまで待てなくて難あり画像でごめんなさい。

こんなところかな。本文もメイキングも楽しく書けました♪
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:00| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2018年07月22日

ミュージック・マカロン(「蒼衣さんのおいしい魔法菓子」二次創作)

 服部匠さんの「蒼衣さんのおいしい魔法菓子」のシェフパティシエである蒼衣さんが作ったお菓子を、私の小説「翼交わして濡るる夜は」の登場人物である司と翼が食べるという二次創作。ミュージック・マカロンは柳屋文芸堂の創作魔法菓子です。

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「出張のお土産」
 箱を開くと、真っ黒いマカロンが並んでいる。
「黒だけ?」
「食べてみてよ」

 司はこれを名古屋市近郊の住宅街にある洋菓子店で買った。
「音符草の実のコンフィチュールが挟んであります。一口囓ると、その人が一番好きな音楽が聞こえて来るんです」
 パティシエが勧めるまま試食をすると、まるで目の前で弾いているかのように翼のピアノの音が鳴り響いた。思わず店内を見回す。ピアノはなく、もちろん翼もいない。急激に寂しさがこみ上げて、司は大慌てで東京に帰ってきた。

 翼はマカロンをつまみ、大きく口を開けてぽいっと放り込んだ。
「どう?」
 味を確かめる顔でモグモグしていたが、突然立ち上がって電子ピアノの前に行き、弾き始めた。

 それは司の知らない曲だった。美しい、不安を誘う主旋律を、あたたかい和音が支える。悲しげな高音が加わって、主旋律と会話するようにからみ合い、明るく転調して消えてゆく。

「これ、僕の音楽でも司の音楽でもないよ」
「え?」
「重た〜い!」
「マカロン、胃にもたれた?」
「違う! このお菓子を作った人の人生が! 重たい! こんなの一箱食べたら交響曲が出来ちゃうよ」

 マカロンと一緒にもらったカードを見て、店の名前が「魔法菓子店『ピロート』」であることを知った。スマホで検索し、パティシエの顔写真を翼に見せる。
「この吸血鬼のほう」
「なんでコスプレしてるの?」
「マカロンを買った時は普通の人間だった」
「線の細い美形だね。生きていくの大変そう。めんどくさい男は司だけでお腹いっぱい〜」

 翼はいつもこうやって自由に曲を奏でるけれど、それを録音したり譜面に残したりすることはない。お菓子や料理と同じ、今この瞬間だけ味わえる音楽だ。

「マカロン、もう一個ちょうだい」
「交響曲を作曲するの?」
「ううん、美味しいから」
 司がマカロンを差し出すと、翼はピアノを弾きながらあーんと口を開けた。いつでも翼は無防備な表情を平気でする。

「あ、今度は司の曲が聞こえる」
 司が洋菓子店で聞いた、翼がよく演奏する曲だ。
「翼が一番好きな曲?」
「うーん、心のこもった音楽ならだいたい全部好きだよ」

 司ももう一つマカロンを食べた。心の中と体の外側で同じ音楽が響いて、全身が翼のピアノに支配される。怖いくらいの感覚。でも翼が生み出す音だから、全然怖くない。

 翼は三つめのマカロンを食べながら言った。
「名古屋ってみそ味のものしかないと思ってたけど、こんなおしゃれなお菓子もあるんだねぇ」
「名古屋の人に謝った方が良いと思うよ」

(おしまい)
posted by 柳屋文芸堂 at 11:18| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2017年08月15日

アルクトゥールスとスピカ(「怒り」二次創作)

「アルクトゥールスという星は、一等星のスピカに向かって秒速125キロで動いているんだって」
 直人が昼間見たという科学番組の話を始めた。いつになく熱心な口ぶりだった。
「1秒で125キロ進むってすごい速さだな」
「そう。だから5万年後にはアルクトゥールスとスピカはすぐそばに並ぶんだ」
 まるで5時間後に5万年後がやってくるかのように、嬉しそうに言う。
「それでね」
 直人は下を向き、小さな声で付け足した。
「アルクトゥールスは陽に焼けたような色で、スピカは白いんだ」
「東京でも見えるのかな、その星」
 一等星なら街の明るさにも負けないかもしれない。直人は顔を上げて微笑んだ。
「今度探してみようよ」

* * * * * * * * *

 永田美絵「楽しい星空入門」を読んでいたら、
「うしかい座のアルクトゥールスとおとめ座のスピカを合わせて日本では「夫婦星」と呼びます。陽に焼けたように見えるアルクトゥールスと色白のスピカはとてもお似合いのカップルです」
 という文章があり「優直!」と思って書きました。

 アルクトゥールスの速度やスピカへの最接近の時期はネットで調べると何種類か出て来てどれが正しいのか分かりません。すでに古代ギリシャの頃とは違う位置になっているそうです。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 10:32| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2017年05月25日

ガラスの向こう側(「怒り」二次創作)

「落ち込んでいるかと思ったのに、今までで一番幸せそう」
 アイスティーの氷をカラカラとかき混ぜながら、薫は茶化すように言った。

「優馬は堂々としてるんだ。一緒にいると、自分まで強くなった気になれる」
「病気の話はしたの?」
 直人は首を振った。
「話したら、何もかもが終わってしまう気がする」

 いたわりで、抱く手を緩められるのが嫌だった。
 最後の最後までこの心臓を高鳴らせて欲しい。

「優馬さんなら受け入れてくれるんじゃないの?」
「優馬じゃなくて俺の問題だから」
「でも、具合が悪くなった時に」
 直人は再び首を振る。

 異変を感じたら、優馬の家を出るつもりだった。
 死よりは別離の方が優馬を苦しめない。
 直人はそう信じる他なかった。

* * * * * * * * *

 吉田修一「怒り」から二カ所引用する。

「ずっと隠れて生きていくしかないと思ってたけど、今、一緒に暮らしてる優馬さんはそうじゃないって。堂々としてるんだって。一緒にいると自分まで強くなった気になれるって」

「直人は一度も病気の話をしてくれなかった。話せば、何もかもが終わってしまう気がすると言っていたそうだ」

 どちらも伝聞の形で直人の言葉が語られているのだが、矛盾というか、何か引っかかるものを感じませんか?
 優馬がそんなに堂々とした人間であるならば、何故、病気の話をしたくらいで「終わってしまう気がする」のだろう?

 実際のところ優馬は堂々とした人間などではなく、その臆病さから被害妄想に駆られてどつぼにはまっていくのがこの物語の見せ場だったりするのだけれど、果たして直人は優馬の実態をどれくらい理解していたのか。
 簡単に思い付く可能性は二つ。

1、優馬が臆病だということは知っていたが、薫には優馬の欠点を言いたくなかった
2、優馬は堂々とした人間だと本気で信じていた

 2はない気がするよね……
 1であるとしたら、そんな臆病な優馬と「一緒にいると自分まで強くなった気になれる」のは何故か?

 直人は自分の気持ちを正確に理解していなかった、という風にも考えられる。
 優馬が「堂々としているから」と認識しているが、
 本当は「臆病な優馬を支えているから」自分まで強くなれていた。

 吉田修一が〆切に追われて適当に書いた、というのが一番の正解のようにも思うが、現実の会話はまさに〆切直前の小説家のタイピングのような「とっさの一言」の積み重ねだ。
 整合性が取れている方がおかしい。

 朝井リョウは吉田修一のことを、

「論理的には矛盾しているように感じても、感覚的には正しい」物語を書く作家

 と評している(映画「怒り」パンフレットより引用)

 直人という人物が持っている不明瞭さが、私には現実の人間のようにリアルに感じられる。
 その曖昧さを表情の淡い明暗で表現した綾野剛は、一瞬で恋してしまうほど美しかった。

 優馬と直人の関係も単純じゃなくて好きだけれど、直人と薫のこともよく想像する。
 この記事の最初に書いた300字小説は、私なりの仮説。
 説としてはちょっと弱いかなと思いつつ、空白の埋め方は自由なので。

 薫は原作では名前もないのに、映画版では「直人のことを好きだった時期があった」という裏設定まであって、何しろ高畑充希だから目がくりくりしてて可愛いし、ドコモのCMでは先輩後輩だし。

 映画で薫が飲んでいるのは、アイスロイヤルミルクティーではないかと。
 直人はオレンジジュースですね。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 15:05| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2017年05月13日

こんなとこにいるはずもないのに

 映画「怒り」の登場人物である優馬が、テレビドラマ「フランケンシュタインの恋」の舞台の一つである稲庭工務店に、リフォームを頼みに行く、という二次創作です。

konnatokoni.pdf
↑PDF版

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 ネットで時々見かける「稲庭工務店」の広告が気になっていた。未来を変えるリフォーム、という文字の横に職人たちの写真があり、その真ん中で笑っている男が、直人に似ている気がしたのだ。
 稲庭工務店のホームページを見に行くと、サイズの大きい同じ写真があった。直人とそっくりにも見えるし、全くの別人にも見える。殺人犯の手配写真を見て直人を疑ったことを思い出し、苦笑する。結局は、自分があらゆるものから「直人を読み取ってしまう」というだけの話だ。

 ちょうど母親と直人の写真を置くために、作り付けの飾り棚が欲しいと思っていたところだった。直人の写真は持っていなかったが、直人と兄妹のように育った薫さんに頼むと、数年前に撮ったという写真を送ってくれた。逆光の中で無防備に微笑む直人の顔は見たことのない表情で、胸がじりりと焼けるのを感じる。自分が知っている直人は、直人のほんの一部分に過ぎない。それなのに……だからこそ、俺は永遠に直人を探し続ける。

 ご自宅に伺いますという申し出を丁重に断って、稲庭工務店に向かった。棚にする木材を自分の目で確かめてから工事をお願いしたいと言うと「そこまで腹くくってんだったら」と返された。あれが社長なのだろうか、妙に物言いの大袈裟な人だった。
 出入り口の前で二人の男が角材を運んでいた。一人は作業着だが、もう一人は木こりのような茶色い服を着ている。木こりの方が先に気付き、立ち止まってこちらを見た。あの男だ。やはり直人に似ていると感じ、息を呑む。

「急に止まるなよ! 何見てんだ!」
 作業着の男は視線が合うと、急に不自然な笑みを浮かべてペコペコと頭を下げた。
「お客さんだろ! ちゃんとあいさつしろ!」
 木こり男はどれだけ怒鳴られても、ただまっすぐこちらを見つめていた。そして俺という人間を確かめ終えたかのように、角材を運ぶ仕事に戻っていった。

 工場の奥の座敷に通され、座布団に座らされた。服にしわが寄るんじゃないかと気にする自分はひどく場違いだ。
 マンションを購入した時に渡された書類を広げていると、先ほどの木こり男がすぐそばに立っていた。
「あなたは、僕を、知っているんですか?」
 声まで似ている気がしてどきりとする。しかし男は少し知能が低いのか、のろのろと愚鈍な話し方をした。

「広告で君の写真を見たよ」
「こーこく……?」
 許可を取らずにネットに写真を上げたのかと訝しんでいると、ヤンキー風の作業着の女が、
「こいつ、ちょっと頭がおかしいんだよ。見れば分かるだろ? 適当に話を合わせてやれよ!」
 と食ってかかってきた。いや、男の態度よりキミのタメ口の方が驚きなんだけど。

 唖然としていると、別の女がお茶とお菓子をちゃぶ台に置きながら、
「動物園みたいでしょう?」
 としなを作って言ってきた。無意味な色っぽさだった。

 男は会話に混ざりもせず、ただ立ち尽くしてこちらを見ている。直人に一番似ているのは目元だ。背の高さも同じくらいかもしれない。しかし何より違っているのは体格だ。直人は今にも消え入りそうな薄い体をしていた。目の前の男はがっしりとして、胸や肩の筋肉の膨らみが服の上からでもはっきり分かる。ブルーカラーらしい力強い肉体。外見だけなら直人よりこの男の方がタイプかもしれない。

「君は丈夫そうだね」
「僕は死んだので、もう死なないのです」
 死んだ? 死なない? ヤンキー女の「適当に話を合わせてやれ」という言葉を思い出す。
「死なないのは良いね。君によく似た知り合いがいたんだけど、そいつは体が弱くて……」
「あなたと、僕は、知り合いですか?」

 男は純真な目で見つめてくる。直人とこんな風に向かい合って話したことがあっただろうか。記憶を辿ると、直人の背中や横顔ばかりが鮮やかに浮かんで消えてゆく。
「こうやっておしゃべりしたんだし、これから社長に工事を頼むつもりだし、知り合いなんじゃないかな」
 男に合わせてゆっくり話してやると、まるで白い花が開くような、邪心や翳りの全くない笑顔が輝いた。

「君の名前は?」
「深志、研です!」
 一番聞いてもらいたかったことを聞いてもらえた幼稚園児の大声に、こちらも微笑まずにはいられない。
「俺は藤田優馬。藤田、優馬」
「ふじたゆーまは、僕の、知り合いです!」

 この男は直人ではない。急に涙がこぼれそうになって唇を噛む。世界の果てまで歩いていっても直人にはもう会えないのだと、直人にありがとうと伝える機会を永遠に失ったのだと、知っている。それでも俺は、探し続ける。いつでも、どこでだって、直人を見つけ出す。

「こら! 仕事に戻れ!」
 木材のサンプルを抱えた社長に怒られて、深志研と名乗った男は鹿か山羊みたいに飛び跳ねて逃げていった。
「すみませんね、ちょっと変わった奴で。性根は良いし仕事も出来るんですけどね」
 深志研に居場所があることが嬉しかった。おかしなことを言っても、やっても、社長やヤンキー女が守ってくれるのだろう。敬語の使用も徹底して欲しかったが、あまりわがままは言えない。

 工事の打ち合わせを終えて稲庭工務店を出ると、深志研が体を半分隠してこちらを見ていた。
「深志研さん」
 さようなら、と言おうとして、やめた。
「今日はありがとう」

 手を振っても、深志研は動かなかった。
 優馬が視界から消えてしまうまで、直人にそっくりな物言いたげな目で、優馬の背中を見つめ続けた。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 10:38| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2016年12月25日

寂しい二匹の子犬(「怒り」二次創作)

「また乱暴にやると思った?」
 満足させたつもりだったが返事はなかった。
 乱れた前髪からのぞく瞳は物言いたげで、何を言いたいのかはまるで分からない。

「犬みたいだな」
 頭を撫でると目を瞑る。
 こんな風に大きくておとなしい動物を飼いたかったのかもしれないと、ふと思う。

「少し休んだらメシ食いに行こう」
「うん」

 長く一緒にいれば欠点ばかり目について、互いにうんざりする、はずだった。

「直人?」
 ガランとした部屋には。
「直人?」
 寂しい動物の気配だけを残して。
「直人?」
 寂しかったのは。
「直人?」

 懐いていたのは。
 離れようとしなかったのは。
 信じていたのは。
 依存していたのは。

 どうして全てが分かるのは、全て終わった後なのだろう。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 01:29| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2016年12月23日

神様、どうか今夜だけは(「怒り」二次創作)

 都合の良い相手だと思っていた。
 男を取っ替え引っ替えしている遊び人に、身の上話をする必要はない。
 欲望だけでつながって、飽きられるまで家に泊まらせてもらえば、貯金を減らさずに済む。

 優馬の真剣な視線に気付いたのはいつだったろう。
 いっそこれが自惚れなら。
 自分から家を出れば優馬の傷は浅くなるのかもしれないが、生きている限り一緒にいたかった。
 優馬はお母さんを亡くしたばかりだというのに。

 優馬からメールが届く。
『俺が帰るまでメシ食うな』
 なんでだよ。再びの着信音。
『ローストチキン買ったから』

 この幸せが永遠に続くと信じている男の笑顔が浮かび、じっと目を閉じる。
 神様、どうか今夜だけは、俺の心臓を止めないでください。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:27| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年09月25日

最後の晩餐

 F先生、看護師の皆様へ

 最期まで伯母を診ていただき、ありがとうございました。

 伯母は**病院が大好きでした。
「ここの人達は本当によく働く。
 何か頼まれてイヤそうな顔をする人なんていない」
 F先生のことも、
「何でも自分でやって偉い人だよ」
 と繰り返し言っていました。

 伯母は働き者だったので、同じように働き者の人達を愛したのだと思います。

 入院中ベッドのそばで歩かせたり、寝たきりにならないよう指導して下さったので、伯母は亡くなる数日前まで台所に立ち、おかゆを煮ることが出来ました。
 自立して生きていることに強い誇りを持っていた伯母にとって、それはとても幸いなことでした。

 本当に感謝しています。
 ありがとうございました。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 13:41| ショートストーリー | 更新情報をチェックする
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