2016年12月25日

寂しい二匹の子犬(「怒り」二次創作)

「また乱暴にやると思った?」
 満足させたつもりだったが返事はなかった。
 乱れた前髪からのぞく瞳は物言いたげで、何を言いたいのかはまるで分からない。

「犬みたいだな」
 頭を撫でると目を瞑る。
 こんな風に大きくておとなしい動物を飼いたかったのかもしれないと、ふと思う。

「少し休んだらメシ食いに行こう」
「うん」

 長く一緒にいれば欠点ばかり目について、互いにうんざりする、はずだった。

「直人?」
 ガランとした部屋には。
「直人?」
 寂しい動物の気配だけを残して。
「直人?」
 寂しかったのは。
「直人?」

 懐いていたのは。
 離れようとしなかったのは。
 信じていたのは。
 依存していたのは。

 どうして全てが分かるのは、全て終わった後なのだろう。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 01:29| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2016年12月23日

神様、どうか今夜だけは(「怒り」二次創作)

 都合の良い相手だと思っていた。
 男を取っ替え引っ替えしている遊び人に、身の上話をする必要はない。
 欲望だけでつながって、飽きられるまで家に泊まらせてもらえば、貯金を減らさずに済む。

 優馬の真剣な視線に気付いたのはいつだったろう。
 いっそこれが自惚れなら。
 自分から家を出れば優馬の傷は浅くなるのかもしれないが、生きている限り一緒にいたかった。
 優馬はお母さんを亡くしたばかりだというのに。

 優馬からメールが届く。
『俺が帰るまでメシ食うな』
 なんでだよ。再びの着信音。
『ローストチキン買ったから』

 この幸せが永遠に続くと信じている男の笑顔が浮かび、じっと目を閉じる。
 神様、どうか今夜だけは、俺の心臓を止めないでください。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:27| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年09月25日

最後の晩餐

 F先生、看護師の皆様へ

 最期まで伯母を診ていただき、ありがとうございました。

 伯母は**病院が大好きでした。
「ここの人達は本当によく働く。
 何か頼まれてイヤそうな顔をする人なんていない」
 F先生のことも、
「何でも自分でやって偉い人だよ」
 と繰り返し言っていました。

 伯母は働き者だったので、同じように働き者の人達を愛したのだと思います。

 入院中ベッドのそばで歩かせたり、寝たきりにならないよう指導して下さったので、伯母は亡くなる数日前まで台所に立ち、おかゆを煮ることが出来ました。
 自立して生きていることに強い誇りを持っていた伯母にとって、それはとても幸いなことでした。

 本当に感謝しています。
 ありがとうございました。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 13:41| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年09月24日

焼き鳥屋 場の理論

 世界を統べる力には、重力、電磁力、強い力、弱い力があるが、
「美味しい匂い」
 という新たな力を加えたい。

 この力により焼き鳥屋の前で人々の軌道が曲がる。
 スーパーから家に真っ直ぐ帰るはずだったおばちゃんが店先に吸い寄せられ、お兄ちゃんの乗ったオートバイもUターンして戻って来る。

 ブラックホールが暗いのは、重力が強過ぎて光さえ落ちてゆくから。
 吸い込まれた光子たちはどうしているのだろうと思っていたけれど、宇宙空間をワープして、ここ焼き鳥屋に集まっているのだ。

 鳥を焼く赤外線。
 虫除けの紫外線。
 人びとを照らす優しい可視光線。

 鳥を焼く香ばしい匂いの中へ、私も素直に落下する。
「皮とぼんじりとつくね。タレじゃなく塩で」
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:28| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年09月20日

タブー うなぎと梅干し

 その村で、うなぎと梅干しを一緒に食べた者は、死罪となる。
 何故そんな重い罰を、と訝しみつつも、蒲焼にわざわざ梅を合わせる必要もない。
 誰も文句は言わなかった。

 ある夏、一人の若者がこの罪を犯した。

 明日が刑の執行という夜、若者は見張り番につぶやいた。

「うなぎと梅干しを一緒に食べると死罪になるのは何故だと思う?」

 見張り番は顔を上げた。

「うなぎと梅干しの組み合わせがあまりにも美味しくて、うなぎが絶滅しかかったからだ」

 夜の虫が狂ったように鳴いている。

「白焼きにしたうなぎに、たたき梅を添えるんだ。
 さっぱりした梅の風味が加わることで、うなぎの濃厚なうまみが引き立つ」

 若者の歯が、白くギラギラと暗闇に浮かんでいた。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 17:23| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

憧れの松茸

 松茸というキノコは、すごく高くて、すごく香りが良いらしい。
「食べてみたい!」
 小学生の私がそう言うと、伯母はその日のうちに買ってきてくれた。

 電熱器に焼き網をのせ、手で縦に裂いた松茸を置く。
「もう良いだろう」
 伯母の合図で小皿に移し、鼻を近付けて匂いをかいでみた。

「ロッキーの臭いだーっ!」

 ロッキーというのは当時飼っていたマルチーズの名前である。
 マルチーズと言ったって、チーズではなく犬だ。
 毛まみれで獣臭い。

 これが良い香りなの……?
 いや、ロッキーのことは大好きなんだけど。

 あの時の松茸がイマイチなものだったのか。
 それとも元々松茸というのは犬臭いものなのか。

 それを確認するためだけに買うには、松茸は高過ぎる。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:11| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年09月17日

憧れのバナナ

 浅草のおばさんがうちに来る時、手土産はいつもバナナだった。
 バナナは遠い南の香りがして、味は甘くとろけるようで、あたしの大好物だった。

 だけど七人の兄姉弟で分け合うから、いつもちょっとしか食べられない。
 母ちゃんに「買って」なんて絶対言えないし。
 高価なバナナを簡単に買えるほど、うちは金持ちじゃないのだ。

 会社に勤め始めてお給料をもらい、あたしはバナナを自分で買うことにした。
「一房全部自分で食べるから!」
 と家族に宣言して。

 一本目はすごく美味しかった。
 だけど二本目の途中で飽きてしまって、あんなに憧れていた黄色い皮が、何だかうんざりするものに見える。

 残りを兄の位牌の前に置く。

 日本は高度成長期に向かっていた。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 13:17| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年09月16日

あいつにくらべればマシ

 高級食材を扱う地中海商事では、毎年自社製品の試食もかねたパーティーが行われる。

 ポワローと豚肉のテリーヌ
 リグーリア風カポナータ

 どれも文句なしの味だ。

 しかし一つだけ問題がある。
 毎回必ず行われる社長の余興。
 ギターをかき鳴らしてビートルズを歌うのである。

 いえすたでぇぇぇ!
 さどんりぃぃぃ!

 音程は外れ、英語は全てカタカナ読み。
 しかもダミ声なうえ大声ときている。

「この歌さえなけりゃなぁ」
「のび太たちのことを考えて耐えろ!」
「確かに、ジャイアンは観客に飯を食わせたりしないよな」
「せめてお菓子を配るべきなんだよ、あいつは」

「ドラえもん」を見て育ったおかげで、理不尽なことも我慢出来るようになった社員たちであった。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 14:05| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年08月19日

お犬様のブロッコリー

 犬の好みにしては変わっている気がするのだが、
 実家で飼っていたマルチーズのロッキーは、
 ブロッコリーをよく食べた。

 伯母はロッキーを溺愛しており、
 茹でたブロッコリーを食べやすいように小さくちぎり、
 エサ置き場に綺麗に並べた。

 公園の木のような鮮やかな緑。

 我々はその残りに、マヨネーズをかけて食べた。

「たまにはカリフラワーも食べたいんだけど」
 と母が提案しても、伯母は、
「ロッキーちゃんはブロッコリーが好きなんだよ!」
 と一瞬で却下した。

 ロッキーの前で、母の意見など無いに等しい。

 ロッキーが死んだ後も、
 我々は決して戻ることのない主人の帰りを待つように、
 ブロッコリーを食べ続けた。

 ……カリフラワーだって美味いんだがな。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:34| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年08月15日

目の見えない彼氏の視線

 私の彼氏のヨシさんは目が見えない。
 付き合い始めて間もない頃、ヨシさんがテーブルの上のどら焼きを触り、ニヤリ、と笑って食べ始めるのを見た。

 私はエサを仕掛けるようにテーブルにどら焼きを置き、じっとヨシさんを観察した。
 ヨシさんの指がどら焼きをかする。

 ヨシさんはニヤリとして、見えないはずの視線をピタリとこちらに向けた。

「君は今、嬉しそうに僕を見てるね?」
「どうして分かるの?!」
「そんなに鼻息が荒くちゃね」
「え〜っ!」

 ヨシさんが持っているどら焼きを、私は一口食べた。
「美味しい?」
「どうして食べたって分かるの?」
「齧った振動。咀嚼音」

「愛ってすごい!」
「いやこれ、普通だよ。確かに君は分かりやすい」
 ニヤリ。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:52| ショートストーリー | 更新情報をチェックする