2015年09月16日

あいつにくらべればマシ

 高級食材を扱う地中海商事では、毎年自社製品の試食もかねたパーティーが行われる。

 ポワローと豚肉のテリーヌ
 リグーリア風カポナータ

 どれも文句なしの味だ。

 しかし一つだけ問題がある。
 毎回必ず行われる社長の余興。
 ギターをかき鳴らしてビートルズを歌うのである。

 いえすたでぇぇぇ!
 さどんりぃぃぃ!

 音程は外れ、英語は全てカタカナ読み。
 しかもダミ声なうえ大声ときている。

「この歌さえなけりゃなぁ」
「のび太たちのことを考えて耐えろ!」
「確かに、ジャイアンは観客に飯を食わせたりしないよな」
「せめてお菓子を配るべきなんだよ、あいつは」

「ドラえもん」を見て育ったおかげで、理不尽なことも我慢出来るようになった社員たちであった。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 14:05| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年08月19日

お犬様のブロッコリー

 犬の好みにしては変わっている気がするのだが、
 実家で飼っていたマルチーズのロッキーは、
 ブロッコリーをよく食べた。

 伯母はロッキーを溺愛しており、
 茹でたブロッコリーを食べやすいように小さくちぎり、
 エサ置き場に綺麗に並べた。

 公園の木のような鮮やかな緑。

 我々はその残りに、マヨネーズをかけて食べた。

「たまにはカリフラワーも食べたいんだけど」
 と母が提案しても、伯母は、
「ロッキーちゃんはブロッコリーが好きなんだよ!」
 と一瞬で却下した。

 ロッキーの前で、母の意見など無いに等しい。

 ロッキーが死んだ後も、
 我々は決して戻ることのない主人の帰りを待つように、
 ブロッコリーを食べ続けた。

 ……カリフラワーだって美味いんだがな。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:34| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年08月15日

目の見えない彼氏の視線

 私の彼氏のヨシさんは目が見えない。
 付き合い始めて間もない頃、ヨシさんがテーブルの上のどら焼きを触り、ニヤリ、と笑って食べ始めるのを見た。

 私はエサを仕掛けるようにテーブルにどら焼きを置き、じっとヨシさんを観察した。
 ヨシさんの指がどら焼きをかする。

 ヨシさんはニヤリとして、見えないはずの視線をピタリとこちらに向けた。

「君は今、嬉しそうに僕を見てるね?」
「どうして分かるの?!」
「そんなに鼻息が荒くちゃね」
「え〜っ!」

 ヨシさんが持っているどら焼きを、私は一口食べた。
「美味しい?」
「どうして食べたって分かるの?」
「齧った振動。咀嚼音」

「愛ってすごい!」
「いやこれ、普通だよ。確かに君は分かりやすい」
 ニヤリ。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:52| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年08月12日

平和のすいとん

 ラジオを聴いていたら
 戦時中の食事として「すいとん」を紹介していた

「伯母のすいとん……!」

 不謹慎で申し訳ないけれど
 私はつい、にっこりしてしまう

 実家では
 夕食によく「すいとん」が出た

 肉、青菜、にんじんに、しいたけとネギを入れ
 塩としょうゆで濃いめに味を付けたすまし汁

 固めにこねた小麦粉をスプーンですくい
 ぐらぐら煮える汁の中へ
 ぼとり、ぼとり
 と落としてゆく

 ラーメンどんぶりにこれをよそい
 食べる時には七味唐辛子をぱらり

 肉と野菜のうまみがたっぷりの汁に
 むちむちした小麦粉団子の歯ごたえ

 戦時中では絶対あり得ない

 食糧難と東京大空襲を生き抜いた伯母が
 ひもじい戦争の記憶を塗りつぶすように作った

 美味しい美味しい
 豪華なすいとん
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:12| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年08月08日

アーリョオーリョペペロンチーノ

 アーリョはにんにく。
 オーリョはオリーブオイル。
 ペペロンチーノは唐辛子。

 アーリョオーリョペペロンチーノは単純で、難しい料理だ。

 にんにく2片を薄切りにし、オリーブオイル大さじ5、種を除いた唐辛子2本と一緒に火にかける。
 同時に茹で始めるスパゲティ。

 にんにくは油断していると、たちまち真っ黒になってしまう。
 かと言って、やわらかく白いままではつまらない。
 きつね色の、カリッとした状態で食卓に出さなければ。

 BGMは落語「鰍沢」
 首に傷のある元花魁が、火縄銃で旅人に狙いを定める。

 ジュワッ!
 茹で上がったスパゲティは湯を切らず、熱々の油に突っ込み、塩小さじ1強をかけて手早くかき混ぜる。

 腹におさめるのは、簡単なことだ。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 16:43| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年08月02日

赤みそディストピア

 日本政府を倒して政権を握った名古屋政府は、赤みそ以外のみその製造を禁止した。

「昔のみそを食べられるって本当かぎゃあ」
「ここでは名古屋スピークを使う必要はない」
 隠し扉を開けると、そこは秘密の小料理屋。

「ああっ!」
 信州みそのみそ汁に、西京白みそで漬けて焼いたサワラ、きゅうりの麦みそあえ。
 男は夢中で料理を口に運んだ。

「ん?」
 これは本当にあの、懐かしいみそだろうか。
 そう思った途端、みそ汁が、西京漬けが、きゅうりが、真っ赤に染まった。

「これが名古屋の技術力だみゃあ」

 男は真みそ省に連れ去られた。
 嗜好犯罪である。

※名古屋スピークとは国民の思考を名古屋化するための人工言語。
 文末に「ぎゃあ」「みゃあ」を付ける。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 01:09| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年07月26日

月の光、和太鼓の音

 夜空の下、紅白のちょうちんが揺れる。
 やぐらを囲む踊りの輪。

 同級生たちはTシャツにキュロット姿で、綿あめやあんずあめを舐めている。
 おしゃれなアユミちゃんは花柄の黄色い浴衣。
 みんな遊びに来ている。

 あたしは毎年ハッピしか着ない。
 あたしにとって、夏祭りはもっと真剣なものなんだ。

「なっちもスイカ食べな〜」
「いらない!」
 子供会のおばさんが勧めるのをきっぱりと断って、あたしはやぐらに駆け登る。

 ほら、予想通り。
 大好きな炭坑節がかかった。

 月が出た出た 月が出た
 どどんがどん タカタッタ!

 スイカは明日だって明後日だって食べられる。
 けれども小五の夏祭りは、一生に一度しかない。

 一曲でも多く、誰よりも大きな音で打つんだ。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:21| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年07月21日

英雄ポロネーズ

 パスタ屋でウェイトレスをしていた頃の話。

 店のそばには音大附属の高校があり、ここの生徒がいたずら好きでまいった。
 注文の中に、さりげなくおかしなものを混ぜるのだ。

「森のサラダと、英雄ポロネーズと……」
「英雄ポロネーズ? そんなメニューねーよ!」
 ヤクザより怖いコックの哲さんに大声で怒鳴られる。

 青ざめたままテーブルに確認しに行くと、
「そんなの頼んでないですよ?」
 ドリンクバーのジュースを飲みながら全員しれっとしている。

 何年も後になって「英雄ポロネーズ」はピアノ曲の題名だと分かった。
 悪ガキどもめ。

 あの子たちももう社会人。
 みんな音楽の仕事をしているのだろうか。

 私は母親になり、哲さんは台所で離乳食を作っている。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 15:23| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年07月19日

2XXX年目黒のさんま

「さんまは目黒に限る」
 介護施設に慰問に来てくれた落語家がそう言っておじぎをすると、おじいちゃん、おばあちゃんたちのすすり泣く声は一層激しくなった。

「さんまってそんなに美味しいの?」
 昔、魚はありふれた食べ物だったらしいけど、今では全て絶滅危惧種に指定され、捕獲が禁止されている。

「そりゃあ……」
 おじいちゃんは涙をぬぐう。
「焼き立てのところに、大根おろしと醤油をかけて、ご飯と一緒に……」

「ダイコンオロシって何?」
 僕は生まれてこの方、栄養補給用のビスケットしか食べたことがない。

「今日のビスケットはツナ味だよ! これも魚だって教えてくれたよね」
 おじいちゃんは虚ろな目をして、包装をぺりぺりむき始めた。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 16:05| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年07月18日

魔女カレー

 魔女のカレーが大評判だ。

 客の好みと体調に合わせてスパイスを調合して作ってくれる。
 美味しい上に体にも良い。

 けれども若い男は怖がって誰も行かない。
 魔女は気に入った男のカレーに惚れ薬を入れ、一生しもべにするというのだ。

 引き止める友人を振りきって、僕はカレー屋にやってきた。

 魔女は八百年生きているらしいが、見た目はずっと十八歳だ。
 猫そっくりのつり目が可愛い。

 彼女は僕を見ると幸福そうに目を細め、棚から小さな瓶を取り出し、その粉をカレーにさらさら振りかけた。

 立ち昇る湯気をかぐだけで汗が出るような辛い香り。
 ぎゅうと鳴る僕のお腹。
 魔女はこちらを見つめて頬を赤らめる。

 ご飯とカレーを載せたスプーンを、僕は……
 
posted by 柳屋文芸堂 at 16:50| ショートストーリー | 更新情報をチェックする