2015年09月24日

焼き鳥屋 場の理論

 世界を統べる力には、重力、電磁力、強い力、弱い力があるが、
「美味しい匂い」
 という新たな力を加えたい。

 この力により焼き鳥屋の前で人々の軌道が曲がる。
 スーパーから家に真っ直ぐ帰るはずだったおばちゃんが店先に吸い寄せられ、お兄ちゃんの乗ったオートバイもUターンして戻って来る。

 ブラックホールが暗いのは、重力が強過ぎて光さえ落ちてゆくから。
 吸い込まれた光子たちはどうしているのだろうと思っていたけれど、宇宙空間をワープして、ここ焼き鳥屋に集まっているのだ。

 鳥を焼く赤外線。
 虫除けの紫外線。
 人びとを照らす優しい可視光線。

 鳥を焼く香ばしい匂いの中へ、私も素直に落下する。
「皮とぼんじりとつくね。タレじゃなく塩で」
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:28| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年09月20日

タブー うなぎと梅干し

 その村で、うなぎと梅干しを一緒に食べた者は、死罪となる。
 何故そんな重い罰を、と訝しみつつも、蒲焼にわざわざ梅を合わせる必要もない。
 誰も文句は言わなかった。

 ある夏、一人の若者がこの罪を犯した。

 明日が刑の執行という夜、若者は見張り番につぶやいた。

「うなぎと梅干しを一緒に食べると死罪になるのは何故だと思う?」

 見張り番は顔を上げた。

「うなぎと梅干しの組み合わせがあまりにも美味しくて、うなぎが絶滅しかかったからだ」

 夜の虫が狂ったように鳴いている。

「白焼きにしたうなぎに、たたき梅を添えるんだ。
 さっぱりした梅の風味が加わることで、うなぎの濃厚なうまみが引き立つ」

 若者の歯が、白くギラギラと暗闇に浮かんでいた。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 17:23| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

憧れの松茸

 松茸というキノコは、すごく高くて、すごく香りが良いらしい。
「食べてみたい!」
 小学生の私がそう言うと、伯母はその日のうちに買ってきてくれた。

 電熱器に焼き網をのせ、手で縦に裂いた松茸を置く。
「もう良いだろう」
 伯母の合図で小皿に移し、鼻を近付けて匂いをかいでみた。

「ロッキーの臭いだーっ!」

 ロッキーというのは当時飼っていたマルチーズの名前である。
 マルチーズと言ったって、チーズではなく犬だ。
 毛まみれで獣臭い。

 これが良い香りなの……?
 いや、ロッキーのことは大好きなんだけど。

 あの時の松茸がイマイチなものだったのか。
 それとも元々松茸というのは犬臭いものなのか。

 それを確認するためだけに買うには、松茸は高過ぎる。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:11| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年09月17日

憧れのバナナ

 浅草のおばさんがうちに来る時、手土産はいつもバナナだった。
 バナナは遠い南の香りがして、味は甘くとろけるようで、あたしの大好物だった。

 だけど七人の兄姉弟で分け合うから、いつもちょっとしか食べられない。
 母ちゃんに「買って」なんて絶対言えないし。
 高価なバナナを簡単に買えるほど、うちは金持ちじゃないのだ。

 会社に勤め始めてお給料をもらい、あたしはバナナを自分で買うことにした。
「一房全部自分で食べるから!」
 と家族に宣言して。

 一本目はすごく美味しかった。
 だけど二本目の途中で飽きてしまって、あんなに憧れていた黄色い皮が、何だかうんざりするものに見える。

 残りを兄の位牌の前に置く。

 日本は高度成長期に向かっていた。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 13:17| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年09月16日

あいつにくらべればマシ

 高級食材を扱う地中海商事では、毎年自社製品の試食もかねたパーティーが行われる。

 ポワローと豚肉のテリーヌ
 リグーリア風カポナータ

 どれも文句なしの味だ。

 しかし一つだけ問題がある。
 毎回必ず行われる社長の余興。
 ギターをかき鳴らしてビートルズを歌うのである。

 いえすたでぇぇぇ!
 さどんりぃぃぃ!

 音程は外れ、英語は全てカタカナ読み。
 しかもダミ声なうえ大声ときている。

「この歌さえなけりゃなぁ」
「のび太たちのことを考えて耐えろ!」
「確かに、ジャイアンは観客に飯を食わせたりしないよな」
「せめてお菓子を配るべきなんだよ、あいつは」

「ドラえもん」を見て育ったおかげで、理不尽なことも我慢出来るようになった社員たちであった。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 14:05| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年08月19日

お犬様のブロッコリー

 犬の好みにしては変わっている気がするのだが、
 実家で飼っていたマルチーズのロッキーは、
 ブロッコリーをよく食べた。

 伯母はロッキーを溺愛しており、
 茹でたブロッコリーを食べやすいように小さくちぎり、
 エサ置き場に綺麗に並べた。

 公園の木のような鮮やかな緑。

 我々はその残りに、マヨネーズをかけて食べた。

「たまにはカリフラワーも食べたいんだけど」
 と母が提案しても、伯母は、
「ロッキーちゃんはブロッコリーが好きなんだよ!」
 と一瞬で却下した。

 ロッキーの前で、母の意見など無いに等しい。

 ロッキーが死んだ後も、
 我々は決して戻ることのない主人の帰りを待つように、
 ブロッコリーを食べ続けた。

 ……カリフラワーだって美味いんだがな。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:34| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年08月15日

目の見えない彼氏の視線

 私の彼氏のヨシさんは目が見えない。
 付き合い始めて間もない頃、ヨシさんがテーブルの上のどら焼きを触り、ニヤリ、と笑って食べ始めるのを見た。

 私はエサを仕掛けるようにテーブルにどら焼きを置き、じっとヨシさんを観察した。
 ヨシさんの指がどら焼きをかする。

 ヨシさんはニヤリとして、見えないはずの視線をピタリとこちらに向けた。

「君は今、嬉しそうに僕を見てるね?」
「どうして分かるの?!」
「そんなに鼻息が荒くちゃね」
「え〜っ!」

 ヨシさんが持っているどら焼きを、私は一口食べた。
「美味しい?」
「どうして食べたって分かるの?」
「齧った振動。咀嚼音」

「愛ってすごい!」
「いやこれ、普通だよ。確かに君は分かりやすい」
 ニヤリ。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:52| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年08月12日

平和のすいとん

 ラジオを聴いていたら
 戦時中の食事として「すいとん」を紹介していた

「伯母のすいとん……!」

 不謹慎で申し訳ないけれど
 私はつい、にっこりしてしまう

 実家では
 夕食によく「すいとん」が出た

 肉、青菜、にんじんに、しいたけとネギを入れ
 塩としょうゆで濃いめに味を付けたすまし汁

 固めにこねた小麦粉をスプーンですくい
 ぐらぐら煮える汁の中へ
 ぼとり、ぼとり
 と落としてゆく

 ラーメンどんぶりにこれをよそい
 食べる時には七味唐辛子をぱらり

 肉と野菜のうまみがたっぷりの汁に
 むちむちした小麦粉団子の歯ごたえ

 戦時中では絶対あり得ない

 食糧難と東京大空襲を生き抜いた伯母が
 ひもじい戦争の記憶を塗りつぶすように作った

 美味しい美味しい
 豪華なすいとん
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:12| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年08月08日

アーリョオーリョペペロンチーノ

 アーリョはにんにく。
 オーリョはオリーブオイル。
 ペペロンチーノは唐辛子。

 アーリョオーリョペペロンチーノは単純で、難しい料理だ。

 にんにく2片を薄切りにし、オリーブオイル大さじ5、種を除いた唐辛子2本と一緒に火にかける。
 同時に茹で始めるスパゲティ。

 にんにくは油断していると、たちまち真っ黒になってしまう。
 かと言って、やわらかく白いままではつまらない。
 きつね色の、カリッとした状態で食卓に出さなければ。

 BGMは落語「鰍沢」
 首に傷のある元花魁が、火縄銃で旅人に狙いを定める。

 ジュワッ!
 茹で上がったスパゲティは湯を切らず、熱々の油に突っ込み、塩小さじ1強をかけて手早くかき混ぜる。

 腹におさめるのは、簡単なことだ。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 16:43| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年08月02日

赤みそディストピア

 日本政府を倒して政権を握った名古屋政府は、赤みそ以外のみその製造を禁止した。

「昔のみそを食べられるって本当かぎゃあ」
「ここでは名古屋スピークを使う必要はない」
 隠し扉を開けると、そこは秘密の小料理屋。

「ああっ!」
 信州みそのみそ汁に、西京白みそで漬けて焼いたサワラ、きゅうりの麦みそあえ。
 男は夢中で料理を口に運んだ。

「ん?」
 これは本当にあの、懐かしいみそだろうか。
 そう思った途端、みそ汁が、西京漬けが、きゅうりが、真っ赤に染まった。

「これが名古屋の技術力だみゃあ」

 男は真みそ省に連れ去られた。
 嗜好犯罪である。

※名古屋スピークとは国民の思考を名古屋化するための人工言語。
 文末に「ぎゃあ」「みゃあ」を付ける。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 01:09| ショートストーリー | 更新情報をチェックする