2015年07月26日

月の光、和太鼓の音

 夜空の下、紅白のちょうちんが揺れる。
 やぐらを囲む踊りの輪。

 同級生たちはTシャツにキュロット姿で、綿あめやあんずあめを舐めている。
 おしゃれなアユミちゃんは花柄の黄色い浴衣。
 みんな遊びに来ている。

 あたしは毎年ハッピしか着ない。
 あたしにとって、夏祭りはもっと真剣なものなんだ。

「なっちもスイカ食べな〜」
「いらない!」
 子供会のおばさんが勧めるのをきっぱりと断って、あたしはやぐらに駆け登る。

 ほら、予想通り。
 大好きな炭坑節がかかった。

 月が出た出た 月が出た
 どどんがどん タカタッタ!

 スイカは明日だって明後日だって食べられる。
 けれども小五の夏祭りは、一生に一度しかない。

 一曲でも多く、誰よりも大きな音で打つんだ。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:21| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年07月21日

英雄ポロネーズ

 パスタ屋でウェイトレスをしていた頃の話。

 店のそばには音大附属の高校があり、ここの生徒がいたずら好きでまいった。
 注文の中に、さりげなくおかしなものを混ぜるのだ。

「森のサラダと、英雄ポロネーズと……」
「英雄ポロネーズ? そんなメニューねーよ!」
 ヤクザより怖いコックの哲さんに大声で怒鳴られる。

 青ざめたままテーブルに確認しに行くと、
「そんなの頼んでないですよ?」
 ドリンクバーのジュースを飲みながら全員しれっとしている。

 何年も後になって「英雄ポロネーズ」はピアノ曲の題名だと分かった。
 悪ガキどもめ。

 あの子たちももう社会人。
 みんな音楽の仕事をしているのだろうか。

 私は母親になり、哲さんは台所で離乳食を作っている。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 15:23| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年07月19日

2XXX年目黒のさんま

「さんまは目黒に限る」
 介護施設に慰問に来てくれた落語家がそう言っておじぎをすると、おじいちゃん、おばあちゃんたちのすすり泣く声は一層激しくなった。

「さんまってそんなに美味しいの?」
 昔、魚はありふれた食べ物だったらしいけど、今では全て絶滅危惧種に指定され、捕獲が禁止されている。

「そりゃあ……」
 おじいちゃんは涙をぬぐう。
「焼き立てのところに、大根おろしと醤油をかけて、ご飯と一緒に……」

「ダイコンオロシって何?」
 僕は生まれてこの方、栄養補給用のビスケットしか食べたことがない。

「今日のビスケットはツナ味だよ! これも魚だって教えてくれたよね」
 おじいちゃんは虚ろな目をして、包装をぺりぺりむき始めた。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 16:05| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年07月18日

魔女カレー

 魔女のカレーが大評判だ。

 客の好みと体調に合わせてスパイスを調合して作ってくれる。
 美味しい上に体にも良い。

 けれども若い男は怖がって誰も行かない。
 魔女は気に入った男のカレーに惚れ薬を入れ、一生しもべにするというのだ。

 引き止める友人を振りきって、僕はカレー屋にやってきた。

 魔女は八百年生きているらしいが、見た目はずっと十八歳だ。
 猫そっくりのつり目が可愛い。

 彼女は僕を見ると幸福そうに目を細め、棚から小さな瓶を取り出し、その粉をカレーにさらさら振りかけた。

 立ち昇る湯気をかぐだけで汗が出るような辛い香り。
 ぎゅうと鳴る僕のお腹。
 魔女はこちらを見つめて頬を赤らめる。

 ご飯とカレーを載せたスプーンを、僕は……
 
posted by 柳屋文芸堂 at 16:50| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

おばさんの玉ねぎと卵のみそ汁

 俺の親父は悪徳商法の支店長をしていた
 売上げが良かった奴だけ呼ばれるパーティーに俺も連れてゆき
 ローストビーフとか生ハムメロンとか
 生まれて初めてのものをずいぶん食べた

 事務所には化粧の濃いパートのおばさんがいて
 片親で育つ俺を憐れんだのか
 お湯を沸かすための小さなコンロで
 玉ねぎと卵のみそ汁を作ってくれた

 柔らかい甘い玉ねぎ

 おばさんは旦那も子供もいるのに
 俺の親父とも出来ていた

 騙すつもりが騙されて
 親父は自己破産し俺は親戚に預けられ
 それ以上は話したくない

 思い出すのはみそ汁の味と
 親父はあのおばさんに本気だったんじゃないかという事

 確かめようにも親父はまだ生きているのか
 何十年も音信不通で
 俺は心底ホッとしているのだけど
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:20| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年07月16日

埼玉戦記〜千葉軍によるピーナッツ一斉掃射〜

 千葉軍によるピーナッツ一斉掃射は衰えを見せない。

「くっそぉ…… あいつらどんだけピーナッツを持ってやがるんだ」
 とっておきの草加せんべいを敵の工作員に割られてから、埼玉軍は日に日に追い詰められていた。

「仕方がない。最終兵器を出そう」
「まさか」
「隊長!」

 隊長と呼ばれた男は、誰とも目を合わさずにつぶやく。
「十勝甘納豆本舗の栗甘納糖だ」

 説明しよう!
 この栗甘納糖は大粒で形の良い実だけを厳選し、栗の歯ごたえを残して作られているのだ!

「そんな高級なお菓子で戦うなんて」
 狂気にかられ、ピーナッツの嵐の中に躍り出る一人の兵士。
「宮原ぁぁ!」


 ピーナッツと草加せんべいと栗甘納糖は、撮影の後に美味しくいただきました。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:13| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

小学生女子の困った愛情

 大分土産で柚子胡椒をもらった。

 子供の頃、大分に住んだことがある。
 新しい学校に馴染んだと思ったら、妙な事件が起きた。

 俺の物が次々に消えたのだ。
 イジメかと思ってビビった。
 でも友達の様子はいつも通りだ。

 隣の女子が俺の鉛筆を使っていた。
 リコーダーも下敷きもそいつの机の中にあった。

 ブチ切れて責め立てたら、
「好いちょん」
 とボタボタ涙をこぼし、まるで俺が悪いみたいに。

 大分の言葉にももう慣れて、それが「好きだ」という意味なのは分かったけど。
 何で好きな奴に迷惑かけんだよ。

 柚子胡椒を付け過ぎて辛くなってしまった鍋の白菜を食べながら、
「何事も、ほどほどは難しい」
 なんて。

 小学生男子に理解出来るわけないだろ。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:07| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

良い豚肉の選び方

「良い豚肉の選び方は分かるか」
「さあ……」

 おでこに五本も皺がある伯母は、家に代々伝わる呪文を教えるように厳かに言った。

「白いところのない豚肉が良いんだよ」
「あぁ、脂が少ないのね」

 皺の影がかすかに深まる。

「そんな豚肉はどこにもないんだよ……」
「なけりゃ買えないよ!」

 伯母はああ言っていたけれど、脂身のない豚肉のパックも時々スーパーで売られている。
 これを茹でて豚しゃぶにして、にんにくとしょうがと青ねぎで作った中華風のたれであえ、トマトと焼きなすと青じそを入れる。
 夏の最強の料理。

 焼きなすはふたをして蒸し焼きにした方が美味しいと、教えてくれたのも伯母だ。
 ささやかで大切な工夫ほど、本には載っていないもの。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:02| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

2015年07月15日

埼玉戦士の合言葉

「うまい うますぎる」
「……」
「キサマ、千葉県民だな!」
「まて……っ!」

 問答無用の血しぶき。

 千葉県民と思われた死体(実は神奈川県民)を洞穴に捨てに行った後、埼玉戦士たちは休息を取ろうと決めた。
 さつまいもを練り込んだ川越のお菓子と、あたたかい狭山茶が配られ、アジトは甘い香りに包まれる。

 十万石まんじゅうを食べたことのある埼玉戦士は、意外と少ない。

※埼玉県民はテレビ埼玉で流される、
「うまい うますぎる 十万石まんじゅう」
 というCMを見て育ちます。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:23| ショートストーリー | 更新情報をチェックする

黄金の果実

 知的障害があるからよそでは働けないという。
 僕が困った時に最初に振り向くのはいつも彼女で、おかしいのは知的という言葉の定義の方だと気付く。

 南国の自然に憧れて島に来たものの、パイナップルは苦手だと思っていた。
 収穫の手伝いの合間に断り切れず一かけ口に入れる。

 それは都会で食べるパイナップルとは全く違っていた。
 酸味も筋もなく、桃やいちごより味が濃くて、太陽の夢を見せながら舌の上で溶けてゆく。

 畑で熟れたパイナップルはみなこの味だと、彼女の家族は淡々と当たり前のように口に運ぶ。

 鋭い彼女は僕の下心を知っていただろう。
 別れの日、親愛の情を示す振りをしてぎゅっと抱きしめた。

 飛行機で二時間。
 東京は砂の城に見えた。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 10:07| ショートストーリー | 更新情報をチェックする