2017年01月19日

又吉直樹「東京百景」感想

東京百景 (ヨシモトブックス) -
東京百景 (ヨシモトブックス) -

 又吉直樹というのは、本当に、愛おしい人ですねぇ。
 子供が無理して大人のふりをして、東京という街を必死に生き抜いているようで、そんな彼を見過ごせずに助けてくれる人が沢山出てくる。
 最も切ないのが「池尻大橋の小さな部屋」に出てくる青い実の女の子だ。

 その女の子は優しく明るくて、又吉の闇を吸い取るように体調を崩し、東京に居られなくなってしまう。

 仕事も稼ぎも無く、何の取り柄も無い最低な男と、その人はどういう気持ちで一緒にいたのだろう。変なことを言っても笑ってくれたし、もっと変な僕の言動を求めているふしさえあった。迷惑をかけておいて失礼だけど、その人の方こそ狂ってたんじゃないかと疑っている。

 という文章を読んで、
「バカバカ、あなたを、愛していたんだよ!!」
 と泣いてしまった。

 さすがに芸人さんだけあって、笑える場面も多い。
 後輩の児玉(有名な人なのかな? テレビ持ってなくてお笑いに疎くてごめんなさい)とのやり取りが可笑しい。
 一緒に銭湯に行ったり、通行人の魂を吸う遊びをしたり。

 アホ男子的な話が出てくるたび、ニコニコしながら読んだ。
 楽しさを共有して欲しくて、声を出して笑った部分はDちゃんにも音読して聞かせた。

 時々出てくるオカンの描写も愛情が自然にあふれ出ていて素敵だ。

 偉人を育てた母親以外は全員ただのオカンに過ぎないかもしれない。だけど誰かにとって最高のオカンでもあったりするのと同じように、売れない若手芸人も誰かにとって最高だったりするのだ。

 これを読んで「私にとって最高」の同人作家を思い浮かべ、深くうなずいた。

 みんな大好き「蒲田の文学フリマ」の章も良かったですよ♪
 私、あの時会場にいたっけかな〜
 
posted by 柳屋文芸堂 at 14:08| 読書 | 更新情報をチェックする

2017年01月11日

又吉直樹×堀本裕樹「芸人と俳人」感想

芸人と俳人 -
芸人と俳人 -

 少し前の記事にも書いたこの本、読み終わりました。
 お笑いと俳句の視点から言葉について語り合うような本なのかな、と思って買ったのだけど、けっこう本格的な俳句の入門書で、勉強にもなったし、何より面白かった!!

 俳人の堀本裕樹が、芸人である又吉直樹に俳句を基礎から教えてゆく。
 この堀本さんの態度が素晴らしいのです。
 相手が有名な芸能人だからと卑屈になることなく、ごく自然に「先生」として振る舞う。
 色んなことを勝手に気にしてどんどん疲れていくタイプの又吉直樹を気遣いながら、彼独自の感性を生かせるように俳句の技を伝授していく。

 堀本裕樹が又吉直樹に対する挨拶句として作った

 なつかしき男と仰ぐ帰燕かな

 解説を読む前から、
「なつかしき男というのは又吉直樹のことだな」
 と分かった。

 無頼派マニアで自意識が強く、文学的な陰鬱の気配を常にまとっている。
 小説好きな人はきっと彼に懐かしさを感じるだろうし、若い頃「自分には言葉しかない」と思いつめていた堀本にとってはなおさらそうだったろうと思う。

 又吉直樹の気質や才能に対する、堀本裕樹の愛情。
 堀本裕樹の知識や技術に対する、又吉直樹の敬意。
 どちらも本当にあたたかくて、もうこれはBLとして読んでも良いのでは?!
 お、怒られるかな……

 最後の方、吟行で又吉直樹が作った

 蟻進み参拝後だと悟りけり

 という句を堀本裕樹が添削して完成した

 参拝を終へたる蟻かすれ違ふ

 という句は二人のコラボのようで、心打たれた。

 俳句の教科書としても分かりやすく、読みやすいです。
 私は俳句や短歌を(「詠む」ではなく)「読む」のが好きなのだけど、これまでただただ感覚で解釈してきてしまったな〜 と反省しました。
 思わず歳時記アプリを購入。
 これを使って今後はもう少し丁寧に読み解いていきたいなと。

 歳時記に例句がいっぱい載っている「水原秋桜子」
「桜子(さくらこ)ちゃんか、可愛い♪」
 と思っていたら読みは「みずはらしゅうおうし」で、「芸人と俳人」におじさんのイラストと共に紹介されていてショックだった……

 言葉が好きな人におすすめの本です。
 ぜひどうぞ。
 句会や吟行をやりたくなる……!!
 
posted by 柳屋文芸堂 at 15:54| 読書 | 更新情報をチェックする

2017年01月07日

唐橋史「さんた・るちやによる十三秒間の福音」感想

「私が事切れるまでのあいだ、数をかぞえてくださいませんか」

 タイトルにある「十三秒間」というのは首を切られてから死ぬまでの時間。
 近世初期のキリシタン弾圧の話で、メインとなるのは斬首刑の場面です。

 この十三秒間に何が起き、それによって周囲の人々にどんな変化が起きたかは克明に描かれているが、十三秒間の意義についての説明はない。
 解釈は読者に委ねられている。

 この作品を読んで、私はジョージ・オーウェルの「絞首刑」という文章を思い出した。
 一部引用してみる。

「奇妙なことだが、その瞬間まで私は、一人の健康な、意識のある人間を殺すということがどういうことなのか、まったく分かっていなかった。ところが、囚人が水たまりを避けようとして脇にのいたのを見たとき、盛りにある生命を突然断ち切ってしまうことの不可解さを、その何とも言えぬ不正を悟った」

 生きている者はいつか必ず死ぬ。
 その運命からは誰も逃れることが出来ない。
 にもかかわらず、死が本当のところどんなものなのか、誰も知ることは出来ない。
 知った瞬間にそれについて語れなくなる、それが死だ。

 るちやがもたらした十三秒間は、人々に死の本質を教えたのではなかろうか。
 理屈ではなく、体に感じる震えとして。
 自分とは無関係であったはずのキリシタンが、まさに自分の人生の先にある死の体現者として迫ってくる。
 その世界を一変させるような恐怖。

 全ての人にとって謎であり、全ての人が辿り着く「死」
 どれだけ時代が変わっても、物語を生み出す最大の源泉であり続けるだろう。

さんた・るちやによる十三秒間の福音 -
さんた・るちやによる十三秒間の福音 -

 短編集で、表題作の他二編が収録されている。
 ぼんやりしているけど優しい「のろ八」が、幕末の壊れてゆく江戸を右往左往する「smile」も切なくて良かった。

 ちなみに「絞首刑」が入っているのはこちら。

象を撃つ―オーウェル評論集〈1〉 (平凡社ライブラリー) -
象を撃つ―オーウェル評論集〈1〉 (平凡社ライブラリー) -

 オーウェルは若い頃、警察官をしていたので、「さんた・るちやによる十三秒間の福音」の主人公である同心・孫四郎と仕事が似ています。
 孫四郎はその後どんな人生を送ったんだろうな……
 
posted by 柳屋文芸堂 at 12:06| 読書 | 更新情報をチェックする

2016年12月14日

又吉直樹「第2図書係補佐」感想

 映画の感想本を作った時に、
「まずあらすじを述べて、ネタバレを避ける、という物語紹介の暗黙のルールって意味あるのかな」
 と疑問に感じた。
 ストーリーとオチって、そんなに大事なものだろうか。
 少なくとも私が映画や小説に求めているのは、そんなものじゃない。

 「第2図書係補佐」を読んで、
「そうそう、これだよ、これ!」
 と嬉しくなった。

「僕は自分の生活の傍らに本という存在があることを書こうと思いました」

 一応本の紹介本の形式で書かれているのだけど(本のタイトル、例えば「尾崎放哉全句集」が章のタイトルになっていて、その後に文章が続く)一般的な書評本とは違う。
 本の感想でも評論でもなく、その本を読んだ時の自分の状況、その本を読んで思い出した子供の頃のことなどが、いかにも文学と笑いを愛する人らしい(つまり私にとって非常に馴染みやすい)言葉で綴られている。

 ジャンルとしては日常エッセイに近いと思う。
 よくこんなに細かいことまで覚えているな〜 と驚く。
 又吉さんの「覚えている力」はもちろんすごいけれど、もしかしたら本というものが持つ「思い出させる力」もすごいのかもしれない。

 本好きならきっとニコニコしちゃう本だと思います。

第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫) -
第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫) -
 
posted by 柳屋文芸堂 at 10:39| 読書 | 更新情報をチェックする

2016年10月19日

オカワダアキナ「猫を飼う」感想

 何この話、可愛い!!
 昭和の雰囲気を残す東京・雑司が谷を舞台に繰り広げられる、ちょっと子供っぽくて人懐っこい女性ミユキと、ヨレヨレの服を着た文学青年ハルオの、恋愛、というか恋愛未満ストーリー!
 甘酸っぱい……!

 ハルオは「マダム三毛子」としてフリーペーパーの占いコーナーを担当していて、そのオネエっぽい文章が面白い。
 先輩が見つけた西武線短歌(本川越南大塚新狭山狭山市入曽新所沢)も身近でウケた。
 やけによく通る声で接客する元役者の喫茶店店員とか、個性的でありながら「いそう!」と思わせる登場人物がいっぱい出てくるのも楽しい。

 お友達の結婚を記念して書かれた話だそうで、全体に幸福感が満ちている。
 死にまつわる話も、生まれ直すためにくぐり抜けなければいけない闇として、前向きに描かれているように感じる。

 文芸同人誌では意外とこういう王道ラブコメって少ない気がするから、読めて嬉しかった。
 もちろん猫の話なので(右目と左目の色が違うソーダくん)猫好きの方もぜひどうぞ。
 猫が魚の夢を見ているような、青い表紙も素敵です♪
 
posted by 柳屋文芸堂 at 02:21| 読書 | 更新情報をチェックする

2016年10月12日

オカワダアキナ「ぎょくおん」感想

 主人公の郡司は、半分だけ血の繋がった姉との歪んだ関係(性的な接触はするが、セックスはしない。常に姉の言いなり)から逃げ出し、海辺の温泉街で働いている。
 自分の意志で離れたのに「姉に捨てられた」という感覚に苛まれ、姉と過ごした日々のことばかり思い出す。

「姉さんがおれの名前を呼んで、息だけで笑います。合図だ、と思いました。それはもう段取りで、流れとしておれは姉さんに口づけました。頬は冷たいのに、口のなかはぬるりと熱いのもいつものことです」

 姉さんの様子や二人の関係が端的に伝わってくる文章に、ほうっとため息が出る。

 温泉街での出来事は、姉に報告するような文体で語られる。
 太宰治「斜陽」の「姉への手紙」がずっと続いていく感じ。
 郡司はまるで自分一人では思考出来ないかのよう。

 暗い主題と雰囲気に、繰り返し出てくる少女やクラゲのエピソード、リアルなモップがけ描写等々、良くも悪くもあまりに文学的で、正直、
「結末までこのままだったら物足りないなー」
 と感じていた。
 でもおかさんに限ってそんなことはあるまい、とも。

 そうしたら!
 中盤で日本語ペラペラの外国人アランが郡司を口説き始めた! 待ってましたーっ!

「そしたらもうセックスしかないよ。たとえばおれと郡司が、昔昔のおとぎ話に出てくるような騎士とかで剣と剣で語り合えるのならそれでいいだろうけど、ここは日本でしかも二一世紀だからね」

 そうですとも!
 アランは「好きじゃない人ともやれる」のではなく「みんな好きだから、男も女も関係なく寝ちゃう」
 身勝手なラブ&ピースによって、昭和的陰鬱を破壊する。
 そうそう、そう来なくっちゃ!

 海辺で嘔吐している郡司を見かけたアランが、
「口ゆすがせてあげたいけど、おれビールと氷結しか持ってないんだよね」
 って言う場面が好きだ。すごく彼らしい。

 ガイジンであるアランがきっかけになってゲンバクは落ち(暗喩)、郡司の戦いは終結する。

「姉さん、あなたときょうだいになりたかった。口づけや愛撫でごまかさずに、言えばよかった。おれはことばというものから逃げすぎた」

 「話す」というのは誰とでも出来る行為で、「口づけや愛撫」は特別な人としか出来ないことだから、口づけや愛撫より話す方が簡単で軽いと、私は思い込んでいた。
 でもそれが反対になる関係もある、いや、本当に大切なことを話すのは、セックスするよりずっと難しいことなのかもしれない。

 ところで綾野剛が郡司役をやったら、すごく良い感じに死んだ目をして演じてくれそうですね……(うっとり)
 
posted by 柳屋文芸堂 at 12:17| 読書 | 更新情報をチェックする

2016年10月09日

オカワダアキナ「水ギョーザとの交接」感想

 読み始めてから読み終わるまでの間ずっと、すごーく幸せな気持ちだった。
 綾野剛風に言うならば「愛おしい時間でした」

 感想を書くとなると、この幸せの理由を言葉に変換しなければいけない。
 言葉にする、というのは感覚の記号化で単純化で、そこからは絶対に大切な何かがこぼれ落ちてしまう。
「良い本だったよ」
 とだけ言うのがたぶん一番正確で、連ねる単語が長くなればなるほど、私は間違った紹介をすることになる。

 それでも感想文を書こうとするのは、
「創作文芸同人誌には、こんな素敵なものもあるんだよ」
 って自慢したいから。

 宇都宮を舞台に、家庭や学校での悩みを抱えた中学生の青葉くんが、叔父さんやその恋人たちと触れ合い、大切な夏の思い出を作るお話、なんて書くとありふれた映画のあらすじのようですね。
 でもこの話は映倫的にも表現されている雰囲気においても、映像化は絶対に不可能だと思う。
 青葉くんはごく自然に叔父さんとセックスするから。

 もっと年上の子が中学生のふりをして青葉くんを演じたら興ざめだし、性行為をきちんと見せなかったらこの物語の本質が消えてしまうし、実際に中学生男子とおじさんが裸で抱き合う様子が画面に映ったら倒錯的になり過ぎる。

 青葉くんと叔父さんのセックスはほのぼのとして切ない。
 この関係は小説の世界でしか成立しないものだと思う。
 文章にはこんなすげーことが出来るんだぞザマーミロ!

 叔父さんは死にかけていて、冷蔵庫は壊れていて(夏なのに大変!)、妖精のパックがあちこちに現れて、こんな状況なら青葉くんは叔父さんを抱いてしまうよな、と納得してしまう。
 当然のことをしたまでです。

 読んでいる間ずっと、30代のうちに死んだ従兄弟のことを思い出していた。
 私は彼を抱いたり出来なかった。
 歳が離れ過ぎていたし、親戚だったし、現実の人間関係は壁だらけだ。

 壁なんてすいっと通り抜けられて全然気にしなくて良い、この本の中にだけ存在する特別な空間にいられるのが本当に幸せだった。
 青葉くんは体と心を使って、弱虫な叔父さんをちゃんと慰めてあげられる。
 物語の中でなら、私たちは遠い他者とつながることが出来る。

 文章そのものに明るさがあって、内容の重たさを一切感じさせないのも素晴らしかった。
「おれ、山田倫太郎ね。略してリンダって言うんだ」
 というセリフに笑ったり(略してないだろそれ!)
「なんでもかんでも夏のせいにしている気がする」
 というのも、ほんと夏ってそうなるよねって。

 この本の良さを少しでも伝えられただろうか。
 私の感想は全然正しくない。
 ページを開いて、文字を読み進めて、脳内に立ち上がる世界だけが本物だ。

 今晩の夕飯は水ギョーザです。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 19:57| 読書 | 更新情報をチェックする

2016年08月15日

九井諒子「ダンジョン飯 3巻」感想

 今回もブレずに飛ばしていますよ!
 一番すげー! と思ったのは、寄生虫を食べる話。

 うえっ 気持ち悪ぅ〜 って思いますよね?
 私も(登場人物たちも)最初そう感じて青ざめました。

 この寄生虫、クラーケンという巨大なイカ(タコ?)の怪物の体内に住んでいたもので、ちょうど蛇くらいの大きさ。
 この頭部を銛(もり)で固定し、包丁を差し入れ開きにし、内蔵を取り、人数分に切ってから串を刺し、醤油・みりん・砂糖・酒で作ったタレを付けて焼くと……

 はい、蒲焼きの完成です!!
 香ばしい匂いまでして、メチャクチャ美味しそうになっちゃうんだ。

 この工程を描いた2ページは淡々としながらも、見事に読者の価値観をひっくり返す。
 九井さん本当にすごい。

 次の巻では炎竜(レッドドラゴン)が出てくるのかなー
 九井さんは食べ物描写も上手いですが、何と言っても竜が! 素晴らしいのですよ!!
(短編集「竜の学校は山の上」「竜のかわいい七つの子」「ひきだしにテラリウム」読んでない方はぜひ)

 彼女が満を持して描く竜……!
 楽しみだなぁ♪
 
posted by 柳屋文芸堂 at 22:24| 読書 | 更新情報をチェックする

2016年08月13日

直人は優馬を愛していたのか(吉田修一「怒り」の話)

「……この役は、果てしないです」
 一瞬、意味が分からなかった。
「果てしない?」
「はい。……なんというか、どこまで追いかけても捕まえられないというか……」


 映画「怒り」で綾野剛が演じることになる直人は、謎の男として登場する。
 一応物語の最後で素性が明らかになるのだけど、恋人のように暮らしていた優馬や、親しかった女性による「外側からの描写」だけに終始するので、直人の内面は誰も知ることが出来ない。

 その不可解さゆえに優馬は「直人は逃亡中の殺人犯なのではないか」と疑い始めるのだが、正直私にはそんなのどうでも良いことに思える。
 それよりずっと気になるのは、
「直人は優馬を愛していたのか」
 ということだ。

 直人は優馬に「愛している」とは言わないし、
「直人は優馬さんを愛していましたよ」
 と教えてくれる人もいない。

 優馬は直人に惚れきっていて、それは読者に伝わるように書いてあるし、その感情を直接吐露する場面もある。
 けれども直人の本心を推察するための描写は少ない。

「俺さえいれば幸せみたいな、そんな風に見えたんだよ」
 という優馬の記憶。
「優馬さんと一緒にいると、なんだか自分にも自信が湧くんだって」
 という女性の話。そして、
「前に、一緒に墓入るかって、俺に訊いたろ? 一緒は無理でも、隣でもいいよな」
 という直人のセリフ。

(ついでに書くと、セックスは日常的にしている。
 細かい描写はないが、その分食事のように「当たり前のこと」だったのが分かる)

 優馬への思いはとりあえず置いておいて、一つはっきりしているのは、
「直人は上辺だけではない、本質的な優しさを持った人間だった」
 ということだ。

 入院中の優馬のお母さんのところに(たぶん毎日のように)通うし、お母さんが亡くなった後、優馬は直人に冷たくするのに、直人は自分のことなどまるで気にしない様子で優馬に寄り添う。
 過酷な運命の中で生きてきた人間が、せめて自分は世界に対して優しくありたい、と願うような、切実で深い愛情が彼にはある。

 直人は優馬と永遠に一緒にいることが出来ないのを知っていた。
 そんな身の上で、優馬を愛することと愛さないこと、どちらが優しさになるのか、判断つきかねていたのではないだろうか。
 そしてもしそんな風に悩んでいたとすれば、それはもう「愛していた」ということになるのではないか。

 直人は正月に優馬と近所の寺に行き、真剣に手を合わせて何かを祈る。
 直人の願いが何であったか、小説の中では明かされない。

 私には何となく、
「優馬が幸せになりますように」
 であったような気がする。

 直人が自分の何かを願うようには思えない。
 優馬が幸せになりますように。
 自分がいなくなった後も、ずっと。

 これは私の勝手な直人像だ。
 残された謎が多い分、直人は無限通りに解釈出来る。
 正解がはっきりしないから、難しい。良く言えば「自由に演じられる」
 綾野剛は、どんな直人を見せてくれるのだろう。

 綾野さんの声もまた、どこまで追いかけても捕まえられないように聞こえる。
 綾野さんはまるで、自分の声をずっと追いかけているような話し方をする。



※黄色い文字の部分は『小説「怒り」と映画「怒り」吉田修一の世界』に収録されている「エッセイ 映画撮影現場を訪ねて 東京篇」から、緑色の文字の部分は原作の『怒り』から引用しました。

小説怒りと映画怒り - 吉田修一の世界 -
小説怒りと映画怒り - 吉田修一の世界 -

怒り(上) (中公文庫) -
怒り(上) (中公文庫) -
 
posted by 柳屋文芸堂 at 11:03| 読書 | 更新情報をチェックする

2016年07月15日

吉田修一「怒り」感想

 今回私はこの本を、かなり身勝手なやり方で読みました。

【ルール】
1、ゲイカップルである優馬と直人が出てくる場面だけを拾い読みする。
2、脳内で「優馬→妻夫木聡 直人→綾野剛」で映像化しながら読む。

 そうしたらもう、最高っすよこの話!!

 何となく拾ってみたら、家に居着いて全然帰らない綾野剛!
 本質的な部分ですごく優しく、大事なことを一切教えてくれない綾野剛!
 無自覚に、気が狂いそうなくらい愛してしまった後でふっといなくなる綾野剛!!

 ほとんど猫の域ですよ(タチネコのネコではなく本物の猫な)

 優馬には余命三ヶ月で入院している母親がいて、ちょうど伯母の病院に行った帰りだったこともあり、親しみを感じながら読むことが出来ました。
 本当は推理小説らしいのですが、私の中では不器用であたたかい恋愛小説として完結。

 作者やファンの皆様、本当にすみません……
 
posted by 柳屋文芸堂 at 22:16| 読書 | 更新情報をチェックする